第12話 デート
「アエルお嬢様、バレン様がお迎えに来られましたが」
今日はバレンさんとの初デート。
デート用の服装に着替えたし、化粧もバッチリだ。
すぐにバレンさんの元へ向かった。
「アエル、今日もまた一段と可愛いな」
「もう! 使用人たちが見ている前でそんなこと言わないでください。恥ずかしいです……」
「今までだって、挨拶がわりに同じようなことを言ってたと思うが」
恥ずかしい……。
バレンさんのことを意識していなかった時と今では言葉の受け取り方がまるで違う。今まで恥ずかしくならなかったのが不思議なくらいだ。
「ところで、今日はどちらへ連れて行ってくれるのですか?」
「王都の街を歩きたいと思っている」
「え!?」
流石にまずいのではないだろうか。
ブルラインとの婚約破棄や事件は世間に大きく知られていて、私の存在もこのときに民間人にまで広く知れ渡ってしまった。
今はそう易々街中を歩けるものではない。
しかも、今回は護衛なしでのデートなので危険もあるかもしれない。
「アエルの考えていることはわかっている。公爵令嬢ともあろうお前が安易に王都を歩けないと言いたいのだろ? 大丈夫だ。護衛は俺が引き受ける」
なんという頼もしい言葉だろうか……。まるでムーライン様のような言動だ。
「嬉しいんですけど、ご迷惑になりませんか? もしかしたら騒ぎになってデートどころじゃなくなってしまうのではないかと……」
「それも想定している。だが、それは今までの俺たちや貴族、民間人が考えていた常識だ。民間人の俺が公爵令嬢のアエルとこうやって交際していること自体が特報のようなもんだろう」
「それはそうですけど……」
お父様に公認されたとはいえ、常識じゃ考えられない交際をしていることはわかっている。
だからこそ、こっそりデートをする方がいいと思っていたのだが。
「アエルがやってみたかったことはなんだ?」
「……」
「ほら! その顔が言っているじゃないか。王都で気兼ねなく美味しいものを沢山食べて回りたいと」
さすが諜報部隊の最高司令官。見抜かれている。
でも、ここで言葉にするのはやめて欲しい。今は使用人達が見てるし聞いている。
私の思っていることをそんなベラベラと喋られては後でお父様に叱られてしまいそうだ。
「わ……わわ……とにかく外へ出ましょう!」
「焦っている顔も可愛いぞ」
付き合い始めてから、私のことを容赦なくからかってきている気がする。
バレンさんのそういうところも好きなんだけれど。
バレンさんに絶対大丈夫だと言われて、王都の街中へ入ってしまった。
少しでもバレないように顔を下に落としている。
「アエル、下ばかり向いていては、まるで病人じゃないか。堂々と前を向いて歩こう」
「バレちゃって騒ぎになってしまいますよ?」
「いいじゃないかそれで」
「へ!?」
バレンさんの考えていることはよくわからなかった。
勇気を出して、私は顔を正面に向けて改めて王都の街並みを眺めた。
「わぁ~……思っていたより賑わっていますね」
「そうだろう、おっと……ここではぐれたら大変だからな……」
──ひゃ!!
バレンさんが私の右手をがっしりと握ってきた。
頭の中がお花畑になりそうなくらいドキドキしてパニックになってしまっている。
緊張と幸福で、平常心に戻れない。
「さて、アエル。俺が事前に調べたところ、この王都にはお前の好物を食べられる店、及び食べてみたいであろう店が二百五十六店舗ある。どこから回ろうか」
「そこまで調べたんですか!?」
「当たり前だろう。俺は諜報部隊なのだから、事前サーチは欠かせないのだ」
私のために調べてくれるのは嬉しいが、そこまでしなくても……。それに私の好物を完全に知り尽くしているとは流石に思えない。
「で……では、折角なので、どうしても食べてみたかったものがあるんですが……」
「何が食べたいんだ?」
屋敷では絶対に出てこなかったメニューだけれど、ここにならきっとあるはずだ。
とはいえ、公爵令嬢として言っていいものなのか迷うところだ。
いや、折角だし食べてみたい。
「……」
「そうか、ヤキイモだな?」
「──!? なんでわかっちゃうんです!?」
とんでもない洞察力だ。
「目の動かし方が不自然だった。これは言っていいのかと、迷っていた証拠だ。そしてアエルの顔がやや赤らめていた。つまり自分で言い出し辛かったのだろう。そして何より、幼少期にヤキイモが食べたいと駄々を捏ねて──」
「も……もうわかりましたので、食べに行きましょ! ね!」
バレンさんの情報量がとてつもないことがよくわかったので、何も隠せないのだろう。
もう吹っ切れた。
バレンさんの言ってたとおりに、気にせずに王都の美味しいものをひたすら食べて回るんだから!
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