第6話 浮気相手が異性の場合、どうしますか?
「で? 兄様との勉強ははかどっているの?」
フェリーナは鬼コーチらしい厳しい目で、妹の淑女化進捗状況を確認した。
隙のない賢い淑女になると決めたアディリアは、毎日のように姉の嫁ぎ先であるエミネス家に通いながら日々勉強とマナーの習得に明け暮れた。
おかげで一カ月以上あった春休みも、もう終わろうとしている。
今日は珍しくフェリーナがフォワダム家に里帰りしおり、姉妹が慣れ親しんだテラスでお茶を飲んでいた。
鮮やかに黄色い花を咲かせたミモザが満開で、緑と黄色のコントラストが二人のお気に入りだ。
「今までが今までだから……、覚えることが多くて大変。大変なんだけど驚いたことに、私は勉強が嫌いではなかったみたいで苦じゃないの。むしろ、分からない問題が解けるようになるって、すごい爽快感があって病みつきになってる! 今までは苦手と思い込んでたんだね。苦手なことからは逃げる癖がついてたみたいで、気が付かなかった」
「……それ、自慢できる話じゃないわ」
「すみません……」
アディリアの発言に苦い顔を浮かべながらも、フェリーナはどこか嬉しそうだ。
「お茶のマナーは大分まともになってきたから、お茶会でも恥をかくことはないと思うわ」
喜んで満面の笑みを向けるアディリアに、フェリーナは容赦ない。
「こんなの学院に入る前にできていて当たり前なのよ?」
返す言葉のないアディリアは、ガックリと肩を落とす。上がったり下がったり落差が激しい。
「そういえば、ルカーシュとは会っているの?」
その言葉にビクリと手が震え、紅茶がソーサーにはねてしまう。白い皿に、茶色い水溜りができる。
この一カ月、なるべくルカーシュのことは考えないようにしてきた。
「……ルカ様は仕事が忙しくて、春休みになってからは一度も会っていないの……」
「そう、旦那様もルカーシュの仕事量は尋常じゃないと言っていたわ。サフォーク国の第四王子が一年間だけロイズデン王立学院に留学してくるから、その準備で大忙しみたいね」
ルカーシュは本当に忙しかったのかと、アディリアはホッとしてしまう。そのせいで、何か大事なことを聞き洩らした気がするが……。
「しかも王子はルカーシュにベッタリで、住むのも王城ではなくロレドスタ家がいいと駄々を捏ねたって話よ。だから、ロレドスタ家も大騒ぎで準備中よ。リアもあの扉は、第四王子のいる一年間は封印しなさい」
「……はい」
(一年なんて言わず、一生封印します)
「何よ、暗いわね。ルカーシュと会えなくて寂しいってこと? 家が隣とはいえ、今までの会う頻度が異常だったのよ。学生同士ではなく、相手は働いているのだから、これくらい当然よ」
「うん、そうだよね。今までが恵まれすぎてた。ルカ様に会えなくて不貞腐れたりしないよ」
「……えっ? そうなの? 珍しいわね……」
フェリーナはキョトンと驚いている。
今までのアディリアとルカーシュは、例え短い時間であっても三日と開けずに顔を合わせていた。一カ月も顔さえ見れないとなれば、かつてのアディリアなら天地を揺るがすほど大騒ぎしていたはずだ。
(隣に王子がやってくる? 初耳だよ! 二人の愛の巣を毎日見て暮らせってこと? それだけで私はこんなにも動揺していますけど、結婚したら毎日こんな気持ちなんだよね……)
「貴族の男性は、愛人を作る人が多いと聞きます。もしエミネス伯爵が外に恋人を作ったら、姉様はどう我慢する?」
「……リア……。可愛い顔して、とんでもないこと聞いてくるわね……」
音も無くカップをソーサーに置いたフェリーナは、「どうしますか? ではなく、どう我慢? 具体的ね」と呟いた。
「我慢しないわ。もちろん猛抗議よ。そして、その相手の女性と比べて、私に何が足りないのか聞き出すわ。二人の問題だから、私にだって努力が必要だものね」
「なるほど。なら、その、相手が、あの……えっと……」
「何よ? もう十分失礼で聞きづらいこと言っているのだから、今更でしょう? はっきりしなさい!」
フェリーナの言葉に後押しされたアディリアは、決意を込めて姉の目を見つめた。
「はい! そのお相手が、男性だった場合はどうする?」
「……………………?」
絶句するフェリーナに気づかず、アディリアは真剣に質問を続ける。
「いくら相手の好みに自分を合わせようとしても、性別が違うと、どうにもならないことが多いよね?」
テーブルの上に身を乗り出しているアディリアの頭を、フェリーナは扇子でパカンと叩いた。「痛い!」と頭を押えたアディリアは、慌てて身を引いた。
「リア、貴方、一体どういう本を読んでいるのですか! すぐに捨てなさい! 今すぐに!」
本ではないのだが……と思ったが、アディリアは素直に「はい」と言って座り直した。
一般的には浮気相手といえば、女性なのだから仕方がない。これが通常の反応なのだ。
「ねぇ、リア。急に今更淑女になるとか勉強を始めるとか、貴方どうしたの? 何かあったの? ルカーシュも心配しているわ」
「えぇっ! ルカ様が?」
「ええ、相変わらず馬鹿みたいにリアのことしか考えてないわ。『リアからの手紙の文字が綺麗で、いつもみたいな勢いがない。綺麗に書こうとし過ぎているのではないか?』って同僚であるわたくしの旦那様に言ってくるそうよ。いつもみたいに毎日手紙を書いていないの?」
「いえ、毎日書いているけど……。今までが一日三通とか四通とか書いていて、迷惑しかかけてなかったと気付いたから……」
「そんなに!」
目を見張ったフェリーナは「いや、でも、それくらいの方がルカーシュは嬉しいのよね」と小声で呟いた。
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