第14話 アディリアの告白

   アディリアは学院に入学以来ずっと単独行動だ。友達はいない。作ろうと思う気力さえ湧かなかった。

 一人でいることに苦はないし、人からどう思われようと気にしないでいられる。それでも、お昼の時間だけは別だ。


 大勢から好奇の目を向けられて食べる食事は、拷問に等しいと身をもって知っている。

 だからこそ、ランチの時間だけは、人の視線から逃れて完全に一人になれるよう行動している。




「アーロン様、私はランチの時間ぐらい一人になりたくて、わざわざ裏山まで来ているのですっ!」

 アーロンはアディリアの言葉など耳に届かない様子で、断りもなくドカッと隣に座ってくる。


「ここは静かでいいな。こんないい場所があるなら、案内の時に教えろよ。お前の落ち度だ」

 聞く耳を持たないアーロンを相手にしても仕方がないのは、今まで十分に学習した。

 アディリアは怒りのこもった目をアーロンの護衛であるスタンに向けるが、スタンはスッと目を逸らして怒りまでも受け流した。


 ここは学院の北側にある山だ。山というほど高くはないが、丘というほど低くもない。場所も校舎棟の裏辺りに位置するので、生徒達の間では裏山と呼ばれている。

 北側なのでそれほど陽当たりも良くなく、野草や木材の研究の為にある山なので鬱蒼としている。

 校舎から遠いし薄暗いし、生徒は寄りつかない場所だ。だが、山の頂上に誰が作ったのかベンチがあり、そこは陽当たりが抜群なのだ。


 ランチをとる場所がなくて困っているアディリアに、この場所を教えてくれたのはエリオットだ。

 学生時代に一時期薬草の研究にはまったエリオットが、山を散策している時に見つけたそうだ。

 それ以来、アディリアのランチといえば、決まってこの場所で一人を満喫している。


「令嬢がこんな寂しい場所に来て独りでランチとは、リアは本当に変わっているな」

 アーロンのこの発言は、アディリアにとっては無神経極まりない。

 アディリアはため息をついて、「やむにやまれずよ」と口の中で呟いた。


 昨日のことを腹に据えかねているアーロンは、この話をしたくてわざわざアディリアを捜していたのだ。

「どうしてサイラス公爵令嬢を許した? 俺とスタンは廊下から見ていたが、あの女の発言はリアを貶める酷いものだったぞ。徹底的に叩きのめすのが令嬢の戦いだろう? リアにはその権利があるはずだ」


(よく言うよ。自分が私に言った言葉を思い出せ!)


「アーロン様、貴方も私を散々貶めて、婚約破棄をしろと詰め寄っていますよね? 大体、私に婚約破棄して欲しいのだから、エルシーナ様は貴方の味方よね? 怒ってないで大事にしなさいよ!」

 アディリアの呆れかえった態度を見て、さすがのアーロンも分が悪いと口ごもり、手に持ったサンドウィッチを頬張った。


 ロイズデン王立学院は長い坂を登った小高い丘の上にある。だから裏山は一種の展望台だ。学院が王都の端にあるため、このベンチからは美しい王都の景色が一望できる。

 ここから眺める景色は全てがミニチュアのように見えて、小さなことで悩んでいる自分が馬鹿みたいに思える。

 それに今日みたいな澄み切った青空の日は、遠くまで見渡せて胸がスカッと晴れるのだ。


「エルシーナ様が言ったことは、この国の誰もが思っていることなんだよ」

 アディリアは目を細めて遠くの景色を眺めている。アーロンは食べる手を止めると、黙ってアディリアを見た。


「私がここでランチをしているのは、誹謗中傷を避けるため」

 毎日責め立てられていた当時を思い出すと、恐怖でまだ手が震える。

 酷すぎる中傷の数々、馬鹿にしきった蔑む視線。そのどれもが、まだ生々しくアディリアを傷つける。


「私、怖くて食堂には入れないの。中庭にもカフェテリアにも行けない……」

 お昼の休みは長いし、教師もいない。本来なら別々の教室に別れているはずの生徒達も、群れて気が大きくなる。

 だからこそ昼の時間にここで一人でいるのは、アディリアにとっては身を守るための自衛手段だ。


「入学してすぐの頃に食堂へ行ったら、食堂のど真ん中で大勢の令嬢に取り囲まれて、一方的に責め立てられた。昨日のエルシーナ様なんて可愛いものだよ? 自分の至らない点を並べ立てられ、ルカ様には相応しくないと呪文のように唱えられる……。人は入れ替わるけど、毎日毎日同じことの繰り返し。誰も助けてくれないどころか、周りで見ている観客達は『当然だ』という顔で笑ってた……」

