【第4話】魔法のラケット
「ヤッちゃん!」
グウ……。
「ヤニック!」
グウ……。
「落ちこぼれのヤニック! 早くしなさい!」
「なんだと!」
俺は飛び起きた。
窓からは日の光が差し込んでいる。
しまった!
ようやく昨晩の約束を思い出した。
誰よりも早く起きて、玄関先を見ろってか!
走って家の外に出ると、そこには幼なじみがいた。
「うわっ、モナ! なんだよ、こんなに早く!」
「やっと起きたわね。さあ、朝練に行くわよ!」
「カンベンしてくれよ。昨日退学になったばかりだし、特訓とかは明日からにしないか?」
「なによ、新しいラケットまで準備してあるくせに!」
「はあ? 新しいラケット? なんのことだ?」
「ヤッちゃんにしては、なかなか切り替えが早いじゃない」」
「モナ、いったい……なんの話をしてるんだ?」
「なんの話って……ほら。それの話よ」
モナが指さした先を見ると、玄関の扉の横に、見慣れないラケットが立てかけてあった。
よくある木製のラケットだが、全体が真っ赤に塗られている。
「なんだこれ? やけに派手な色だな。誰かの専用か?」
「ヤッちゃんのじゃないの?」
「……あっ、そうか。これのことだったのか!」
「ヤッちゃん、どういうこと?」
俺は昨晩出会った、コトネという少女のことをモナに話した。
「たぶん、その子がこれを置いていったんだと思う」
「ふーん、不思議な子ね……」なぜかモナは怒っているようだ。「……で、その子、可愛かったの?」
「は? そんなのどうでもいいだろ!」
正直、コトネは可愛かった。
小柄で無口なコトネは、快活なモナとは対照的な魅力がある。
そして、妙な色気のある声も、一度聞いたら忘れられない魅力があった。
仮にどちらか1人を選べといわれても、回答に困るぐらいに真反対な2人である。
「でも、プレゼントをくれるってことは、その子はヤッちゃんに気があるんじゃない?」
「えっ、そういうことなのか? まさか!」
「あれ? なんかヤッちゃん、うれしそうじゃない」
まずい。
なんだかモナの機嫌がどんどん悪くなっている気がする。
さりげなく話題の方向性をズラさなければ……。
「コトネっていう名前、珍しいよな」
「そうね。確か東の果てに、そんな感じの名前をつける国があったような……」
「そういえば顔つきも、声のわりに幼い感じだったから、異国人かも」
「もしかしたら、異国でとれた木材を使った、特殊なラケットなのかも! 試し打ちも兼ねて、朝練にいきましょ」
よし、話題転換クリア!
俺はすでに退学になってしまったから時間はいくらでもあるが、モナは1時間後には学校へ向かわなくてはいけない。
モナと俺は急ぎ足で最寄りの公園へ向かった。
まだ早朝なので、公園には誰もいない。
「まずはウォーミングアップに、軽く打ち合いましょうか」
「オッケー」
俺は真っ赤なラケットで砲弾を打った。
予想通り、とても打ちやすい。
細かい振動もなく、打球もまっすぐに飛ぶ。
かなり高級なラケットのようだ。
しばらく軽く打ち合ってみたが、まったくミスをする気がしない。
「本当に打ちやすそうなラケットね。それがあれば、ヤッちゃん落第しなかったんじゃない?」
「うるさいな! もう学校の話はやめろよ! おまえのラケット、弾き飛ばすぞ!」
「やれるもんならやってみてよ。そんなコントロールないくせに!」
「なんだと!」
つい感情的になって、俺はラケットを力いっぱい振ってしまった。
すると、ラケットがピンク色の光に包まれた……ような気がした。
なんだ?
バシイイイッ!
次の瞬間、俺が放った砲弾はまっすぐにモナのラケットに向かって飛んでいく。
「きゃあああっ。何!?」
バキャッ!
