第15話 これは、救助が必要です!

(昨日の今日だから仕方ないのかもしれない……。でも、帰りたい。どうして連日こんな目に遭わないといけないの?)


 帰り際にエルシーナに捕まったアディリアは、ため息を堪えて中庭のベンチに座っていた。

 隣に座るエルシーナは、悔しそうに唇を突き出している。この様子では、普通に昨日の非礼を謝罪してくれる訳ではなさそうだ。


 しかし、エルシーナは学習能力がないのだろうか……?

ここは中庭、またも注目の的だ。生徒達の好奇の視線に晒されて、アディリアの気力はどんどん奪われていく。


 アディリアの気力が完全につきかけた頃、ようやくエルシーナが口を開いた。

「……父が、フォワダム家もロレドスタ家も、普通じゃ考えられないくらい抗議の内容が甘かったと言っていて……。でも、その割には、両家共に物凄い怒りの表情だったそうで……。あまりにも、態度と言葉が合っていないのは……。誰かが、わたくしを守ったのではないかと……」


 気まずそうに自分の足元に視線を落としたエルシーナは、たどたどしくアディリアを呼びつけた理由を説明する。

 要するに、エルシーナが社交界追放や修道院送りにならなかったのは、アディリアが口添えしたからお礼を言いに来たのだ。そんな雰囲気は一切ないが……。


「エルシーナ様を守った訳ではありません。今までだってエルシーナ様より陰険なことを山ほど言われています。エルシーナ様が罰せられるなら、他の方も同様にしなくてはなりません。でも、人数が多すぎて、わたくしの頭では把握できていないのです」

 エルシーナに気を遣わせないために、アディリアは馬鹿っぽくアハハと淑女らしからぬ笑顔を見せた。


 エルシーナは困り顔で「わたくしは何も見えていなかったのね……」と呟いた。

「アディリア様は、そうやって卒業した方々やわたくしに心を配ってくれていたのね……。それに、今日のテスト結果だって……」


 春休みの課題を確認するテストの結果が、今日貼り出されたのだ。上位十人しか発表されないのだが、そこにはアディリアの名前があった。なんと、八位だったのだ。 


 アディリアも驚いたが、春休みからエリオットの猛特訓を受けているのだ。さすがにここまでとは思わなかったが、成績が上がるのは分かっていた。

 一番驚いたのは教師だ。特別クラスを担当している教師は、アディリアを呼び出しておいて絶句だった。


「エルシーナ様の言う通りだと思ったのです。今までのわたくしではルカ様に相応しくありません。ルカ様の足を引っ張らないよう、努力をすることにしたのです。少し遅いですけどね」

「遅くなんてないわ! 昨日のアディリア様の振る舞いは素晴らしかった。二年生までの貴方とは全く違って、驚いてしまったわ。だから、引っ込みがつかなくなってしまって……」


 うつむいたエルシーナは、ギュッと両手を握り体中に力を込めると、勇気を出して顔を上げた。

「……昨日は、ごめんなさい」

 頭を下げるエルシーナの肩に手を置いたアディリアは、「頭を上げて下さい」と優しくお願いした。

「私もエルシーナ様がこんなにも素直な方だったなんて驚きです」

 アディリアの素直な感想に照れたエルシーナは、「自分に非があるのですから、謝罪をして当然です!」と頬を赤らめて口を尖らせた。


「あの、でも、その、一応、確認したいのだけど……」

 エルシーナが、またしどろもどろになってしまう。


「アディリア様は、アーロン殿下と仲が良いですけど……」

「仲が良いかは分かりませんが……。ルカ様のお屋敷に住んでいますから、お隣さんです……」


 この世で最も仲良くなれない自分達の関係を何と伝えればいいのか分からず、アディリアは言葉を濁した。


 エルシーナはまた全身を強張らせて緊張しているようだが、うつむいたまま何も言わない。とっても何か言いたげなのに……

「……。あの、わたくし、アーロン殿下の王子妃候補に名前があがっておりまして……」

「!……」


(駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ。アーロンは、駄目だ! 王族に嫁いで子の生めないお飾り妻なんて、地獄だ。駄目だよ、エルシーナ様。そこは足を踏み入れてはいけない底なし沼だ!)


「ルカーシュ様に憧れていたのですが、アディリア様がいらっしゃいますし諦めておりました。そのルカーシュ様の婚約者であるアディリア様が、アーロン様とも仲が良いので、わたくし、嫉妬してしまって……」


(えぇ? ルカ様が好きだったけど、アーロンも好きなの? 何それ? 二重苦……。二人の心は、私達がどんなにあがいても手に入らないんだよ。何て辛い道に迷い込んでんの? 絶対に、救わなくては! ……しかし、エルシーナってば、なんて面食いなの!)


「でも、昨日のわたくしのことを知ったら、幻滅されますよね……。ロレドスタ家にいらっしゃるのだから、ご存じかしら……」


(ごめん、ごめんね、エルシーナ様。アーロンに関わらないことが、貴方の幸せなの。今は辛いかもしれないけど、一時だから。今から受ける傷は痕も残らないかすり傷だけど、お飾りの妻は瀕死の重傷だから。許して!)


「言い辛いのですが、殿下は昨日のことを廊下から見ていたようです……」

 エルシーナが両手で顔を覆い息をのんだ。

「辛いことをお伝えして、すみません。でも、こういうことは、正しく知っていた方が良いと思いますので……」

「アディリア様の言う通りです。正直に言って下さって、ありがとうございます。父からも、ロレドスタ家経由で伝わるだろうとは言われていたのです。全部自分で蒔いた種ですから……」


(あぁ、でも、私がアーロンと仲がよさそうだから嫉妬しちゃったなんて、可愛い話だよね。ちゃんと話してみたら、とってもいい子だもの。辛そうなエルシーナ様は可哀相で見るのが辛いけど、アーロンの嫁になったらもっと酷い地獄を見ることになるからね。ここは心を鬼にしないと)


「エルシーナ様は公爵家ですから、やっぱりそれ以上の家に嫁ぎたいのですか?」

「わたくしは、そのようなことは考えていません。貴族の娘ですから、親の決めた相手に嫁ぐことに不満はありません。ただ、サイラス家の家族よりも長い時間を共にするのですから、お互いに信頼し合える関係を作れるといいなとは思います。夢を見過ぎですが……」


(あぁぁぁぁ、駄目だ、アーロンじゃ駄目だ! 絶対に、駄目だ!)


「アディリア様が羨ましいです」

「えっ? 私が?」

「そんなに目を見開いて、声を裏返らせて驚くことですか? 貴族の娘が、相思相愛の相手に嫁げるなんて奇跡ですよ」

「……あぁ、そう、ですよね……?」

「父が申しておりました。昨日、ルカーシュ様は一言も発しなかったけれど、終始射殺されるような視線を向けられたと。『いくらお前が横槍を入れようと、あれは無理だ』ときつく言われました。アディリア様は、本当に愛されているのですね、羨ましい」

「……ありが、とう、ございます……?」


(愛されているのは、アーロンだけどね……)




◆◆◆◆◆◆


本日二話目の投稿です。

読んでいただき、ありがとうございました。

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