第16話 その婚約話、阻止します!
アディリアを乗せた馬車は、フォワダム家を通り過ぎてロレドスタ家に入っていった。勝手知ったるロレドスタ家の家令にアーロンを呼び出すよう頼むと、アディリアは一人でテラスに向かった。
ロレドスタ家のテラスからは、薔薇園が一望できる。
オレンジ色の蔓薔薇のアーチから始まって、多種多様の薔薇が色とりどりの花を咲かせている。深紅、ピンク、黄色、紫色、白、と様々だが、深紅と一括りにしても種類によって色が異なる。その色の洪水は圧巻で、でいくら見ていても飽きない。
それなのに、今は見ているのが辛い……。
ロレドスタ家の薔薇は、オレンジ系が半分を占めるのだ。
アディリアの髪の色だからオレンジが一番好きだと言ったルカーシュが取り寄せたり、庭師と一緒になって品種改良したものまである。
思い入れがあるだけに、思っていた以上に見るのが辛い。
去年にルカーシュと一緒に薔薇園を回ったのが、遠い昔のようだ。また一緒に回ったとしても、去年のように無邪気に笑えないなと考えてしまう自分が悲しい。
「リアが俺に会いに来るのは、ルカの寝室で会ったあの日以来だな」
「……あの日は、アーロンじゃなくてルカ様に会いに来たのだけどね……」
アーロンに対して正妻(アディリア)と 愛人(アーロン)という人間関係を当てはめているアディリアは、王子相手にも全く遠慮がなくなっている。アーロンもそんな気の置けない関係を気に入っており、咎める気は一切ない。
茜色の夕日を浴びて輝く金色の髪が揺れて、アーロンは惚れ惚れするほど男らしく美しい。これがルカーシュの愛する人なのだ……。
「どうして泣きそうな顔をしてるんだよ?」
「うん、正直、アーロンは眩しすぎるよね……。どうやっても私では、アーロンにはなれないと思い知らされた」
「……?」
アーロンに目配せをして人払いしてもらい、敗北感でいっぱいのアディリアは本題に入る。
「エルシーナ様がアーロンの婚約者候補だって聞いた」
「あぁ、そんな話もあっ……」
「断って!」
自分の言葉を遮って、強い口調で言い切ったアディリアにアーロンは驚いていた。
話を遮られたせいで、口は中途半端に開いたままだ。
アディリアは興奮したまま話を続ける。
「今日話してみたら、エルシーナ様は可愛い良い子なのよ。アーロンのお飾りの妻なんかにして地獄を見て欲しくない。今すぐに断って!」
アーロンは指で顔をポリポリかきながら、歯切れの悪い返事をする。
「断れと言われても、これでも俺は王族の一員だぞ? 国と国の結びつきがあるからな……」
「何それ? 私に婚約破棄しろと言っておいて、自分はその態度? ふざけんな! グレシア国とサフォーク国の仲は確固たるものだから、アーロンの結婚でケチが付いたくらいで揺らぐわけがない! そんなことより、エルシーナ様の幸せの方が優先されるべきよ!」
「昨日の様子を見る限り、エルシーナは性根の腐った令嬢に見えたぞ……」
「憧れていたルカ様の婚約者である私が、自分と婚約するかもしれないアーロンと親密そうだと嫉妬しちゃったのよ。アーロンには一生分からないと思うけど、乙女心がちょっと暴走してしまったのよ。可愛いじゃない」
エルシーナにとって大事な二人が恋人同士だと知ったら、ショックも二倍だ。アーロンとの婚約話は何としても白紙にしなくてはとアディリアは焦っていた。
「そうだ! 私の婚約者にって言っていた、第二王子は? 優秀だし、良い人なんでしょ? 第二王子なら国と国の結びつきも守られて問題ないじゃない! 二人が婚約すればいいと思う。ねっ、そうして!」
自分の名案に酔いしれるアディリアに、「それは無理だ」とアーロンが渋い顔で答えた。
「どうしてよ? 私よりエルシーナ様の方が家格も上だし、何より王家に嫁ぐに相応しい知識と教養を備えているわ」
「……グッ。それでも無理なものは無理だ……。そうだ! なら、俺とエルシーナ嬢の顔合わせにリアが同席するのはどうだ?」
「何でそうなるの? アーロンとエルシーナ様に婚約して欲しくないって言っているでしょ? 私はその顔合わせをして欲しくないと言っているの!」
アーロンは悪戯を思いついた子供のように、ニヤリと笑う。
「エルシーナ嬢と俺の顔合わせには、第二王子も同席させる。そこで二人を上手い具合にくっつければ、話も早いだろう?」
「それはそうだけど……。別に私、要らなくない?」
「ちょっと良く考えろよ。エルシーナ嬢はリアに暴言を吐いたところを、俺に見られているんだぞ? そんな状況では、俺の前に顔を出しにくいに決まっている。でも、リアと一緒なら、リアと和解しているアピールにもなるし、一人で俺に会うより気が楽だろう?」
確かにアーロンの言うことも一理ある。アーロンに知られたとエルシーナは随分ショックを受けていたから、一人では会うのは尻込みするだろう。
それに昨日の騒ぎは広く知られてしまって、エルシーナの評判はガタ落ちだ。アディリアとの仲の良さをアピールして噂を払拭しないと、第二王子との縁談にも響く。
第二王子と上手くいってくれるなら、サイラス公爵家の面目も保たれる。その上、エルシーナに明るい未来がやって来るのなら、顔合わせに同席するくらい造作もない。
エルシーナの未来を守った満足感で、早くもアディリアの心は晴れ晴れとしている。右腕を夕日に向かって突き上げたい気分だ。
椅子から立って身を乗り出したアディリアは、満面の笑みで「分かった、よろしくね」とアーロンの両手を強く握りしめた。
背後からルカーシュが見ているなど、気づきもしないで……。
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読んでいただき、ありがとうございました。
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