第21話 第二王子に相談する
薔薇園を見たロスリーが、感嘆の声を漏らす。
「素晴らしい薔薇園だ、サフォークの王城でもここまでの規模はない……」
「グレシアの国王陛下がお忍びで散策に来るそうですよ。先程エルシーナ様が仰っていました」
「陛下の気持ちが分かるな。書類仕事ばかりしていると、毎日見る色は黒と白しかないんだ。息抜きに鮮やかな色を見たくなる」
薔薇効果なのかさっきまでと打って変わって、口調もくだけたロスリーが笑顔を見せる。ロスリーの飾らない態度に、アディリアもホッとして緊張が緩む。
「一見華やかに見える王城も大変なんですね」
「少なくとも、私の周りには華やかさはないな。むさ苦しい男達と顔を突き合わせて、書類の山と紙とインクと格闘しているよ」
「なら尚更、疲れて帰ったら、鮮やかな美人に迎えて欲しいですね!」
アディリアの攻めの言葉に一瞬目を丸くしたロスリーだが、すぐに照れたように微笑んで「そんな奇跡が起きたら、何としてでも早く帰ろうとするだろうな」とアディリアを見つめる。
「エルシーナ様はお美しい方です! はっきりものを言いますが、その分自分にも厳しい方ですので非常に優秀です! わたくしと違って完璧な淑女ですが、実はとても素直で可愛らしいのです!」
アディリアはここぞとばかりにエルシーナをアピールしたが、ロスリーは「えっ?」という口のまま固まってしまった。
しかし、アディリアにはロスリーの態度を気にしている余裕はない。エルシーナの婚約者をロスリーに変えることしか考えていないのだから。
「今日はアーロン殿下とエルシーナ様の顔合せだということは、わたくしも分かっております。ですが、ロスリー殿下もご存じの通り、アーロン殿下はエルシーナ様を不幸にします! エルシーナ様にわたくしと同じ辛さを背負わせたくないのです! それに、ロスリー殿下とは初対面ですが、とても誠実な方だとお見受けいたしました。ロスリー殿下はお相手の女性(重要)を大切にして下さる方だと思うのです。国同士の繋がりを強化する婚姻ならば、相手がアーロン殿下である必要はないですよね? わたくしがこんなことを申し上げるのは、不敬だとは承知しております。ですが、ロスリー殿下はアーロン殿下が愛するお相手をご存じですから、わたくしの話に耳を傾けて頂けると思いました。どうか検討していただけないでしょうか? お願い申し上げます」
アディリアおでこが膝につくほど頭を下げた。エルシーナの未来がかかっているのだから、それはもう必死だ。自分と同じ思いはさせたくない!
暫く頭を下げていると、ロスリーの手がアディリアの肩にそっと触れ身体を起こされる。アディリアが見上げた先にいるロスリーは、困惑しているが怒ってはいないように見える。
「……情報量が多すぎて、整理させて欲しい。向こうのガゼボで座って話そう。ちょっと、落ち着きたい」
ロスリーの視線の先にある、白いパーゴラに緑の蔦が絡むガゼボに二人は向かった。
ガゼボに着き、隣同士でベンチに座ったロスリーに「一つずつ確認したいんだけど、いいかな?」と聞かれたアディアはこくりと力強くうなずいた。
「アーロンはエルシーナ嬢を不幸にするって、どういうこと?」
(今更何を寝ぼけたこと言っているのだろうか! 王族としては機密情報だろうけど、私はガッツリ当事者なんだから、この期に及んで取り繕われても困る)
アディリアは愛くるしい顔を渋面で満たして、ロスリーに訴える。
「ご存じの通りです。アーロン殿下には愛する方がいらっしゃいます。結婚してもその方と別れる気はなく、その方が最愛なのだと、アーロン殿下ご本人からお聞きしています」
ロスリーは目を見開いて「嘘だろ?」と、声とも息とも言えない音を出す。
「別れると聞いていたし、人の道に反している。王族としての務めを軽く考えすぎだ……」
ロスリーは二人が別れたと信じ、王族として貴族として役目をまっとうすると思っていたのだろう。ロスリーのこの反応に、アディリアはホッとした。「この人なら、きっと分かってくれる」と思い、俄然やる気も増す。
家族達は二人の仲を黙認して、アディリアで体裁を整えようとしている。
アディリアも婚約は自分で望んだことだし、ルカーシュの隣にいられるならそれで構わないと思っていた。二人のあんな姿を目の当たりにして、自分が入り込む余地がないと思い知ったから……。
でも、二人を非難したい気持ちは、ずっとアディリアの心の中に燻ぶっていた。
ロスリーはアディリアのその気持ちに、触れてくれた。
「アーロン殿下にも、もちろんお相手にも、別れる気はありません。アーロン殿下は、お相手を一番大事に考えておりますので、利害関係だけのお飾りの妻を望まれています」
「……信じられない……。あいつは要領の良い奴だったはずなのに……。あっ、アディリアの話を疑っている訳ではない。ただ、驚いてしまって……」
「ロスリー殿下のお気持ちは分かります。わたくしも二人の関係を目の当たりにしなければ、受け入れられなかったと思います」
アディリアの言葉にロスリーは息をのみ、手で口元を覆った。浮気自体が有り得ないが、婚約者に浮気現場を見られるなどあってはならないことだ。
「……見たのか?」
「はい、この目で、裸で抱き合う二人を見ました……」
「だから、グレシア国に留学したがったのか……。留学を許すのではなかった。ルカーシュには何度も頼んだのに! 私の落ち度だ……」
悔しそうに下唇を噛むロスリーの顔は青白い。
「この件は、しっかりアーロンと話し合う。少し時間をくれるか?」
ロスリーは王族だ、無理矢理にでもアーロンとエルシーナを結婚させようとするだろう。別れる別れないで揉めてグズグズしていたら、手遅れになってしまう。
「ありがとうございます。ですが、わたくしは愛し合う二人を引き裂きたい訳ではありません。エルシーナ様が傷つく前に助けたいだけなのです」
「二人が別れれば、アーロンとエルシーナ嬢が結婚しても問題ないのでは?」
(私だって二人と話し合った。でも二人に別れる気は、一切ないんだよ……)
「ご存知の通りアーロン殿下達の愛は、わたくしの常識を超えています。でも、それさえも乗り越えて結ばれた二人だからこそ、離れることは難しいかと……。エルシーナ様は愛情深い方ですので、アーロン殿下が望む利害関係だけの妻には当てはまりません。私はエルシーナ様には幸せになって欲しいのです。どうか、二人の縁談は白紙に……」
人差し指と中指で眉間を押さえたロスリーは、動揺を吐き出すように深くため息をついた。
「……分かった。だが、やはり、アーロンとも話し合わなくてはいけないし、少し時間が欲しい。エルシーナ嬢の悪いようにはしないと、約束する」
「わたくしは、ロスリー殿下を信じます。よろしくお願いします」
ロスリーとは出会って間もないが、真面目で誠実な人物だと確信できる。アーロンとルカーシュの関係という信じられない話も受け止めて、正しく対応してくれている。信頼できる人だ。
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本日二話目の投稿です。
読んでいただき、ありがとうございました。
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