「……ルカーシュはそんなこと、言っていなかったぞ?」

「『自分が馬鹿なせいでいじめられています』なんて誰が言うの? ルカ様にそんなこと言えるわけがない。それに優しくて優秀で美しいルカ様の婚約者が、私みたいな馬鹿でちんちくりんなんだよ? 令嬢達が奪い取れると思うのも当然のことだよ」


 ルカーシュが学院を卒業した後に、入れ違いでアディリアが入学した。

 アディリアが学院に入学した時の上級生は、ルカーシュに見とれながら学院生活を送った人達だ。実物を見て過ごしてきた令嬢達のルカーシュに対する思い入れは強く、その分アディリアに対する嫌がらせは執拗で酷いものだった。

 しかも首謀者達が高位貴族だったこともあり、誰も咎める者がいなかった。下手なことを言って、自分に矛先が向くことを誰もが恐れたからだ。


「学院に着けば嫌がらせの連続で、『馬鹿にルカーシュ様は相応しくない』と繰り返される日々だった」


 ルカーシュに相応しいように勉強やマナーを身に付ければよかったのかもしれない。

 だが、アディリアがどんなに頑張ったところで、たかが知れている。「努力してもこんなものか、全然姉には及ばないな」とルカーシュにガッカリされるのが怖かった。


 それに令嬢達は例えアディリアが優秀でも、言いがかりをつけてきただろう。ルカーシュの婚約者は、楽しいことだけではないのだ。


「『ルカ様は優秀な貴方達ではなく、馬鹿な私が好きなんだ!』と思わないとやっていけなかった。私を罵る優秀な人が手に入らないものを、馬鹿な私が手にしている。ざまぁみろと思って優越感に浸ってた」


 暗く沈むアディリアの横顔を見て、アーロンは泣きそうな顔で「馬鹿だな」と言って奥歯を噛みしめた。


 令嬢達と同じように婚約破棄を突きつけるアーロンが、自分に同情しているのが不思議でアディリアはクスリと笑ってしまう。

「そもそも、ルカ様の一番は私じゃなかったのにね……」


(あの恐ろしく辛い日々に耐えられたのは、ルカ様に愛されていると信じて疑わない馬鹿だったから。とんだ勘違いだったけど、馬鹿万歳だ)


「聞いているだろうけど、昨日ね、ルカ様に、二人のことを知っているって伝えた。そしたら、ルカ様ったら、アーロン様とルカ様のためには、私がいないと困るって言うんだよ。二人のためにお飾りの妻が必要だって。もう笑うしかないよね」


 なぜかアーロンは下唇を噛んで、苦しそうに青い顔をしてうつむいてしまった。

 アディリアはわざと陽気な声を出し「嫌だな、ここはいつものアーロン様らしく傲慢にするところでしょ」と言って、アーロンの背中を叩いた。


「お飾りの妻を覚悟してから、私は勉強もマナーも今までになく必死に取り組んでいる。今の話で分かったと思うけど、私が馬鹿のままだと私を蹴落としてルカ様を狙う者が絶えない。もちろん結婚したって、それは変わらない。愛人になろうとルカ様の側を離れない人や家が後を絶たない。そういう人達は弱味を見つけたら何をしてくるか分からない。それは、大きなスキャンダルを抱える二人にとって危険だと思う。アーロン様は嫌かもしれないけど、やっぱり私が一番お飾りの妻に相応しいと思うんだ。だから、婚約破棄は諦めてね」


 決意を語るアディリアに見えないように、アーロンは小さくため息をついた。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

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