【第18話】許さん!

「許さん!」


モナは俺の震える拳を見て、ぎょっとした。


「どうしたの、ヤッちゃん。まだ燃やされたって決まったわけじゃないのに」


そういわれて、俺はハッとした。


「そ……そうか。そうだな」


ラケットの正体が1人の少女であることを知らないモナは、冷静だった。

今回はその冷静さに助けられた。


「ねえヤッちゃん、私、他にも思いついたよ。ヤッちゃんが困りそうな隠し場所」


「どこだ!?」


「来て!」


走り出したモナについていくと、そこは校庭の一角にある池だった。

半径20メートルほどの、ほぼ真円形の池だ。


池の水面には、真っ赤な夕日が映り込んでいる。

日没まで、もう時間がない。


「なるほど。水の中か。ラケットは木製だから、水に浸かったら、もうほとんど使いものにならないからな」


「そう。乾燥させても、ラケットはたわんでしまって、もう以前のように使えない。ヤッちゃんを困らせたいなら、水に入れるんじゃないかしら」


「……名推理だ、モナ」


俺は池の中央付近を指さした。

そこには、間違いない、俺の赤いラケットが浮かんでいた。


「あ……。1時間目の休み時間から今まで、ずっと水に浸かっていたとしたら……」


「もう使いものにはならないだろうな。やっぱり、あいつらは許さん!」


「とにかく、今はラケットを回収しましょうよ」


「そうだな」


「でも、どうやって取ろう? ……私、用務員室でロープか何か、借りてくる!」


「その必要はない」


俺はそういって、池の中に足を踏み入れた。


「ちょっとヤッちゃん! 早まらないで!」


「たいして深くないから大丈夫だ」


「そのへんは浅いかもしれないけど、池の真ん中らへんは、たぶん深いよ! やめなよ。それに冷たいよ!」


「冷たいけど、耐えられないほどじゃない」


「池の中に、何がいるかわからないじゃない!」


まあ、確かにそうだが、まさか魔獣がいるわけでもあるまい。

俺はモナの言葉を無視して進んだ。


モナがいったとおり、水深は徐々に深くなり、池の中央に着くころには首のあたりまで水に浸かってしまった。

だが、かろうじて息はできる。


ラケットを回収して、俺は話しかけた。


「コトネ、コトネ! 大丈夫か!?」


「うん、大丈夫。問題ない」


「よし! よかった!」


俺は急いでモナのいるところに戻った。

モナは気を利かせて、用務員室で大きな布を借りてきてくれていた。


「早く、これで体を拭いて!」


「サンキュー。気が利くな」


体を拭く前に、俺はまずラケットをふいた。


「あ……そこは……!」


どうやらコトネの変なところを拭いてしまったようだが、気にしている場合ではない。


モナが時おりおかしな声を出すの無視しつつ、全体を拭き上げる。


不思議なことに水分はフレームに染み込んでおらず、水気も汚れも、きれいに落ちた。


この赤いラケットは木製だと思いこんでいたが、何か特殊な物質でできているらしい。

……いや。


よくよく考えてみれば、もともとこれはコトネ──人間なのだ。

水に濡れたぐらいでは、どうということはないのだろう。


「モナ、このラケット、どうやら無事みたいだ」


「えっ!? 濡れたのに!? ──って、本当だ! いったい何でできてるんだろ?」


「その話は置いておいて、モナ、さすがに着替えまでは持ってないよなあ」


「B組の男子に頼んで、体操服を借りてきたよ」


「マジか!? ほんと、気が利くよな。いい奥さんになるよ」


「えっ、そ、そうかな!?」


しばらくモナに後ろを向いてもらって着替え終わると、ちょうど教室のほうから就業の鐘の音が聞こえてきた。

今日の最後の授業が終わったようだ。


「ギリギリセーフだったな」


「うん」


そのとき、4つの人影が現れた。


「ほう、ようやく見つけたか」


ロイホとその仲間たちだ。


「よく見つけたなあ」

「だけど、もうラケットは使いものにならないな」

「いやあ、残念残念。遅かったね」


俺はロイホをにらみつけながら、ラケットにささやいた。


「コトネ、おまえを池に落としたのは、あいつらだな?」


「そう」


「やっぱりか……!」


これで犯人ははっきりした。

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