第9話 愛人との諍い②

「……悪かった」


 謝罪を受けると思っていなかったアディリアは、目玉が転げ落ちてもおかしくないくらい目を見開いて、渋い顔をするアーロンを見た。

 信じられないというアディリアの視線を浴びながら、アーロンは「アディリアを信じていないということではない」と言った。


「ルカーシュはアディリアを妹のように思い、大事にしている。それだけにアディリアを犠牲にすることに、罪悪感を抱いてしまう。利害関係だけのお飾りの妻の方が、ルカーシュは気が楽になれると思うんだ。あいつは優しい奴だから、妹のようなアディリアの人生をふいにさせた上に、愛してあげられないとなれば、自分を責めて苦しむだろう?」

「……」


 アディリアには、返す言葉がない。

 自分がお飾りの妻になることを、ルカーシュがどう思うかなんて考えていなかった。自分がルカーシュの役に立つのだと躍起になっていたが、それは自己満足でしかないのだ……。


(殿下の方がルカ様のことを考えていた……)


「確かに私が横で物欲しそうに見ている中で、二人でちゃいちゃするのは気まずいでしょうね」

「そう思うだろ?」

「それでも、お飾りでも、ルカ様の横に立つ権利を他の人に渡したくないです」


(ルカ様の婚約者になれて、天にも昇る気持ちだった。毎日幸せだった。でも、辛いことがなかった訳じゃない。罪悪感は私にだってある……。それでも、好きなんだよ。離れたくないんだよ!)


「そこまでしてルカを苦しめたいの? えっ、復讐? 怖い!」

「そんな、つもり、は……」

「そんなつもりないって言えるか? 『自分の人生を棒に振ってでも貴方を守るから側にいさせて!』なんて言う悲劇のヒロインぶった女に一生付きまとわれるんだぞ。復讐じゃなかったら何? ホラー?」

 アーロンの言葉が胸に突き刺さったアディリアはガックリと肩を落とす。


「それに、俺なら、もっと良い嫁ぎ先を紹介できる」

「……殿下の思う良いって何ですか? 私はルカ様のことがずっと好きなのです。ルカ様以上はありません!」

「お前が大好きなルカは、お前が側にいたんじゃ幸せになれないんだよ。いい加減に理解しろよ!」

「その言葉は、殿下にも言えることですよね? ルカ様と殿下がお互いに愛し合っていても、幸せにはなれませんよね? 殿下こそ身を引いたらどうですか?」


 アーロンの動きがギクリと止まり、両手で顔を覆った。アディリアもさすがに言い過ぎたと思い、バツが悪い。


「俺達の関係は、犠牲にするものも、犠牲になるものも多い。そんなこと今まで、何度も考えたに決まっている。でも、俺達は離れられないんだ」

 苦しそうに声を絞り出すアーロンに、アディリアはもう何も言えなかった。アーロンも馬車がロレドスタ邸に着くまで何も言わなかった。

 気まずい沈黙だけが車内を満たしていく。




 ロレドスタ邸に着いた馬車を降りる直前に、アーロンはアディリアを振り返った。


「さっき言った嫁ぎ先だけど、俺の兄だ。サフォーク国第二王子、ロスリー・サフォーク。三つ年上で、自分のことはいつも後回しで、大事なものを人に譲ってしまう優しい人だ。兄がいなければサフォーク国は回らないと言われるほど優秀な人間。もちろん見た目も申し分ない。考えてみて欲しい」

 そう言ったアーロンは、アディリアの返事も聞かずに馬車を飛び降りた。


 アーロンが玄関アプローチを歩いている途中で玄関の扉が開き、ルカーシュが飛び出してくるのが見えた。アーロンはルカーシュの腰に手を回すと、さっさと屋敷の中に入ってしまった。


 ルカーシュに向かって手を振りかけたアディリアの右手が、力無く萎れていく。自分の手が、急に滑稽なものに見えてしまう……。


「アーロンの奴、イチャイチャしているところ見せつけないように、気を遣ってくれたのかな? ははははは、ルカ様、仕事で帰りが遅いから会いに行けないって嘘じゃん。家から飛び出してくるぐらい、帰りを待ってたんだ。手紙は嘘ばっかりだな……」

 虚しい声がアディリアから漏れた。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

本日二話目の投稿です。

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