【第23話】さよなら先生
戦術実技の授業が終わり、俺は休み時間にクラスメイトの女子たちに取り囲まれていた。
「先生に勝っちゃうなんて、ヤニック君すごすぎ!」
「私、見ていてコーフンしちゃった!」
「最後、先生に手を差し伸べるのもステキよね~」
「そうそう! ヤニック君になら抱かれてもいいかも!」
「ねえねえ、どうやったらあんなことができるの?」
「たぶん、ラケットの性能のおかげだよ」
我ながら無難な答えだ。
コトネのことは内緒だとはいえ、「俺の実力だ。スゲーだろ」的な虚勢は張りたくない。
だが、それを聞いた女子たちは、さらに盛り上がってしまった。
「そんなわけないじゃない!」
「なんでそんなに謙虚なの!?」
「そんなセリフ、私もいってみた~い!」
「ねえねえ今晩、私にトゥーネスのプライベート・レッスンしてよ~」
「いやだ、あんた何をレッスンしてもらうつもり!?」
俺を中心とした教室の一角で黄色い歓声が湧き上がっているところに、担任のアンヌ先生が入ってきた。
「みんな、静かに! ヤニック君、クラリーヌ先生に勝ったって本当?」
「いや、勝ったっていうか……。あれは、クラリーヌ先生に、いきなりお手本を見せるようにいわれて……」
「で? 勝ったのね?」
「はあ……まあ」
「で? いたいけな12歳の女の子を黒焦げにしたと?」
「はい……すみません」
アンヌ先生はいつになく真剣な顔で俺に歩み寄って、そしてガシッと両肩をつかんだ。
やっぱり、やりすぎてしまったのだろうか。
「ヤニック君、よくやったわ!」
「……えっ?」
「あのクラリーヌって子、11歳で勇者の称号を獲得した才女なの。彼女を採用するために、前任の先生は無理やり転勤させられちゃったわけだし、私、なんか気に食わなかったのよ。でもヤニック君のおかげで、また前任の先生が戻ってくることになったわ」
「えっ!? じゃあ、クラリーヌ先生はどうなるんだ?」
「辞職するって」
「辞める!? なんで!? まさか、俺に負けたせいで!?」
「よくわからないんだけど、『殺されちゃう』とかブツブツいってたわ」
「殺される? 誰に? なんで?」
「さあ……」
トゥーネスで負けたぐらいで大げさな。
おそらく親だか恩師だかに、ドヤされるという意味だろう。
「それで、クラリーヌ先生は今、どこに?」
「もう帰っちゃったわよ。さっきの授業が終わるなり、さっさと荷物をまとめて、逃げるように姿を消したわ」
そんなに急いで帰ってしまうなんて、1年生の生徒なんかに負けて、よほど自信を失ってしまったのだろうか。
というか、告っておいて、相手に何もいわずに消えるとは、何を考えているんだ。
「──というわけで、来週の戦略実技はまた、前の先生に戻りますので、よろしくお願いいたします。以上、連絡事項でした」
アンヌ先生は、クラスのみんなにそれだけいって、職員室に戻った。
クラスリーダーのエミリーが俺にいった。
「ねェ、ヤニック君。気に病むことはないわ。さっきのは、クラリーヌ先生が勝手に勝負をしかけてきたんだもの。それで負けて、悔しくて学校を辞めるなんて、きっとプライドが高すぎる子なのよ。今のうちに鼻をへし折ってあげて、正解よ」
「……うん、そうかもしれないな」
そのとき、にわかに校庭が騒がしいことに気がついた。
外を見ると、数名の生徒と教師に囲まれた保健の先生が、あわてたようすで第二体育館に入っていく。
さっきまで俺たちが実戦実技の授業を受けていたのは第一体育館。
その間、第二体育館では1年A組とB組が合同授業を行っていたはずだ。
B組といえば、モナのクラス。
胸騒ぎを覚えた俺は、とっさにコトネ──ラケットをつかんでB組へ走った。
いやな予感は的中していた。
しんと静まり返った第二体育館では、保健の先生が横たわった女子生徒を介抱していた。
横たわっているのはモナだった。
毛布をかけられているが、その上からでも、腹部を痛そうに両手で押さえているのがわかる。
「何があったんだ!?」
思わず俺が叫ぶと、その場にいた生徒の1人が教えてくれた。
「さっきの授業の中で、A組とB組の入れ替え戦をやったの。その試合で、モナちゃんが運悪く、おなかに砲弾をまともに当てられちゃって……負けちゃったの」
「なんだって!? モナのやつ、クラスで1位になったなんて、ひと言も俺に……」
……いえなかったのかもしれない。
俺はG組で最下位になったわけだし、それでなくとも、モナはそんなことを自慢げに話すやつじゃない。
ちなみに入れ替え戦とは、各クラスの最下位と、その下のクラスで最上位になった生徒が戦う試合だ。
もしも下のクラスの生徒が勝った場合は上のクラスに上がり、負けた生徒は下のクラスに下がる。
上のクラスの生徒が順当に勝った場合は、クラスは今まで通りだ。
つまり、残念ながらモナは2学期もB組ということだ。
「モナ、大丈夫か! しっかりしろ!」
「ううっ……」
痛みで声も出ないようだ。
「先生、どうなってるんだ!? プラクティス砲弾を腹に食らったぐらいで、こんなに痛がるなんて……よっぽど当たりどころが悪かったのか!?」
すると保健の先生は俺に耳打ちした。
「あなたはモナの幼なじみだったわね。だったら話してもいいでしょう。モナは今日、女の子の日だったのよ」
「えっ!?」
女の子の日といえば、生理のことだろう。
「で、先生、モナはどうなるんだ!? ヤバいのか!?」
「今はまだなんともいえないわね。しばらくして痛みが治まればいいけれど、場合によっては……赤ちゃんを産めなくなる場合もある」
「な……!?」
いまだに回復するようすがなく、顔面蒼白になって痛みと闘っているモナを前に、俺は立ち尽くした。
そこに、声をかけてきた女子生徒がいた。
ほっそりと、病的なぐらいにやせた子だ。
「あなた、モナ氏の幼なじみのヤニック氏でしょ」
「あ……ああ」
「私はA組のシミターレ。もしもモナ氏をキズモノにしちゃったら、ごめんなさいね」
キズモノ……。
こいつ、縁起でもないことを平気でいう女だ。
「おまえがモナと入れ替え戦を?」
「そうです。なんとかA組をキープできてよかったです」
「よかった……だと? 人があんなに苦しんでいるのに、よかった、だと?」
「試合中の事故なんだから、しかたがないでしょ」
「それはそうだが……。本当に事故なんだな?」
「私、占星術が特技なんです。試合前には必ず占いをするのです」
「いきなり、なんの話だよ?」
「モナ氏は今日、生理だって星占いに出てたから、おなかを狙ってみました。それだけ」
「な、ん……だ、と!?」
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