【第5話】裸の女の子
モナが学校へ行ったあと、俺はテーブルに置いた赤いラケットをじっと見つめながら、腕組みをして考えた。
この世には、魔剣と呼ばれる武器が存在するわけだから、魔力を宿したラケットが存在したとしても不思議はない。
もし、どんな攻撃をもはね返し、おまけに敵の弱点を正確に狙い撃ちできるとしたら、これはまさに最強の武器だ。
だが、俺だってバカではない。
何事も、メリットがあれば、必ずデメリットもあることを知っている。
この無敵に見えるラケットにも、きっと何か欠点があるはずだ。
たとえば……「1球打つごとに、使った者の寿命が減っていく」といった、命に関わる欠点かもしれない。
取説がない以上、このラケットがどういうものなのか、コトネ本人に聞くしかない。
だが、どこへ行けばコトネに会えるのか、見当もつかない。
俺は長年この地域に住んでいるが、コトネの顔にはまったく見覚えがないから、この付近には住んでいない子なのだろう。
コトネという珍しい名前から察するに、東方の異国から来た旅行者という可能性もある。
そうなったらお手上げだ。
あとは……わずかに可能性のある場所といえば、彼女と出会った、あの岩壁の前ぐらいか。
俺は赤いラケットをベッドに置き、毛布で覆って隠した。
そして、急ぎ足で岩壁へと向かった。
*
「ただいまー! ヤッちゃんいる?」
もう夕暮れどきである。
あちこち歩き回って疲れきった俺が野草ジュースで栄養補給をしていたとき、勝手に扉を開けて入ってきたのは、学校帰りのモナだった。
「おいおい、人の家に勝手に入ってくんなよ」
「だってカギが開いてたんだもん。ねえ、例の女の子、見つかった?」
「ぜーんぜん。岩壁のあたりを中心に、今まで一日中ずっと山道を歩きまわったけどダメ。通りすがりの人にも聞き込みをしてみたけど、まったく手がかりなし! もう疲れた! 俺は寝る!」
「残念だったね。とりあえず、夜の特訓に行きましょうか」
「聞いてなかったのかよ! もう寝るっていってんの! この足を見ろ!」
俺は足の裏を見せた。ずっと歩き回ったせいで、血マメがいくつもできている。
「あっちゃー……。こりゃひどいわね」
「今日はもう、薬草塗って休むから、また明日な! たぶん朝にはマシになってるだろ」
「わかった……。お大事にね」
ようやく納得してくれたモナを見送って、しばらくすると両親がとぼとぼと帰ってきた。
昨晩と打って変わってテンションが低いところを見ると、今日は大した獲物が捕れなかったようだ。
退学になったことを話すには、ちょうどいいテンションだ。
「母さん、父さん。聞いてほしいんだけど、実は……」
「退学になったんでしょ」と母親。
「えっ、知ってたの?」
「今、そこでモナちゃんに会って聞いたわよ」
「モナあああああ! あいつ! おしゃべり女め!」
「こら、そんないい方しないの! モナちゃんね、あなたが自分からは話しにくいだろうし、きっと強がって、アンラッキーで負けたこともいわないだろうからって、教えてくれたのよ」
すると父親がいった。
「ヤニック、いい幼なじみをもったな。モナちゃんとは、もうキスしたのか?」
「するか!」
すると母親がフフッと笑っていった。
「お母さんとお父さんはね……今はいろいろな価値観があるから、勇者を目指す生き方が、必ずしもベストじゃないと思ってるの。あなたにはあなたの生き方があるんだから、この機会にじっくりと考えてみたらどうかしら」
俺がウーンとうなっていると、父親がいった。
「勇者になるより、好きな子とキスするほうが、ずっと大事だぞ」
「うるせえ!」
俺の退学発表によってお通夜みたいなムードになるはずが、モナのおかげで意外にも、なごやかムードの夕暮れどきを迎えていた。
「俺、もう寝るわ。今日は歩きすぎて疲れた」
「あら、まだ日没前よ? 夕食は? あいにく今晩は、大したおかずないけど」
「テーブルに置いといて。たぶん、夜中に腹が減って起きると思う」
「はいはい。よっぽど疲れてるのね。おやすみなさい」
体力的に疲れたこともあったが、退学の件を両親に話すという重荷から解放された安心感もあって、おれは睡魔に襲われていた。
だが、ベッドに入り、眠りにつこうとしたとき、何か違和感を覚えた。
そうだ、ラケットをベッドに隠したままだった。
毛布をめくってみる。すると、ラケットがピンク色の光を放っている。
また魔力が発動したのだろうか。
でも、なぜ今?
あまりのまぶしさに、俺は思わず毛布をかけ直した。
「ん、なんだ!?」
驚いたことに、毛布がどんどん盛り上がっていく。
まるで、その下にあるラケットが巨大化していくみたいに。
やがて一定の大きさまで膨らむと、それは巨大化をやめた。
このまま放置しておくわけにもいかず、俺はおそるおそる毛布の中に手を突っ込んだ。
ラケットはどこだ?
毛布の下をまさぐると……ん?
やわらかいぞ?
えっ、人間の……足?
「ちょっと……触らないで! くすぐったい!」
「なっ!?」
俺がつかんだものは少女の足首だった。
俺はびっくりして手を放した。
すると、少女は毛布の横からひょっこりと顔を出した。
それは、俺が一日中、探しても探しても見つからなかった相手だった。
「こっ……コトネ! なんでここに!? いつからいるんだ!?」
顔と足先だけを毛布から出した状態で、体を毛布で隠したまま、コトネはいった。
「今、変容したばかりよ」
「ヘンヨウ? どういうことだ?」
「話すと長くなりそうだから、とりあえず何か着るものをちょうだい」
「着るもの?」
「察しが悪いわね。今、服を着ていないの。服をちょうだい」
だから毛布で体を隠していたのか!
「わわっ、ごめん! すぐに持ってくる!」
なぜ自分が謝っているのかわからないが、俺は急いで居間へ向かった。
「あら、どうしたのヤッちゃん。寝たんじゃなかったの?」
「えっと……」
自分のベッドに裸の女の子がいて、服がないから貸してくれ、なんて正直にいったらどうなるか。想像しただけで恐ろしい。
モナに服を借りにいく手もあるが、それはそれで理由を聞かれるだろうし、本当のことをいってもモナに信じてもらえるかどうか。
いや、無理だ。
ヘタをしたら殺される。
どうする俺!
俺は必死に思考回路をめぐらせた。
「……実は……えっと……そうだ。モナがね、母さんの服を着てみたいっていってるんだ。えっと、このあいだ新調した、黒いワンピースがあっただろう? 1日だけ貸してやってくれないかなあ」
「ああ、あのワンピース、素敵でしょ! でも、私のじゃ、モナちゃんには少し小さいんじゃないかい?」
「いや、大丈夫だよ。たぶん」
「そうかい? まあ、いいけど」
「サンキュー。じゃあ、借りるね!」
俺は急いで母の衣装棚から黒いワンピースを取り、自室に戻った。
「持ってきたぞ!」
毛布の下に服を入れてやると、大事なことに気がついた。
「しまった! 下着も持ってきたほうがいいよな?」
「さすがに下着まで借りるわけにはいかないでしょ。いいから、あっち向いてて」
「ああ、ごめん!」
俺は後ろを向いて、コトネが服を着るのを待った。
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