第23話 ロスリーの告白

 アディリアが「そんなに何でも譲っていたら、欲しいものは一つも手に入らない」と言ったのには、理由がある。


 もちろん、ロスリーのことを思って言った訳ではなく、自分自身に言ったのだ。

 自分が欲しい物を弟達が取り合っているのに、何もせずに見守るしかできないロスリーの姿が、自分と重なったに過ぎない。


 当時のアディリアは両親から甘やかされていなかったし、ルカーシュの婚約者でもない。兄と姉と平等に扱われており、優秀で両親から褒められる兄と姉に比べて何もできない自分に劣等感を抱く子供だった。


 その頃にはとっくにルカーシュのことが大好きだったが、誰がどう見てもルカーシュの婚約者は優秀なフェリーナだと周囲もアディリアも思っていた。

 アディリアにとっては、両親の関心も、ルカーシュも手にできない、不甲斐無い自分にイライラする毎日だったのだ。


 そんな苦しい時期だったからこそ、自分と同じ諦めた目をしたロスリーに、偉そうなことを言ってしまった。完全に自分への苛立ちをぶつけてしまったに過ぎない。それも、王子に……。

 言ってしまった後で、自分みたいな者が何を言っているのだ? という恥ずかしさから記憶から消し去った。いくら十歳の子供と言えど、第二王子相手に限度を超えている。間違いなく黒歴史だ……。




(思い出した過去が酷すぎる……)


 アディリアは血の気が引きすぎて、指先が痺れている。冷汗だけが背中を伝い、あまりの冷たさにビクリと震えた。


「……その頃の私は心が荒んでいて……、偉そうなことを言って申し訳ありませんでした。できれば、忘れて頂きたいです」

 アディリアの謝罪に、ロスリーは「信じられない」と言わんばかりに目を丸くする。


「どうして? 俺はアディリアの言葉のおかげで目が覚めたんだ。絶対に忘れたりできない大切な言葉だ」

「いや、馬鹿な子供の戯言ですから、殿下のような立派な方に大切にしていただく必要はないかと……」


(お願いします! 何としても忘れて欲しい! もしうっかり誰かの耳にでも入ったら、恥ずかしくて外を歩けない……)


 苦悶の表情のアディリアに対し、ロスリーはスッキリ晴れやかな顔をしている。


「俺には四つ年上の兄がいるんだが、俺達三人と兄では母親が違う。兄の母の家は色々と問題の多い家で、それもあって俺を王太子にしようとする動きが当時はあったんだ。俺は兄が好きだし尊敬しているから、兄を蹴落として自分が王太子になろうなんて野心はない。だが、権力に群がる連中からすれば、俺の気持ちなど関係がなかった」


 他国と戦争もしていないし、平和な日々が続いている。だからこそ、国内の権力争いは激しさを増していく。少しでも権力を得ようとする貴族連中に、母親の違う兄弟は格好の獲物だっただろう。


「そんな連中に『俺は王太子なんて望んでいない』と野心がないことをアピールするために、俺は何事にも無関心を装うことにした。そんなことを続ける内に、いつの間にか俺は何でも諦める癖がついていた……」

 サフォーク王家の四兄弟にそんな衝撃の事実があるとは、もちろんアディリアは知らなかった。


(そんな苦労人に、あんな暴言を吐いたなんて……。消え去りたい……)


「そんなバツが悪い顔するな。アディリアの言葉のおかげで、俺は何でも諦めるようになっていた自分に気が付けたんだ。それからは、本当に欲しいものだけには、絶対に手を伸ばすと決めた」

 そんな力強い言葉に反して、ロスリーは泣き出しそうな情けない表情だ。

「そう決意したのに、本当に欲しい人は、俺ではない別の人と婚約してしまった」


(例の想い人のことね……。ルカ様と婚約している私は一緒にいられるのだから、殿下と比べたらまだましなのだろうか?)


「だけど、そのアディリアをルカーシュが苦しめるのなら、俺はもう諦めたりしない」

「……………………」


 アディリアはロスリーの言葉を反芻し、何度も検証する。


(ん? 何て? 「そのアディリアをルカーシュが苦しめるのなら、俺はもう諦めたりしないよ?」って、言った? えっ? 誰が、誰を、諦めない? この流れは、自惚れではなく、ロスリー殿下の想い人は、私ってこと、よね? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!)




 自分が置かれた状況に全く頭が追い付かず、頭が考えることを拒否して呆然とするしかできないアディリアの下に、アーロンとエルシーナがやってきた。

 本来であればキャッキャする二人の間に割って入らなくてはいけないのに、ロスリーの気持ちに動揺したアディリアはそれどころではない。

 アディリアの気持ちを汲んでくれたロスリーが、間に入ってくれたのが救いだ。


 その後も四人で話をしたような気もするが、何を話したかはさっぱり憶えていない。

 ただ、ロスリーがずっとアディリアの隣に寄り添うように立っていたのは間違いない。それをアーロンが満足気に見ていたことも……。

 帰り際にニッコリと微笑んでくれたロスリーに、アディリアはぎこちない笑顔しか返せなかったことも……。




◆◆◆◆◆◆


本日二話目の投稿です。

読んでいただき、ありがとうございました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る