第7話 正妻のクラスメイトは、愛人……
「……そういう訳で、知っての通りサフォーク国のアーロン・サフォーク第四王子殿下が本日から卒業までの一年間、ロイズデン王立学院で一緒に学ばれることになった……」
目の前で教師が言っていることが、アディリアには受け入れられない。この事態にアディリアの頭は真っ白だ。
アーロンが留学してくることは、姉から聞いて知っていた。知っていたのだから、考えるまでもなく、自分達がクラスメイトになると分かったはずだ。
だが、アディリアはアーロンのことなんて、一秒も考えたくなかった。だから、当然の結果にいきつかなかった。
グレシア国で最も格式高く優秀な者が集まるのは、ここロイズデン王立学院だ。そして、ロイズデン王立学院には各学年に一つ、高位貴族や学業優秀者が集まる特別クラスがある。
アディリアもこの特別クラスの生徒だ。もちろん、高位貴族としてだ。成績で考えれば全く引っかかりもしない。
ならば、歳が同じアーロンと同じクラスになるのは必然。そのことを全く考慮しなかったアディリアは、今ピンチに陥っていた。
こともあろうに、アーロンはアディリアの隣の席に座ってきた……。
席は自由だ。だからといって、わざわざ恋人の婚約者の隣に座るのは、一体どんな意図があるのかと汗が止まらない。
ひんやりとした空気をまとったアーロンが、威圧感を発しながら立ち上がった。
「アーロン・サフォークです。学院内は身分の上下はないと聞いています。私も一生徒として学ぶつもりで来ているので、下手な気遣いをしないで接してもらえることを望みます」
笑顔もなく座ったアーロンに、教室中の令嬢達が見とれている。
(「駄目だよ、みんな。この人は、貴方達は恋愛対象じゃないの、目を覚まして!」そう叫びたい……)
「学院の案内を誰かに……」
そう言った教師は明らかに動揺している。きっと案内役は学園長か誰かの予定だったはずだ。
アーロンに遠回しに特別扱いするなと言われてしまえば、生徒の中から選ばざるを得ない。
だからといって、誰でもいい訳ではない。成績優秀と言えど平民ではマナーが不安だ。かといって目をギラギラさせた令嬢達の中から誰かを選んだら、暴動になりかねない。
教師が令息の中から無難そうな者を見繕っていると、アーロンが「隣の生徒で構わない」と言い出した。
アーロンの隣に座っているのは、残念ながらアディリアのみだ。
教養・マナー・一般常識の何を取っても誰より劣る、家名だけで特別クラスにいるアディリアだ。
教師の顔色も曇るを通り越して、真っ黒だ。明らかに絶望している。
アディリアは「無理だ!」と目で訴え、教師も「分かっている」と目でサインを送り合う。二人の間では視線で会話が成立しているのに、アーロンはそれをものともしない。
さも当然だと言わんばかりに、アーロンは冷たく言い放つ。
「ここは特別クラス。二年も通っている自分の学院の説明をできない者などいないでしょう」
教師は叫びたかっただろう、「いるんだよ!」と……。しかし、言える訳もなく、肩を落とした。
「……それでは、フォワダムさん。くれぐれも、くれぐれも、よろしくお願いしますね……」
さっきまでは味方だったはずの教師が力のない声を吐き出し、刺客のような厳しい視線をアディリアに向けた。
「ここが中庭です。先程ご案内した食堂やカフェテリアの他、この中庭で昼食を取る生徒も多いです。食堂やカフェテリアのメニューは朝に注文しておけば、ランチボックスにしてもらえますよ」
学院は広い。教室棟の他に、研究室などの入った施設棟、ダンスや音楽の音楽堂、夜会を開けるような広い舞踏会場、図書館、食堂やカフェなどが入るサロン、サロンとは別に独立したカフェテリアもあり、施設だけでも案内するのが大変だ。
今日が新学期初日で式典だけだったので、アディリアはさっさと案内を終わらせるため愛想笑いを貼り付け続けている。
フェリーナに淑女教育を受けていたことが幸いして、大きなミスなく無難に案内を終えることができそうだ。
(私に案内役を任せる不安で倒れそうな先生に渡された案内ルートのおかげで、ルートにも無駄がなかった。ありがとう、先生。私、やり切ったよ!)
「これで全ての案内が終わりましたので、わたくしはこれで失礼させていただきます。アーロン殿下の貴重なお時間を頂きまして、ありがとうございました」
フェリーナ仕込みの完璧な淑女の礼を見せて、さっさと帰るはずが、前に進まない。
当然だ、アーロンがアディリアの右腕を握っているのだから。
「……全てご案内致しましたが、他に何かございますか?」
「何かあるのはお前だろう?」
アーロンは冷たい青い目を、アディリアのひきつった顔に向ける。
(自分が優位にいることをそこまで分からせたいの? しかも、ここは学院内だし、殿下は人目を引いている。それじゃなくても私は浮いた存在だ)
「アーロン殿下、この構図はどう見ても誤解を招きますので、手を離していただけますか? 偶然にも帰り道が同じですから、お話は馬車でうかがいます」
アディリアの対応に目を丸くしたアーロンは「聞いていた話と違うな、暴れないのか?」と呟き、手を離した。
無言で馬車に乗り込んだ二人が向かい合って座ると、馬車は静かに動き出す。
沈黙が重苦しい中で、アディリアは混乱していた。
アーロンが言っていた『何かあるのはお前だろう』の意味が分からないのだ。
(あの決定的な状況を見せつけられた私が、一体何を言えばいいの? 第四王子相手に……。『この、泥棒猫!』とか? 言えるわけない……)
アディリアが頭を悩ませていると、向かいに座るアーロンが座席にもたれて長い足を組んだ。その状態でアディリアの遥か上から、冷たく見下ろしてくる。馬車から押し出されそうな圧迫感だ。
正妻と愛人……。明らかに愛人が優位に立っている。
「婚約破棄をしないのか?」
「!……」
あまりにも馬鹿にしたアーロンの物言いに、縮こまり固まっていたアディリアの背中がスッと伸びる。
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