第19話 サイラス家のお茶会
ルカーシュの婚約者が自分でいいのか答えが出ないまま、慌ただしく時間だけが過ぎていく。
そんな中で初めて訪れたサイラス公爵家は、お屋敷というよりお城だ。
決して狭くないフォワダム家より広く高く大きくそびえ立っていて、見上げ過ぎて、見回し過ぎて、首が痛くなるほどだ。
その上、格式高いお屋敷は歴史と威厳を主張していて、入る者を選ぶ命でも宿っていでもおかしくない。
こんなにも未熟な自分では屋敷に拒まれそうだと不安だったアディリアは、お茶会の場所が庭園であることに感謝した。
だからこそ、そんな威厳のある屋敷の主である、公爵夫妻が自らアディリアを出迎えてくれたのは驚いた。
「初めまして、ドナルド・サイラスです。この度は無理を言って我が家に出向いてもらい、感謝します。また、娘の非礼を許していただいただけでなく、アーロン殿下を取り成していただいて、本当に感謝の言葉しかありません」
公爵家の当主が格下の小娘相手にする挨拶ではない。
サイラス公爵の手厚すぎる態度に尻込みしてしまったアディリアは、マナーを叩きこんでくれたフェリーナに心の底から感謝した。
「こちらこそ本日は、お招きいただきありがとうございます。フォワダム家次女のアディリアでございます。取り成したなど、そのような大層なことはしておりません。わたくしは友人として、エルシーナ様の人となりを殿下にお伝えしただけです。本日が実りある日であることを願っております」
アディリアは淑女として、心にもないことを笑顔で言い切った。
何をしているのか? アディリアはサイラス家のお茶会に来ていた。
お茶会といえど、集まるのは四人。規模で言えば小規模だが、全く小規模ではない人達が招かれている。
サフォーク国の第二王子と第四王子だ。
お見合いと言ってしまうと角が立つため、お茶会に姿を変えている。
公式なお見合いではないから王城ではなく公爵家で行われているが、サイラス家の気合の入れようは王城の園遊会以上だろう。
そんな場にアディリアがいるのは、エルシーナとアーロンに脅し? いやいや、懇願されたからだ。
「アディリア様、お願いがあります。我が家で執り行う、お茶会に来ていただきたいのです。これは招待状です。今、ここで出席のお返事をいただきたいのです。招待客は、アディリア様と第四王子殿下と第二王子殿下です……。驚きますよね? わたくしも驚きました。ですが、わたくしをサフォーク国に嫁がせたい父が、色々画策したようです。しかしご存じの通り、わたくしはアディリア様へ暴言を吐く姿を第四王子殿下に見られております。一人では、とても、前に立つ勇気がないのです。お願いです、アディリア様。ここで失敗したら、わたくしは父によって修道院へ入れられてしまいます! 頼れるのは、アディリア様だけなのです!」
公爵令嬢としてのプライドを捨てて泣いて縋り付いてくるエルシーナに、アディリアはあっけなく負けた。
「サイラス家のお茶会に、絶対に来いよ! もう誘われてるのか? ははは、リアを友人だとアピールして、あの暴言を無かったことにするつもりか。本当にやるとは、エルシーナ嬢は根性が悪い上に、強かだな。笑える。そういう女は嫌いじゃないから、リアが来なかったら婚約しちゃうかもしれないなぁ」
エルシーナの未来を思えば何としても第二王子とくっつける必要があるアディリアは、ここでもやっぱりアーロンの言う通りにするしかなかった。
二人の顔合わせには元々行くつもりだったのに、二人に脅されると気持ち的には微妙だ。だが、エルシーナの幸せのために、アディリアは一肌脱ぐと決めている。
サイラス家の庭は本当に美しく、噴水どころか小川が流れ、薔薇園もフォワダム家の倍以上ある。何でも陛下がお忍びで見に来ることもあるくらい、ちょっと有名な薔薇園なのだとエルシーナは胸を張った。
色とりどりの薔薇に囲まれるように置かれたテーブルの前に座るエルシーナは、緊張で顔が青白い。
晴れ渡った青空と、緑豊かな庭園に彩り鮮やかな薔薇を始めとした花が咲き乱れる中では、この青白さは不健康そのもので目立つ。
「エルシーナ様、緊張するなとは言いませんが、顔色が悪すぎますよ? ちょっと、私のことでも怒ってみます? 顔に赤みが戻るかも」
「それは、今一番やったらいけないことでしょ! 致命傷になる……」
「あっ、ちょっと顔色よくなった」
アディリアが緊張をほぐそうとしているのに気付いたエルシーナは、ため息をついてテーブルに突っ伏した。ハーフアップにした美しいブロンドがさらりと背中に広がる。
「これだけ綺麗な薔薇が咲き乱れているのですから、その素敵な青いドレスに合わせて薔薇の花でも髪に飾りませんか?」
「それは考えたんだけど、青い薔薇は存在しないから、却下したの」
「あ、お……」
アーロンの目の色は青だ。青い薔薇以外は髪に飾りたくないということか……。
エルシーナは青いドレスを始めとした全て、アーロンのために今日の自分を仕上げてきたのだ。
二人の婚約阻止を目論むアディリアは、申し訳なくてため息しか出ない。
でも何としても諦めてもらわないと! それがエルシーナの幸せに繋がる。
アディリアは気合を入れるため、テーブルの下で強く拳を握った。
「ここだけの話、第二王子のロスリー殿下は大変優秀だそうですよ。フラフラしていて恋の噂も多い(知らないけど)アーロン様より、サフォーク国で重要な立場にいるロスリー殿下の方がエルシーナ様には相応しいと思います!」
「確かにロスリー殿下はアーロン殿下ほどの華やかさはないけど、落ち着いた魅力のある方よね。優秀な政治家だとも聞いているわ。ですが、あの方にはずっと想いを寄せた方がいらっしゃるというのは有名な話よ? だから、未だに婚約者が決まらないと聞いているわ」
「!」
(あんの野郎……。アーロン、ふざけんな! 私を馬鹿にするのも大概にして欲しい! 私は、「自分以外に好きな人がいる人が好き」的な性癖は持ち合わせていない! たまたま、ルカ様がそうだっただけだ。何を好んで、好きな人がいる第二王子を紹介されないといけないんだよ! 好きな人と気持ちが通じ合わない者同士だから、上手くいくとか思ってんのか? 悲しい共通点があったって、所詮は傷のなめ合い。上手くいくはずがない!)
「あっ、アディリア様、お二人が到着されましたよ!」
声が裏返ったエルシーナが立ち上がったので、アディリアも隣に並んで二人を出迎えるために立ち上がった。
アーロンへの怒りがおさまらないままで……。
◆◆◆◆◆◆
本日二話目の投稿です。
読んでいただき、ありがとうございました。
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