モナのラケットは砲弾に弾かれ、モナの手から離れて吹っ飛んだ。
「大丈夫か、モナ!」
俺はあわててモナに駆け寄って、彼女の右腕を確認した。どうやらケガはないようだ。
「ヤッちゃん……今の、狙ったの?」
「まさか! まぐれだよ! 俺にそんなコントロールあるわけないだろ!」
「だよね……。でも、すごい威力だったよ。コントロールはともかく、砲弾のスピードはまぐれで出るもんじゃないでしょ」
そういって、モナは俺が握っているラケットに目をやった。
「もしかして、このラケットの性能のせいだっていうのか?」
「うーん……。ちょっと私にも打たせてみて」
「いいけど」
俺たちはお互いにラケットを交換して、また打ち合いを始めた。
「モナ、どうだ?」
「うーん……。まあまあ打ちやすいけど、いくら思い切り打っても、ヤッちゃんが打ったときみたいな威力は出ないわ」
「だろ? やっぱりまぐれだったんだよ」
再びラケットを交換した俺たちは、練習を続けた。
やっぱり、まったくミスショットがない。
このラケットは俺と相性がいいのだろうか。
「じゃあ、そろそろライジングショットの練習をしましょうか」
「ライジング……? なんだよ、それ?」
「えっ、知らないの? 1学期に習ったでしょ?」
「そういえば習ったような……」
「あきれた。そりゃあイレギュラーに対応できなくて負けるのも当然ね」
「えっ!? イレギュラーバウンドって、技術的に対処できるもんなのか!?」
「それがライジングショットよ。地面がデコボコだったり小石が落ちていたりするときは不規則にバウンドする場合があるから、砲弾がバウンドしたら、すぐに上がりっぱなを打つのよ」
「知らなかった……。確かに、イレギュラーバウンドしても、バウンドしてすぐなら、まだ大きく軌道が変わっていないから、打てるかもしれないな」
「その通り。そういう理屈よ」
「だけど、そう簡単にライジングショットなんて打てるもんなのか?」
「打てるわけないでしょ。そのために練習するのよ。私だって、高確率でライジングを成功させられるまで、毎日練習して、結局2カ月もかかったんだから」
「2カ月……! 俺にはそんなの無理だよ!」
「やるのよ! そうでなきゃ、勇者になんてなれないんだから!」
「ふえぇぇぇ……マジかよ……」
ため息をついている俺をよそに、モナは俺の足元に砲弾を強打してきた。
おあつらえ向けに、そこには小石がごろごろ転がっている。
予想通り、砲弾はとんでもないイレギュラーバウンドをした。
すかさずモナが叫ぶ。
「遅い! バウンドする瞬間に、上がりっぱなを打てっていったでしょ! そんなに高くバウンドしてからじゃ、もう……」
「うるせえ! いきなりライジングショットなんて、できるわけないだろ!」
もう、なるようになれ!
ヤケクソで俺はラケットを振った。
その刹那、ラケットがピンク色の光に包まれる。
そして、あらぬ方向にイレギュラーバウンドした砲弾を正確にヒットした。
バシュウッ!
「きゃああっ! また!?」
打球はまたしてもモナのラケットに命中し、弾き飛ばしたのだった。
俺は再びモナに駆け寄った。
「だだだ、大丈夫かモナ!」
「今のもまぐれだっていうの?」
「まぐれだよ! 絶対まぐれだよ……たぶん!」
「違うと思う……。そのラケット、光ったよ」
「光ったって……?」
そのあとも、モナの登校時間ぎりぎりまで、俺たちはラケットの試し打ちを続けた。
結果……信じられないことだが、やはりその赤いラケットには不思議な力があり、どんな砲弾も正確に捕捉し、しかも思った通りの場所に打ち返せることがわかった。
さらに不思議なことに、モナが使ってもその能力はまったく発揮されず、俺が使ったときに限って不思議な力が作用することもわかった。
どういうことなのだろうか。
とにかく、あのコトネという少女にもう一度会って、真相を確かめるしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます