第13話 婚約者との諍い②

「わたくしは抗議を望みません。エルシーナ様の言ったことは、正しいのです。今後はこの様なことがないよう、ロレドスタ侯爵夫人として相応しい力を身に付ける努力をしますので、どうぞお許しください」

 そう言って頭を下げたアディリアを、ルカーシュは信じられない思いで見つめた。


「……どうしたんだ、リア? 侯爵夫人に相応しい? リアはそんなことしなくていいんだよ。今のままで十分だよ。俺は今のままのリアが、大好きなんだ」

「……ルカーシュ様のいたわりの気持ちは大変ありがたいのですが、わたくしは、甘ったれで何もできない今の自分が、大嫌いです!」

「!……」


 今までアディリアとルカーシュがいた場所は、どこであっても春の陽だまりのようで笑顔が絶えなかった。仲の良い二人が愛おしそうに見つめ合い微笑み合う世界は、真冬であってもうっかり可愛らしい花が咲き誇ってしまうと思えるほど温かく優しいものだった。

 しかし、サロンは今、凍てついた大地そのものだ。


 この殺伐とした空気の象徴であるアディリアを落ち着かせたくて、手を握ろうとしたルカーシュは立ち上がった。

 暴言を吐かれたせいで心を痛めて動揺している傷ついたアディリアを慰めたいと思ったからだ。


 今までなら、そうやってルカーシュがアディリアを落ち着かせていた。ルカーシュにとっては、当たり前の行動だ。

 しかし、それを察したアディリアは、無意識の内に両手を背中に隠してしまう。


「リア……?」

 ルカーシュの青い瞳が、信じられないものでも見たように震える。


「どうしたの? リア? 俺がずっと会いに来られなかったから怒ってる? 俺だって今まで通り毎朝リアの顔を見たいけど、仕事が忙しすぎて王城から帰れないんだ。帰れてもアーロン殿下のこともあるし……。リアには辛い思いをさせて、本当に申し訳ないと思っている。お願いだから、機嫌を直して」


 辛いからなのか、悔しいからなのか、悲しいからなのか、分からないが、震える両手を隠すアディリアは、グッと奥歯を噛みしめ感情を自分の中に押し込めた。


 ルカーシュの温かい光しか見てこなかったアディリアには、今見えている凍てついて殺伐とした景色が嘘のようだ。


(自分のことしか考えていなかったんだ。見たくないものは見ずに、ルカ様にも迷惑をかける能天気馬鹿だったんだ)


 二人の様子を静観していたエリオットがアディリアの限界を感じ、頃合いだと口を開く。


「……ルカーシュ、リアは、今までお前にされてきた仕打ちに気づいたんだ」


 エリオットの怒りを抑えた言葉に、ルカーシュの青い瞳が見開かれ「嘘だろ……」と声が漏れた。


 全身から力が抜けて崩れ落ちたルカーシュは、動揺から目だけが忙しなく動いている。

 その酷く焦った青い瞳が、下から縋るようにアディリアを見上げてくる。


「お願いだ、リア、俺を軽蔑しないで。俺を嫌いにならないで。確かに自分勝手な行動だったと思う。俺のせいでリアが周りからどう見られるかなんて考えず、自分の幸せしか考えていなかった。でも、それでも、これから先もずっと、俺の隣にはリアがいてくれないと困るんだ! お願いだよ、リア、今まで通り側にいて!」


 アディリアとルカーシュの距離は手を伸ばせば届くほど近いのに、二人の心は永遠に届かない。

 自分達は遠く離れてしまったことを、アディリアは思い知った。


(軽蔑したいよ、嫌いになりたいよ。でも、できない……。ルカ様にとって私がお飾りの妻でも、私にとってのルカ様は大事な大事な旦那様なんだよ。大好きな旦那様の幸せを望まない妻はいないよね? それなのに、ルカ様は本当に自分勝手だよ。アーロンとの幸せしか見えてないから、私のことは忘れてたって言っているのと変わらないよ? そんな酷いこと言っておいて、お飾りの妻になれと私に頼むの? 残酷だよ……)


「今まで通りは、無理です。わたくしはルカーシュ様の仕打ちを……、許すことはできません」


 アディリアの言葉を聞いたルカーシュが息をのみ、「……リ、ア?」と呟き、澄んだ瞳が絶望に染まる。


「ですが、ルカーシュ様の……、その人を愛する気持ちが本物だということは、良く存じ上げております。これからは、二人の愛を守れるよう、わたくしもその一翼を担えるよう努力いたします……」


「ありがとう! ありがとう、リア! リアにそう言ってもらえるなんて、幸せだよ。もっと早くに私の過ちを告白すれば良かった。これからも、ずっと一緒だ」


 曇り一つない満面の笑みを浮かべたルカーシュは、喜びのあまりアディリアを抱きしめた。

 自分の腕の中に閉じ込めたアディリアが、悲しそうに顔を歪めているとは思いもしないで……。


(過ち? その言い方はアーロンに失礼だよ! いや優しいルカ様のことだ。私や兄様の前で気を遣ったんだろう。いくらお飾りの妻相手でも、『真実の愛を告白すれば良かった』とはさすがに気が咎めて言えないよね……)


 これで良かったのか分からないけど、ルカーシュは幸せそうだ。アディリアにばれたことで色々吹っ切れたのだろう。アーロンの言う罪悪感なんて微塵も感じられない。

 ルカーシュが望んだ未来を、この笑顔を守らなくてはいけない。アディリアは強く思った。


 隣でエリックが「いいのか?」と心配そうな視線を向けてくるが、アディリアは力なく微笑んだ。




◆◆◆◆◆◆


本日二話目の投稿です。

読んでいただき、ありがとうございました。

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