【第6話】コトネの秘密

「いいよ」


そういわれて振り返ると、黒いワンピースを身につけたコトネがベッドに腰かけていた。


サイズはぴったりのようだ。

というか、可愛い。


「似合ってるね……」


「そんなことはどうでもいいでしょ」


「あっ、そうだった! なんで俺のベッドで寝てるんだ! っていうか、君はいったい何者なんだ!?」


「どこから話せばいいのか……。私が物心ついたとき、親はすでにいなかった」


みなし子ということか。

というか、そこから話すの!?


このまま話の流れを彼女に任せておくと、なんだかヘビーな展開になりそうだし、かなり長くなりそうだ。


「いや、ごめん。そこまでプライベートなことを根掘り葉掘り聞くつもりはないんだ。端的に聞くよ。あのラケットはいったい何なんだ?」


「あれは私」


「はあ……?」


「魔王に呪いをかけられてしまった。日の出とともに、ラケットに姿を変えられてしまう呪いを」


「魔王って……今、この世界を征服しようとしている……例の、あの……?」


「そう。その魔王」


そういうことだったのか。


日が暮れて、人間の姿に戻った場所が、たまたま俺のベッドの中だったというわけだ。


「魔王の怒りをかうなんて……。いや、そこまで魔王に接近することができたなんて、君はいったい……?」


「私は勇者だった。でも、あと一歩というところで魔王に敗れた。私以外の仲間はすべて殺され、私には呪いがかけられた」


「魔王は、なぜ君だけを生かしておこうと思ったのかな?」


「あいつはいった。『おまえとの戦いは非常に面白かった。楽しませてくれた礼に、命だけは助けてやろう』と。あいつにとって戦いは、何よりも楽しい『遊び』……」


「ラッキーじゃないか。夜になれば元の姿に変容できるんだから、夜の間なら、魔王にリベンジするチャンスがあるってことだろ?」


「まったくラッキーじゃない。夜になると、魔王の力は30倍にはね上がる」


「そうだった……。つらいだろうな。仲間の仇討ちもできないとは」


「屈辱だ。……でも、ひと筋の光は見えた」


「えっ? 光って?」


「光はあなた」


「えっ? 俺?」


「私を使って、あなたが魔王を倒す」


「え……ええっ!? どういうこと!?」


「魔王は戦いを遊びとしか考えていない。いわば無心で戦うことができるがゆえに、魔王は無敵なのだ。だが、トゥーネスを遊びと考えるあなたなら……あるいは」


   *


翌朝。


「イテテ……」と筋肉痛と戦いながら、俺はベッドから身を起こした。


コトネの話を聞きながら、いつのまにか眠ってしまったらしい。


話の骨子は、「コトネの化身であるラケットを使って最強の勇者になり、仲間を集めて魔王を倒してほしい」というものだった。


確かに、ただのラケットではないことはモナとの練習で実証済みだが、はたして世界征服をもくろむ魔王を倒せるほどのものなのかというと、疑問である。


そもそも、今の俺は勇者になるために入った高校を退学させられたばかりのニートである。


こんな俺が、ちょっと性能のいい武器を得たぐらいで、勇者になったり魔王を倒したりできるのだろうか。


「俺には自信がない」といった話をしているうちに、昼間の疲れもあって、眠りこけてしまったのだった。


「そうだ、コトネは……?」


横を見ると、赤いラケットがあった。

日の出の時間を過ぎて、またこの姿に戻ってしまったのだ。


思わず、俺はひとり言をつぶやいた。


「呪いの話、本当だったのか……。だけど、このラケットで魔王を倒せるなんて本当か?」


俺は赤いラケットを手にとり、フレームの横を軽くなでた。


「ンあ、ちょっ……そんなふうに触らないで!」


「誰!? コトネ!?」


今のはコトネの声のようだったが、きょろきょろと見回しても、俺の部屋に彼女の姿はない。


「私の声が聞こえるの?」


「聞こえるというより、頭の中に直接話しかけられているような感覚だ」


「どうやらラケットに姿を変えているときでも、会話ができるようね。これなら可能性は高まった」


「可能性?」


「あなたが魔王を倒す可能性」


「確かに、コトネのアドバイスを聞きながら戦うのであれば……」


「やってくれる?」


「うーん……。本当に俺にできるのかな……」


「試してみればいい」


「試すって、どうやって?」


「草トーナメントで」


「なるほど。勇者を目指しているやつと実際に戦ってみるってことか」


かくして、俺とコトネのコンビは誕生した。


それにしても、さっき俺がなでた部分は、コトネのどこだったのだろうか。

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