第3話 婚約者の幼馴染

「紹介しよう。私の幼馴染で親友だ」

「お初にお目にかかりますアエル……様。キャンベル=レウジーンと申しますわ」


 私の名前を呼んだ後しばらく沈黙があったけど、気にしないでおく。

 私のことを敵だと認識しているのは知っているのだから。


 私は嫌でも満面の笑みで挨拶をした。


「ご丁寧にありがとうございますキャンベルさん。私がブルライン様の婚約者であるアエル=ブレスレットです」


 あえて婚約者だと言ってみたのだが、やはりキャンベルは良い顔をしていない。それどころか睨まれている気がする。隠しているようだがよくわかった。


「私、アエル様とブルラインが結婚しても、ブルラインとの親友関係には身を引く気はありませんので、先にお伝えしておきます」

「おいおいキャンベル、そんなこと言ったら私とキャンベルが幼馴染以上の関係に思われちゃうだろう?」


 いや、もうそう思ってますし現場も見ていますけど。とは言わないでおいた。


「ふふ……お二人は仲が良いのですね。もちろん今後とも幼馴染として恥じぬお付き合いをしてくださいね」

「あ、あぁもちろん大事な幼馴染であり親友として、大事にしたいと思っている」

「アエル様、この際言っときますけど、ブルラインとは幼少期に一緒にお風呂に入ったり戯れてキスしたりしていましたからね」

「おいキャンベル……そんなことわざわざ言わなくても……」


 こればかりはブルライン様の言う通りだ。


「だって幼馴染ってなると色々疑われちゃうでしょ? それに二人はまだなんでしょ?」


 勝ち誇ったような態度をしているキャンベル。

 どうしようもないくらいダメな人だというのがよくわかった。

 普通そんなことが過去にあっても言わないだろうし。


 余程負けず嫌いなのかプライドが高いのかもしくはバ……いや、考えるのはやめておこう。


 今までは婚約者としてブルライン様を愛していくつもりだったが、皮肉にもキャンベルの言葉でようやく理解した。


 ブルライン様のことは完全に冷めてしまっていた。

 あんな現場を見てしまっては仕方がないことかもしれない。


 目の前にいる二人を見ながら、この先どうするかだけを頭の中で考えていた。


 ♢


 パーティーも終え、すぐ馬車に乗って帰宅した。

 今回の件はお父様達に報告、そして婚約は破棄するべきだと考えていた。


 私一人苦しむならまだ良い。でも、もしブルラインとの子供ができて、その子供のことを果たして愛してくれるのか疑問だ。私みたいに酷い扱いをされる可能性もあるだろうから。


「お帰りなさいませお嬢様、お疲れのところ恐縮ですが、お嬢様に客人がいらしてます」


 こんな遅くに誰だろう。迎え入れるくらいだから変な人ではないはずだろうけど。

 すぐに応接室へ向かった。

 そこで待っていたのは……。


「アエル、思ったより帰りが早かったな」

「バレンさん!?」


 パーティーの時の格好のままだ。おそらくそのまま家に来たのだろう。

 近々来るとは言っていたが、まさかその日に来るとは驚いた。


「さっきの話の続きなんだが……」

「待ってください。私なりに覚悟を決めました。お父様やお母様にも報告しようかと思います」

「そうか、ならば俺もその場にいて良いか? アエルの力になりたいんだ」

「はい」


 すぐに客間の外で待機している使用人にお願いして、お父様とお母様をここへ連れてきてもらった。



「実は……」

 私はパーティーで起こったこと、そして今回の婚約は破棄したいことをハッキリと話した。

 途中からお父様の顔がどんどん強張っていき、お母様は泣いてしまった。


「まぁ……なんということでしょうか……アエル、よく現場に飛び込まずに耐えましたね」

「あの真面目なデースペル伯爵の息子がそのようなことをしていたとはな……婚約は破棄するのがアエルにとって一番だろう」


「お父様……申し訳ございません」

「他の貴族には言えないが、私達はアエルの幸せが一番なのだ。それに安易にお前を嫁がせようとした私にも責任がある。ムーラインがあれ程完璧な男だったから大丈夫かと思っていたのだが……」


 父上の優しい言葉で、重くのしかかっていた気持ちが随分と楽になった。


「待ってあなた、私はこのままじゃ許せませんわ。大事なアエルをよくもこんなひどい目に……」

「無論、婚約破棄の原因を作った二人から慰謝料は請求するつもりだが」

「足りませんわよ。お金で傷ついた心が回復できるとでも?」

「しかし……現状それしか方法が……まさか公爵たる者が報復するわけにもいかんだろうし」


 お母様は私が思っていたことを代弁してくれているようだった。

 慰謝料をもらったところで私のこのモヤモヤ感はどうしたら良いのだろうと思っていた。


「俺がなんとかしましょう」

 今まで部屋の隅で腕を組みながら黙っていたバレンさんが口を開いた。


「バレン君、まさか諜報部隊を使うというのか?」

「まさか……これは俺個人の気持ちですからね。まぁ少しは諜報部隊にも協力を求めることになりますが……アエルを傷つけた罪は重いですからね。死んだほうがマシと思えるくらい徹底的にやっちゃいましょう」


 ちょっと待ってほしい。報復と言っても私としては二人が今後会わないようにしてほしいとかその程度の考えだ。バレンさんの言い方では、恐ろしいことを考えているとしか思えない。


「そこまでしても意味がないのでは……?」


「証拠を手に入れるのは容易いからな。婚約破棄は簡単だ。おそらく今の段階でも民間人に格下げになるだろう。だが、その後、おそらくブルラインと浮気相手がくっつく可能性があるだろう? それを見てアエルはどう思う?」

「……」


「それにブルラインの浮気相手、ある疑惑があったので、元々諜報部隊で目をつけていた。だから俺、いや、我々諜報部隊はあくまで『浮気相手の女の調査のついでにブルラインの浮気を調査した』というだけだ。その上で徹底的にやってやろうというだけだが」

「は……はぁ……」


 バレンさんの目が真剣だった。

 諜報部隊の捜査と言われてしまえば何も言うこともないし、私だって酷いことをされて悔しい気持ちはある。


「決まりだ。では明日から行動に移りますので」


「バレン君、娘を想ってくれる気持ちはよくわかった。無論、今の会話は聞かなかったことにしておこう。夜も更けたし今日は泊まっていくか? 呑むか?」

「それはまたいずれ」

「長い付き合いになりそうだな」

「だと良いんですがね」


 いつの間にか私のことは置いてけぼりにされる。お父様とバレンさんが普段の友達同士としての会話が始まるのだった。

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