【第7話】草トーナメント
コトネとの再会から2週間後。
俺とモナは、トゥーネスの草トーナメントの1つ、エルヴノラオープンの会場を訪れていた。
草トーナメントとは、勇者を目指している者同士が力試しのために戦う大会である。
プラクティス砲弾を用いるため命の危険はないが、ここで上位に入れば賞金がもらえる上、複数の大会で好成績を収めれば、有名校に特待生として招かれる場合もある。
「ねえヤッちゃん、みんな強そうだよ?」
「まあ、な」
どの選手も、対戦相手を「ブッ殺ス!」ぐらいの気合いでぶつかってくるため、非常にレベルが高い。
ちなみに今年のエルヴノラオープンには、俺を含めて64名がエントリーしているから、優勝するためには6つの試合を勝ち続けなければならない。
大会は1日に3試合ずつ、2日間かけて行われる。
「ヤッちゃん、本当に大丈夫?」
「たぶん大丈夫だろ」
「エルヴノラは草トーの中でも特にレベルが高いのよ」
「知ってるよ」
「まだ大会の初日なのに、みんなピリピリしてない?」
「うるさいな。モナ、今日はだまって見ててくれ」
「大丈夫かなあ……」
心配そうなモナを観客席に放置して、俺は指定された対戦場に向かった。
俺の相手は身長2メートルほどもある30代のベテラン選手で、ジャンクという名の男だった。
ジャンクは俺を見るなり、鼻で笑った。
「1回戦は、どうやらエンジョイ・トゥーネスだな」
どうやらジャンクは俺を挑発しているつもりらしい。
だが、まだ自分の実力……というかラケットの実力がどれほどのものかわからない俺は、ジャンクの挑発にどう反応したらいいのかも、わからなかった。
観客席では、相変わらずモナが心配そうな顔でこっちを見ている。
草トーナメントの試合は、原則としてセルフジャッジ。
つまり、審判がいない。
時間になったら自分たちで勝手に試合を始めて、勝ったほうが本部に結果を報告するルールだ。
「じゃあ、始めるか。えっと……ヤニック君だっけ」
「お願いします」
コイントスで、サーブ権は相手にとられた。
試合開始とともに、ジャンクはラケットを大きく振りかぶる。
「コトネ、俺はどうしたらいい?」
「そうね……とりあえずラケットで急所だけ守って」
「はあっ!? そんなんで大丈夫か?」
「問題ない。この相手は典型的なパワーヒッター。草大会レベルのパワーヒッターなんて、急所を目がけて力まかせに打ってくるだけ」
急所って、つまり、あそこだよな。
俺はいわれた通り、股間をラケットで守った。
「ちょっと! 変なところに私を押しつけないで」
「だって、コトネがそういったんだぞ」
「くっつける必要ないでしょ」
「あっ……そうか」
「早く! もうタマが飛んでくるわよ!」
「わわっ!? タマだけに!? きた!」
ジャンクが放った砲弾は、コトネの予想通り、俺の股間を目がけて飛んできた。
赤いラケットがピンク色の光を帯びる。
ヴォン!
コトネの化身であるラケットは、砲弾を見事にはね返した。
そして、次の瞬間。
「ぶふおわっ」
ジャンクはサーブを打ち終わったばかり。
無防備の横腹に砲弾を食らったジャンクは、嘔吐物をまき散らしながら倒れ込んだ。
すると、観客席から「おおおー」という歓声と、パラパラと拍手が起こった。
まだ1回戦だし、無名選手同士の試合ということもあって、観客席の人影はまばらだ。
俺はゲロの飛沫を踏まないように気をつけながらその場を退散し、大会本部に勝利を報告した。
「おめでとうございます。2回戦の相手はすでに決まっています。すぐに試合されますか? 少し休憩されますか?」
「特に疲れてないから、すぐにできるよ」
「では、6番対戦場へ」
モナに「次は6番だってさ!」と告げると、彼女は駆け寄ってきた。
「すごいね! あんな大きな大人を一撃でやっつけるなんて」
「ラケットのおかげだよ」
「いったい、そのラケットは何なんだろうね。結局、岩壁のところで会った女の子は見つからなかったんでしょう?」
俺はコトネと再会できたことや、このラケットの正体について、モナには話していない。
夜になると美少女化するラケット。
しかも、そのときのコトネは全裸なのだから、すべて話してしまったら最後、「こんなアブないラケットは没収!」ってなことになるのがオチだろう。
「ああ……うん。あの子はどこへ行ったんだろうな。じゃあ、もう始まるから行くぞ」
「待ってよ、ヤッちゃん!」
6番対戦場に行ってみると、すでに対戦相手がベンチに腰かけており、俺の顔を見るなり、話しかけてきた。
「まさか、あなたがジャンクに勝つとはねェ。1学期早々、強制退学になったヤニック君がねェ」
「エルミー!」
それは、グロワール高校の元クラスメイトだった。
エルミーは小柄でメガネをかけている女子だが、G組では、男子を差し置いて1、2番手を争う優等生だ。
トゥーネスは腕力の強いほうが有利なところがあるが、どんな試合でも、男女を分けたりはしない。
なぜなら、勇者が女性だからといって魔物は絶対に手加減をしてくれないからだ。
「こんなところで会うとは奇遇ねェ。私は2学期からF組に上がれることが内定してるの。だからF組の連中に負けないよう、腕試しのために大会に申し込んだってわけ」
「困ったな……」
「そうねェ。あなたも運が悪いわねェ。学校を退学になっちゃったからには、こういう大会で活躍して一発逆転するしかないんでしょうけど、序盤で私に当たっちゃうなんてねェ」
「いや、そうじゃなくて、知り合いの女の子にケガさせたくないなっていう……」
「ケガ……? はん、あなたのヘボ砲弾が私に当たると思ってるの? かすりもさせないわ」
「困った……」
なにしろ、エルミーはトゥーネスの試合ではあるまじき、ミニスカートをはいているのだ。
試合では防具のたぐいを身につけることを禁止されているが、プラクティス砲弾だって、まともに喰らえば、さっきのジャンクみたいなことになる。
できるだけ肌を覆う服装をしてくるのがふつうなのだ。
なのに、こんな軽装では、絶対にケガをさせてしまう……。
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