第25話 ロスリーの求婚

「ちょっと、アディリア! 貴方、凄いわ!」

 大興奮のエルシーナに腕を引かれ、教室の外に連れ出された。

 廊下の奥のロビーには人だかりができていたが、アディリアが来るとスッと人が割れて道ができていく。「何事か?」とは思ったが、エルシーナに腕を引っ張られるまま張り紙の前まで進んでいく。


「ほら! 見て! この間の一学期の総合テストの結果よ! 一位はアディリア、貴方よ!」

 エルシーナの指差す先には、確かに一番上にアディリアの名前がある。アーロンを抑えて第一位だ。驚きで開いた口が塞がらず、手で隠した。


 担任の教師もやってきて、アディリアを見て泣いている……。男泣きだ……。

「よく、よく、よく、あの底辺から、よくここまで頑張りましたね! 貴方の努力には脱帽です!」


 周りにいる女生徒達は驚愕の表情を浮かべてひそひそと「まぐれよ」「買収よ」と言っているが、アディリアと目が合うとサッと視線を逸らしてうつむいてしまう。悔しさのあまり、床を踏み鳴らしている者だって少なくない。


 カンニングだ何だ騒いでいる生徒の前に、エルシーナが仁王立ちした。

「アディリアの成績が一番なのに、誰の解答をカンニングをするのよ?」


 二位とは点数が三十点ほど差があるのだから、カンニングで首位に立つのは無理がある。

 騒ぎ立てた生徒達も分かっているのだろう。エルシーナと目を合わさずにうつむくと、そそくさと逃げて行った。


 どの令嬢だって、もうアディリアを馬鹿にすることはできない。ルカーシュの婚約者に相応しいと認めざる得ない状況だ。

 ずっと苦しめられ続けた令嬢達の侮蔑の視線に打ち勝った瞬間なのにも関わらず、アディリアは喜びを感じられない……。


(ルカ様の完璧なお飾りの妻になるために努力したのだけど、その必要はないのかもしれない……。私の努力はルカ様にとって重荷になるだけなのだから……)




 令嬢達からの蔑む視線は撥ね退けたのだが、今度は別の視線が飛び交うようになってしまった……。

 今までアディリアを遠巻きに見下していた令息達が、手のひらを返したように擦り寄って来るからだ。

「いやぁ、アディリア嬢、凄いですね!」

「さすが優秀なフォワダム家のご令嬢だ」

「能ある鷹は爪を隠していたのですね!」


 どんなお世辞もご機嫌取りも、アディリアの耳には入らない。


(私は一体何がしたかったのだろう? ルカ様の役に立とうと勉強を始めたけど、私が側にいることでルカ様を苦しめるなら、私のしていることは何の意味があるの?)







 答えは出ているのに、怖くて答えを口にできない。

 もう、何も考えたくない! そう思って家に帰ったアディリアを待っていたのは、渋い顔をした父と兄だった……。


 二人から何の説明もないまま、アディリアは父の執務室に連れて来られた。父親とエリオットと対面して座らされ、非常に居心地が悪い。

 二人は難しい顔をして話を躊躇っていて、部屋に沈黙の重苦しい空気が溜まっていく。

 間違っても学年一位の成績を喜んでくれる訳ではなさそうだ。




 よく考えれば、いつもなら二人は仕事をしている時間だ。わざわざ仕事を休んでまで、アディリアと話をするために家に帰ってきたということだ。

 しかも、よく見ると、二人の顔色はすこぶる悪いではないか!

 アディリアに関わる、大きな何かがあったのだ。

 間違いなく、悪いことで……。


 二人の緊張した表情につられて、アディリアまで緊張でそわそわしてしまう。

 それでなくても、書類でごった返したエリオットの執務室に慣れてしまったアディリアには、きちんと整えられた父親の執務室は居心地が悪い。

 マホガニー調の家具と、黒い革のソファ、モスグリーンの絨毯。落ち着いた雰囲気が、かえってアディリアの心をザワザワと逆立てる。


 何か言おうとしては口ごもる二人に向かって、しびれを切らしたアディリアのほうから確認してしまう。

「何かあったのですか?」


 ため息をついた父親がアディリアの前に、大きな封書を置いた。

「何ですか? この封蝋はサフォーク国の、王家のものですか? 私に渡して構わないものなのですよね?」

 確認しながらアディリアが封書を手に取ると、父親は苦り切った顔で言う。


「サフォーク国の第二王子の封蝋だ」

「ロスリー殿下から?」

「リアへの婚約の申し込みだ……」


 アディリアは信じられない言葉を発する父親を呆然と眺めた後に、嘘であることを確認するために封書の書類を確認した。




「嘘でしょ……」

 書類は間違いなくロスリーからフォワダム家に宛てたアディリアとの婚約を求めるものだった。

 書類の全てに目を通したアディリアは、現実なのだと、嘘ではないのだと理解せざるを得ない。


「私、婚約しています」

「それは分かっている。だが、相手はそれを知った上で、アディリアとの婚約を望んでいる。相手はサフォーク国の王家だ。こちらとしては無下に断ることはできない」

 父親の言葉にアディリアは目を見張る。


(断れないの? 婚約者のいる相手に婚約を申し込むなんて、前代未聞だ。断れるに決まっている。いや、でも、アーロンとルカ様の尻拭いをロスリー殿下がしてくれた形になる。私が重荷のロレドスタ家としたら、文句の言いようがない。フォワダム家だけで他国の王家相手に強くは出られない。これは、まずい……)


 状況を把握して血の気が引くアディリアに、エリオットが「何か、思い当たることがあるんじゃないか?」と優しく尋ねる。

 ここまでの事態になってしまえば、サイラス家での出来事を黙っている訳にはいかない。





◆◆◆◆◆◆


本日二話目の投稿です。

読んでいただき、ありがとうございました。

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