カメラが気に入らないので

植原翠/『浅倉さん、怪異です!』発売

カメラが気に入らないので

 俺の部屋には監視カメラが取り付けられている。

 壁にかけた電波時計の横っちょに、黒いレンズが顔を覗かせているのだ。隠し撮りならもっと上手くやれよと思うくらい、堂々と設置されている。

 あれは三日前からあそこにある。“あいつ”が出ていって以来だから、三日前だ。

 俺の部屋は、二階建てのアパートの一階の角部屋である。ワンKの間取りで、そのリビングにカメラはある。壁のほぼ真ん中で、リビング全体を見渡すようにそこにあるのだ。

 俺はカメラには詳しくないが、あそこにあるカメラはきっと動画を録画するのに優れたタイプのものである。当然だ、カメラを放置して部屋の様子を隠し撮り……否、隠せてもいないのだが撮っているのだから、シャッターをいちいち切って一枚ずつ写真を撮るものではない。あいつは俺の私生活を録画しているのである。

 ただ変な話なのは、男である俺の私生活など撮って楽しいのかということである。これについては、推察だが隣の部屋に住んでいる女子大生が関係している。このカメラを設置した者は、隣の女子大生の部屋に設置したつもりで、間違えて俺の部屋に取り付けてしまったのだ。とんでもない阿呆だが、そもそも他人の部屋にカメラを付けること自体が阿呆なのでもう救いようがない。

 俺はカメラの正面にあるベッドの上から、カメラを睨みつけた。

「おいカメラ。俺と目が合っているということは、見つかっているということだぞ。そんなんでいいのか、お前は隠しカメラだろ」

 しかしメンチを切っても無駄である。カメラに俺の声は届かないし、録画をやめるわけでもない。

 なぜ俺がこのカメラを三日間も放置しているのか説明しよう。実はこれは、見つけた時点でいろいろな策を考えた。

 その一。怒りに任せてぶっ壊す。衝動的にはいちばんそうしてやりたいし、すっきりするだろう。

 その二。警察に相談する。まあこれが普通だし、冷静でオーソドックスだ。カメラを壊さないので証拠も残り、犯人が捕まれば慰謝料を請求できる。

 ここまでは、自然と思いつくことだろう。俺はここに、もうひとつ作戦を追加した。

 その三。犯人がカメラを回収しにくるのを待ち、自力で捕まえる。そして脅し、金銭を要求する。警察などの第三者を通しても慰謝料くらいは貰えるのかもしれないが、それでは常識の範囲内の金額しか請求できない。この「自力で打倒ストーカー作戦」であれば、脅し方次第でもっとデカイ額をふんだくることができるのだ。

 つまりカメラを壊すよりすっきりして、警察に届けるより利益が大きいのだ。これが最高の復讐だと、俺は結論づけた。

 犯人は必ずここに戻ってくる。動画がどこかに転送されて、犯人はそれをほくそ笑みながら視聴しているのだろう。だが、映っているのが女子大生ではなくて俺だったら、犯人は慌ててカメラを取り外しに来るはずなのだ。

 だから俺はこの三日間、カメラの持ち主を待ったのだ。外すために住居に不法侵入してくるであろうクソ野郎を、この目で見てこの手で捕まえる。直接対決に持ち込み、完膚なきまでに叩きのめし金を巻き上げてやるのだ。そのためなら数日間の俺の私生活を売るのなど安いものである。

 しかし、ただ犯人が戻ってくるのを待つのではつまらない。どちらにせよ部屋の様子は撮られているのだ。そこで俺は、来たる犯人をどん底までガッカリさせるため、カメラに嫌がらせ動画を敷き詰めてやることにした。そう、逆にこの録画を利用して返り討ちにしてやるのだ。この部屋に設置したことを後悔させてやる。

 これは俺の、カメラ映りを意識した嫌がらせの記録である。


 一日目。

 俺はカメラの前で激しく暴れた。撮り主を挑発するためのダンスである。

 腕をプラプラさせながらベッドで飛び跳ね、その間真顔でカメラから目を離さない。カメラ目線であることは「日頃からひとりでこんな行動をしているのではなく、カメラに気づいているんだぞ」というアピールなのだ。


 二日目。

 犯人が一日目の動画をどこかで見ていればすぐにでも回収に来るのではないかと思ったのだが、来なかった。

 俺は今度はカメラに向かって、下手な歌を歌った。耳を塞ぎたくなるような歌を歌えば犯人が音をあげると踏んだのだ。


 三日目。

 部屋にあるものをぶっ壊しまくった。

 棚の上の漫画を散らかして、飾ってあった写真立ては床に叩きつけて割った。キッチンに置いてあった食器もわざわざリビングに運び、カメラの前で割りまくった。

 異常者のような振る舞いで犯人を恐怖に陥れ、ヤバイと思った犯人がカメラを外しに来るという寸法だ。


 しかしこれだけやっても、犯人は来なかった。

 いい加減腹が立ってきた。いや、カメラの存在ははじめから不愉快だったのだが、別の意味でも気に入らない。こんなに俺が挑発しているというのに、全て無視とはいい度胸である。

 そして現在に至る。今日はなにをしてやろうかと、俺はあのカメラを睨んでいた。飛び跳ねて踊ってやった。歌も歌った。部屋のものも壊してやった。今も部屋は散らかりっぱなしだ。陶器やガラスの破片も床に飛び散っている。

