【第24話】シミターレの占星術

このシミターレというA組の女子は占星術使いだったのか。

ならば話は違ってくる。

モナがこうなったのは、断じて事故ではない。


占星術は、天体の動きをもとにして未来を予知する高度な技術だ。

この学校では必修ではないが、自主的に占星術を勉強している者がいても不思議ではない。


いや、名門・グロワール高校のトップ、A組の生徒ともなれば、そういった特技の1つや2つはもっているのがむしろ、ふつうなのだろう。


つまり、このシミターレはモナが生理中だという確信があって、腹部を狙い撃ちしたということになる。


「でも、狙いどおり、キッチリおなかに当てたのは私の技術の勝利です」


こうしている間に、保健の先生がモナに薬草や回復魔法をほどこしている。

しかし、痛みは引かないようだ。


「……シミターレといったな?」


「そうですが」


「もしもモナに何かあったら、おまえを許さん!」


「許さないって、どうする気ですか?」


俺はラケットをギュッと強く握りしめた。


「そのときは、こいつで俺と勝負してもらう」


すると、シミターレは高らかに笑った。

静まり返っていた体育館に響き渡る、場違いな笑い声。


驚いた生徒や先生たちが、いっせいに俺たちのほうを向いた。


「あははっ。ウケますねヤニック氏。あなたG組でしょう? しかも最下位になって追放されたとか。本当にウケますね。そんなあなたが、私と勝負するですって? あっはははっ」


「うるせえ! 自分がケガさせた相手が苦しんでいるときに、よくバカ笑いできるな!」


「だって、私は医者じゃありませんから、モナ氏に何もしてあげられませんし。みんなと同じように、心配そうな顔をしていれば、モナ氏が治るっていうんですか?」


「おまえ……イカれてるぞ」


「そうでしょうか。私はいつでも冷静なだけです。それでは、さっさと勝負をつけましょうか」


「なに?」


「占いによれば、かなりの高確率でモナ氏は子どもが産めない体になると出ています。どうせあとで戦うことになるのなら、今やってしまいましょう」


「きさま……そこまでわかっていて、よくもモナを!」


そのとき、保健の先生が叫んだ。


「あなたたち、やめなさい! ケガ人がいるのよ!」


俺はジェスチャーでシミターレに「表に出ろ」と合図した。


第二体育館を出る。

人気のないところを探して歩いている間に、コトネが俺にささやいた。


「ヤニック、この女と戦うのはやめておいたほうがいい」


「どうしてだ? 俺はもう、こいつを許せん!」


「この占星術使いには、なにやら勝負強さを感じる」


「だけど、A組といっても最下位だろ? 今の俺にはコトネがいる。負けるはずがないだろ」


「腑に落ちない」


「何が?」


「おそらく彼女は、かなりの練度の占星術の使い手だ。いくらA組とはいえ、最下位に甘んじているなんて、ありえない」


「調子が悪かったんだろ」


周囲に誰もいない場所を見つけた俺は、後方を歩いてきたシミターレのほうを振り向いた。


シミターレは占星術の分厚い本を読んでいた。

どうやら肩から下げているカバンにいつも携帯しているらしい。


「どうしてそんな汚い手を使った?」


そう問うと、シミターレは本に向けていた視線を俺に移した。


「汚い手? おもしろいことをいいますね。私たちは勇者を目指しているんですよ? 魔王やその手下が、汚い手を使ってこないとでも? トゥーネスに汚い手なんて存在しません。あるのは、勝つか、負けるか。それだけです」


「うっ……」


それをいわれると言葉に詰まる。


確かにトゥーネスは真剣勝負であるべきだ。

命のやりとりをしているときに、きれいごとなんか通用しない。


それはわかっている。

だが、しかし……。


そのとき、一心不乱に本をめくっていたシミターレの手が止まった。


「ヤニック氏。勝負を受けるのはいいですが、少し時間をおいてもいいですか?」


「いいけど、いつやる?」


「勝負は今夜、日没の1時間後に」


「なにっ!? 夜は……!」


「どうかしましたか? 夜は苦手ですか?」


「いや、そんなことは……」


日が沈むと、コトネはラケットから人間に変容してしまう。


ふつうのラケットを使った俺は、アホのザコタにも負けてしまう程度の力しかない。


「では、夜でいいですね?」


「どうして夜なんだ?」


「占いで出ているんですよ。『夜に戦うが吉』と。あなたは最近、草大会で活躍したり、不良どもをやっつけたりしていますが、夜に戦った場合のデータが存在しません。ひょっとして、夜が苦手なのでは……と推理したのですが、あなたの反応を見ると、どうやらビンゴのようですね」


「くっ……! おまえ、なぜ草大会やロイホたちとのことを……!?」


「知っていますよ。アンヌ先生に勝ったこともね。占いはけっしてオカルトではありません。綿密なデータ収集にもとづいた、統計学なんですよ──」


コトネの忠告は当たっていた。

こいつはただ者じゃない。


俺の今の実力を知っていて、それでもなお勝負を挑んできたのだ。


だが、今さらあとには引けない。

モナをあんな目にあわせたやつを許せない。


コトネ抜きで勝つ方法は……。

ダメだ。

思い浮かばない。


「──どうしましたか? 夜は苦手ですか? それとも、何か夜に戦えない理由でも? 興味がありますね」


「い、いや、問題ない! 日没の1時間後だな!」


「そうですか。では、場所は……」


そういって、シミターレは再び分厚い本をめくり始めた。


「ちょっと待て! 時間はおまえが決めたんだから、戦う場所ぐらいは俺に決めさせろよ」


「……。ええ、まあいいでしょう。どこにしますか?」


「裏山にある岩壁を知ってるか?」


「ああ、知ってますよ、あなたとモナさんがよく練習している場所ですね。地の利を生かして、少しでも勝てる確率を上げようという魂胆ですか」


「くっ……そこまで知っていたのか。おまえはいったい……?」


「私はただの占星術使いです。まあ、場所はそこでいいでしょう。あそこなら、月明かりで夜も明るいですし」


シミターレが姿を消すと、コトネがため息をついた。


「それで、どうするつもり?」


「考えるしかないだろ。『コトネ抜き』で勝つ方法を」


まもなく正午。

あいつとの勝負の時間まで、まだ時間はあるが……はたして必勝法を思いつくことができるのか。

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