第2話 パーティー

 一年経った今、ようやく正式な婚約が発表された。

 今日は主に貴族が集う王宮でのパーティー。


 ブルライン様が多忙のようで、最近は月に一度のペースでしか会っていなかったけれど、今日は久しぶりに会うこともできるから楽しみだった。


「アエル様、ご婚約おめでとうございます」

「アエル様の婚約者様はさぞかし幸せでしょうね」

「アエル様もお幸せに」


 パーティーでは貴族の者たちが次々に祝福の挨拶をしてくれた。


 その度に乾杯のドリンクを飲んでいたので、ちょっとお花を摘みに行きたくなってしまった。

 こっそりとパーティー会場を出ると、人気のない場所でブルライン様が誰かと一緒にいた。


 声をかけようと思ったが、即座に声も足も止まり、私は見つからないように隠れる。


「あぁん、ブルライン~……いけませんわよ、こんなところでは……」

「良いじゃないかキャンベル、いつもしているんだし」


 え、え!? いつもってどういうことなの?

 忙しいと言っていたのは嘘?

 そんなことよりブルライン様にベタついている女は誰!?


 嫌な予感しかしない。

 足がガクガクと震えながらも、私はことの成り行きを見るしかできなかった。


「私がいるのに酷いですわよ……あんな公爵令嬢なんかと婚約するなんて。こんなパーティー、私への屈辱でしかありませんわ。罪滅ぼしに私の身体だけでも満足させてくれなきゃイヤですよ!」

「あぁ、わかっている。私だってアレと婚約するのは気が乗らなかったが、父上の判断じゃ仕方がないだろう」


『アレ』って私のこと?

 陰では私のことを名前でも呼んでくれないなんて……。


 私は隠れながらその場でしゃがみ込み涙を流してしまう。


 だが、それだけでは済まないような状況が続いていく。


「あぁんっ、ブルライン~! 大胆すぎますわよ」


「問題ない。パーティー中だし、こんな場所誰もこない。何より私は幼馴染のお前のことを昔から一番好きなんだ。アレと結婚させられようが見つからなければいいのだ」

「あぁん、ブルライン、結婚しても愛してるわよ~。これからもあんなゴミ令嬢なんかとやっちゃダメですよ~」

「あぁ、それは誓おう」


 紳士だと思ってブルライン様を好きになっていった自分がバカみたい。

 私はまともに考えることもできない程頭の中がパニックになっているが、この後の展開は容易に想像がつく。

 なんとか頑張って立ち上がり、一旦お花を摘む場所まで移動して、その場でしばらく茫然としていた。



 パーティー会場に戻り、どうしたら良いものかと今もなお悩んでいた。

 祝福してくれる声が、今となっては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 私自身、婚約が全く嬉しくなくなってしまったのだから。


 色々な人に祝福される中、お父様と仲良くしているバレン=ウォードさんだけは私の様子がいつもと違うことに気づいた様だ。


「アエル、どうした? 顔色が悪いぞ。しかも泣いていたな?」

「いえ、ちょっとその……」


 言い訳をして平気ですと言いたかったが、諜報部隊の最高指揮官であるバレンさんには、誤魔化しがまず不可能だろう。


 今まで天才的な推理力と判断力、そして忍びも完璧で、様々な事件を解決してきた人だ。

 評価は高いのだが、立場としては貴族ではない。それでも国王陛下の推奨で、今回のパーティーにも特別参加しているくらいだ。


 バレンさんが私の顔から足元までを見てきた。


「そうか、イヤなことがあってその場でしゃがみ込み泣いていたというわけか」

「そこまでわかるのですか?」


 相変わらず凄い洞察力だ。落ち込んでいる私でも感心してしまうほどだ。思考がこっちに向いたおかげで、ほんの少しだけ気分が晴れた気がする。


「今少し元気になったな? なら良かった。いや、良くはないな。パーティーでイヤなことなど余程のことだろう」

「……」

「言いたくないのなら別に言わなくても良い。ただ、俺が力になれそうなことなら話してほしい。それだけだ」


 このまま私が一人で考えていてもどうしようもない。

 お父様にもこの件は相談できそうもない。


 私は、口外しないことを条件に、先程見たことと聞いたことを他の人には聞こえない程度の声で話した。


「そうか、やはりそうだったか」

 驚くこともなく、ただ当然のように頷くだけだった。


「知っていたのですか?」

「俺は諜報部隊だからな。あの男には元々そういう噂があったから目はつけていたんだ。だが確証は無かったからアエルに伝えることもできなかったのだ。悪かったな……」

「そうだったんですね……」

「全く……でもアエルが正式に結婚する前で良かったと思う」

「バレンさん……」


 バレンさんの振る舞いで少しだけ落ち着けた。

 それでもため息はまだ続いてしまっていた。


「どうしたものか。本来ならば証拠さえ掴めれば多額の慰謝料を請求できるが、それだけでは気が治らないだろう? 特に俺が……だな!」

「え? どういうことです?」

「あ、いや、なんでもない。だがこれは貴族達にとっては前代未聞の大事件だ。いずれ俺が関わることになるんだろうな。おっと、一旦失礼する。近々アエルの家にお邪魔するからその時に」

「あ、ちょっと……」


 その場から一目散に姿を消していった。

 そして、今度はことの発端の二人が姿を現した。


「アエル、紹介したい人がいる」

「ブ……ブルライン様」

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