 今日はなにをしてやろうか。カメラに極限まで顔を近づけてやろうか。レンズにらくがきしてやろうか。

 カメラを睨みつけながら、そんな考えを巡らせているときだった。

 ガチャ。

 突然、玄関が開いた。俺は背筋を伸ばした。犯人だ。お待ちかねの犯人がやって来た。平然と部屋に入ってきたということは、合鍵を持っているのか。恐ろしい奴だ。

 リビングに入ってきたのは、ふたりの男だった。赤いチェックシャツにジーパンの男と、ダボダボのパーカーを着た男である。共に大学生くらいと思われる。

 実を言うと、犯人の目星はついていた。この男たちに違いない。こいつらは、この部屋に三日前にもやって来た奴らなのだ。

 ふたりの男は、部屋を見るなりうわっと悲鳴を上げた。

「マジかよ。結構皿が割れてる。足、気をつけろよ」

「撮影してたのを見てたとはいえ、実際の光景見ると圧巻だな……」

 ベッドの上から睨んでいる俺を気にもとめず、ふたりはそろりそろりと部屋を歩いた。そして壁にかけてあったカメラを、回収する。

 今だ。俺はすっと立ち上がった。こいつらはカメラを回収した。間違いない、こいつらが犯人だ。俺はそっと男たちの背後に忍び寄った。今こそ両方捕らえて、金を要求してやろう……そう思ったのだが。

「ほらな、なにも映ってないだろ?」

 カメラの中を確認しながら、赤チェック男が言った。

「カメラから直接見たって同じ。誰も映ってないのに、ベッドから埃が立って、奇妙な声っぽい音が入って、最後はポルターガイストだよ。空き巣じゃなかっただろ。こんなのやばいって」

「うーん……この動画を不動産屋に見せて相談してみるか?」

 赤チェックが手に持っているカメラが、動画を再生している。後ろから覗き込んだ俺にも見えた。

 ふたりは、“映っていない俺が暴れている動画”を、まじまじと眺めていたのだ。

「えっ、マジで?」

 俺は間抜けな声を出した。


 この赤いチェックシャツの男がこの部屋を出ていったのは、五日前のことだ。

 こいつが俺の部屋に住みはじめたので、俺は踊ったり歌ったり物を壊したりして、見事追い出すことに成功した。この赤チェックは苦しみもがき、友人であるパーカー男を呼び相談していた。それからパーカー男の家に泊まる約束をし、彼らは会話どおり、ここからいなくなった。

 しかし彼は三日前、この部屋に戻ってきた。パーカー男と共に訪れて、そしてカメラを設置した。再びいなくなって、遠くからカメラ通して部屋の様子を見ていたのだ。


 撮られた動画を前に、俺は何度も目を擦った。動画には、俺の姿は映っていない。

 しかし暴れている形跡だけはくっきりと残っている。バサバサ埃が立つベッド、甲高く裏返った声、飛び交い床に叩きつけられる部屋の小物。

 誰もいない部屋で、そんな光景が広がっているのだ。

「マジで?」

 俺はまた、そう口をついた。

 この頃入れ替わり立ち替わり、俺の部屋に他人が住みつくと思ったら、俺の部屋はもう俺の部屋ではなかったのか。

 いつの間に死んだんだ、いつの間に怪奇現象になっていたんだ、俺は。

「こういう現象が度々起こるんだよ。俺しかいないのに、動いてないのに、物が壊れたりしてさ」

 赤チェックの男が興奮気味に話す。俺は慌てて謝った。

「ごめんな」

 しかし、動画にすら映らない俺は無視される。

「事故物件ってやつ? 誰かこの部屋で死んでるとか?」

「そうかもな。そういうのって、一回でも誰か入居すれば不動産屋は説明する義務がないらしいよ」

 男たちのやりとりを、俺はぼうっと聞いていた。

 そういえば、エアコンがなくて隙間風はあるこの部屋は、冬場は寒くて仕方ない。ひょっとしたら俺、寝ている間に凍死したかも。「死ぬかも」と思いながら寝た夜があるのを思い出した。

「どうする? この部屋出てく?」

「どうしよう。契約では、最低でも二年は住まないと違約金が発生すんだよ」

 俺は後ろから、男たちのやりとりに参加した。

「出てった方がいいぞ。この部屋、冬場はめちゃくちゃ寒いから」

 だが、ふたりは見えない俺を無視して続けた。

「そんなこと言ってられる? こんなん普通に生活できないぞ? 割高になってでも引き払った方がいいんじゃないか。この動画でお前がやったんじゃないのを証明すれば、交渉できるかもしれないぞ」

「敷金戻ってくるかなあ……」

 それともお前もここで凍死して、俺と一緒に暴れるか?

 カメラを設置されても映らないんだぜ。


 結局赤いチェックシャツの彼は、ここに戻らず、とうとう部屋を引き払ってしまった。

 あの隠し撮り動画が有利に働いたかどうかは知らない。地縛霊っぽい俺はこの部屋から出られず、外でのやりとりは知らないのだ。 動画の撮り主に嫌がらせをするつもりだったのに、俺はむしろ彼に有利になる材料を作ったのかもしれない。まあ、なんか俺が悪い方だったみたいだし、結果オーライか。

 因みに、俺はまだこの部屋にいる。いつか鈍感すぎて俺の存在に気づかない天然の女の子が住んでくれることを夢見て……。

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