第13話 デート2

「あまーーーい!」

「よし、笑顔になったな!」


 生まれて初めて食べるヤキイモに感動した。

 熱くて冷ましながらでないと口に放れないが、想像していたよりもフカフカで、口の中に甘さが満遍なく広がってくる。


 公爵令嬢としての立場を考えることなく、無我夢中でヤキイモをかじっていた。はしたない。


「バレンさんも食べますか?」

「な!? いやいや……流石に……その……。それはアエルが口にしたものを俺がかじってしまえば……」


 バレンさんの顔が真っ赤になっていた。

 完璧なお人柄だと思っていたが、こんなところで普段見せない表情をしていて……可愛い。


 私は遠慮しているバレンさんの口元にヤキイモを近づけた。


「バレンさんなら別に大丈夫ですから。おいしいですよ」

「間接キ……わ! 何をするっ!?」


 バレンさんが、ひとかじり口の中に入れた後、私もすぐに口の中に入れた。

 あれ……さっきより甘味が増した!?


 すっかりデートに無我夢中なって満喫していたのだが、現実は甘くはなかった。



「あー! ニュースに出てた公爵令嬢様だー。ママー、お姫様がヤキイモ食べてるよー」

「こら! 気安く話しかけてはいけません! あぁ……息子が無礼を……大変申し訳ございません!」


 通りすがりの民間人と思える五歳に満たないくらいの男の子に声をかけられ、一緒にいた母親はすぐに叱責をして私たちに跪き謝ってきた。


「ご……ご機嫌よう」


 私がヤキイモを頬張っているところを見られてしまって恥ずかしい気持ちが強かったので、言葉が思いつかなかった。


「ど……どうかお許しを……申し訳なく──」

「あ、どうかお気にせず顔をあげてください。今日は私もプライベートですし」


 母親は不思議そうな顔をして立ち上がった。

 たとえ子供だとしても、公の場で今のような発言をしてしまったら、おそらく周りの人間が黙っていないだろう。


 だが、無邪気な子供に悪気はないことくらいはわかるし、気にすることでもない。


「ねー、令嬢様ー、デートなの?」

「こら!! あなたって子は……」


「ふふ……構いませんよ。どうか怒らないであげてください。そうよ、お姉ちゃんはデートしてるの。君もいつか好きな人とこういう時が──」


「僕は絶対に出来ないもん! 僕の好きな女の子は偉い人だから、その子に近づくなって言われてるんだもん……。令嬢様が羨ましい」


 急に男の子は叫んで泣き出してしまった。


 母親から話を聞いてみると、この二人は民間人。男爵家の人間が近くに住んでいるそうで、そこの女の子に初恋をしたらしい。


 だが、気安く貴族にそのような感情やアピールをしてはいけないと教えてきたそうだ。


「住む世界が違いますから……今こうやって公爵令嬢様とお話が出来ていることすら奇跡に思いますし……」

「それは違う。いや、これからは変わるぞ」


 男の子をあやしながら黙って聞いていたバレンさんが、口を開いた。


「良いか坊主、俺はお前と同じ一般人だ。だが、こうやって公爵家の人間と付き合うことができた。それは何でかわかるか?」

「わからないよー……」


「最後まで諦めなかったからだ。俺は民間人ながら公爵令嬢を見たときに一瞬で一目惚れをしたんだ。だが、その時は俺なんかが立ち入れる隙などないし、彼女には婚約者もいたんだ」


 ムーライン様と婚約が決まったときのことだろうか。


 私が幼少期の時ではないか。バレンさんはその頃から私のことを見てくれていたというの!?


「せめて彼女と話だけでもしたかった。だから俺はどうにかして貴族とも接することを考えた。その結果、沢山勉強をして貴族とも関われる仕事に就いたんだ」


 初耳だった。


 バレンさんが諜報部隊に入った理由って私と会話ができるようになるためだったというのか。


「その結果、彼女と話す機会もできたんだ。まぁ……今こうしていられるのは運もあったけどな」

「じゃあ僕も運が良ければ好きな貴族の女の子と遊んだり手繋いだりできるの……?」


「あぁ、運だって努力次第で自然とやってくる。貴族が相手でもくじけるな。諦めたらそこで終了だ」

「お兄ちゃん僕の好きな人と話せるように手伝ってくれるのー?」


「いや、自分で頑張るんだ。俺たちはアドバイスをするだけだ」

「うん、分かった!! 僕、がんばってみるよ」


「と……いうわけなのでお母さん、どうか子供の夢を壊さないであげてほしいんだが」


 バレンさんは母親の方を向いて頭を下げた。


 無邪気に大喜びで笑っている可愛い子供にダメとは言わさせない展開まで持っていったバレンさんも凄い。

 それに、バレンさんが頑張ってくれたから、今の私がここにいるのだろうと思うと嬉しかった。


「公爵令嬢様ー、かっこいいお兄ちゃんー、僕がんばるよ! ありがとう」

「よし! いい顔になった」


 バレンさんが男の子の頭を撫でながらにこりと笑った。

 きっとこの子はこれから頑張って、好きな女の子のために何かするのだろう。


 私たちも、陰ながら応援したい。


 その為にも、私は覚悟を決めた。


 バレンさんとの婚約を前提にした恋愛としての交際を、大々的に公表することにした。


 バレンさんは民間人であり、私は公爵令嬢。この格差が生じる中での恋愛交際に関しては当然、貴族間でのどよめきもあった。


 だが公表してからも堂々と交際を続けた。

 しばらくすると、少しだけ貴族の人たちと民衆との距離感が少しだけ縮まっていったのだ。

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