第22話
光が漏れていた。新鮮な冷たい空気が流れ込む。右側の壁面。入り口と同じような排気口版から。僕はあそこだと、最後の力を振り絞り、向かった。外の様子を見る。
特段、さっきの光景とは何一つ変わっていない。隊員達が右往左往している。しかし総じて数は少なくなっていた。その時、ウィズの声が微かな声が聞こえる。
「どうだ?飛び降りれそうか?」「番犬はいるが、この人数だと行けそうだ。」僕はそう言った瞬間、排気口版をそっと開ける。出来るだけ音をたてないように。
そして素早く飛び降りた。コンと、机を叩くような硬い音が鳴る。それも三つ。まるでカエル同士が連続で鳴き声を上げるかのように。
そうして降り立った瞬間、各自武器を構える。何時でも戦闘が取れるように。そして僕達は首を左右に振る。防犯カメラが両壁一つずつ、感覚を空け、奥の角まで設置されていた。救済施設と同様、生き生きと目を開かせている。
僕達は左側の壁にもたれかかる。冷たかった。まるで肌の温もりを失った死人のように。そしてまず、目的のエレベーターがある左側へ五歩進む。それは丁度、防犯カメラの真上だった。
カメラが獲物を探そうと目を凝らしている。しかし視覚範囲外だった。僕達の姿は永遠に見えない。それは近くにおいてある探し物が見えず、別の所を永遠に探っていいるかのように。
その調子で僕達は対岸へ行こうと、斜め四十度の角度を維持しながら向かう。その様子はまるで命綱なしの綱渡りのようだった。風と言う隊員の足音が聞こえれば、谷底に突き落とされる。心臓の音が大きな鼓動を響かせる。
しかし風は吹かなかった。皆は無事、右側へ渡ることが出来た。今度は右壁面へともたれかけ、また五歩進んだ。防犯カメラがさっきと同様、必死に探す。
僕はそんな防犯カメラをほほくそ笑う。そしてそのまま壁を伝い、通路が途切れる最先端まで歩を進めた。壁際から通路を覗く。
一メートル進んだ先に、エレベーターの入り口があった。プラスチックの扉が壁門のように佇んでいる。その前に二人の隊員が背比べをするよう、ドアの前に立っていた。彼等の話声が、まるで壊れかけのラジオから響くノイズの如く、ぼそぼそと聞こえる。
「何人いる?」ミルが小声で聞いてくる。「ちょうど二人。」「ならば丁度の数で更地の服が手に入る。」「しかし白濁の服もに合っているがな。」「ありがとう。しかし寝言は寝て行った方がいい。」
僕とミルの会話はそこでぷっつりと途切れた。その後、身体全体をエレベーター前へとさらけ出す。早すぎず、遅すぎずと。そして慎重に、注意深く立てず隊員の背後へと迫った。
そして僕は左側に佇む、隊員の肩をポンと叩きながらこう話す。「肩がそうとうこっている。余程の残業疲れのようだ。」隊員は振り向く。金魚のような目をしながら。僕は左手に思いっきり力を入れ、隊員を気絶させた。
するとそれに連鎖するよう、もう一人の隊員が大きな声を上げようとした。しかし無意味だった。ウィズがライフルのストック部分で、彼の頭蓋骨を叩く。油汚れが目立つ額から、勢いよく倒れこむ。
ウィズ達は両者、気絶したことを確認すると、すぐさま彼らの服をはぎ取っていく。それも慣れた手つきで。エレベーターの表示板が刻々と変わっていく。
そして数十秒後。ウィズ達は紺のジャンパー、よれたズボンを身にまとった。フォドの戦士の誕生だった。だが両者、慣れない着心地で顔をしかめる。
汚物で汚れた白濁の服は、気絶した隊員が代わりに着させられた。僕は彼等を左脇の壁へともたれかけさせる。彼等の姿はまさに囚人その者だった。
と、その時。チンと、まるでビーターでトライアングルを軽く叩いたかのような、軽薄な音が鳴り響いた。プラスチックのドアが左右へ消えていく。まるで舞台用カーテンの如く。
そしておもちゃ箱のような中身が現れた。僕達はすかさず乗る。ドアが閉まる。エレベーターがガタンと言う音を立て、下へ下落していく。丁度良い速さだった。風を切るような音が外壁の外から聞こえる。もしその風を生身で受けられたらどれだけいいだろうと、僕は焼きもちを焼いた。
そんな最中、またチンと言う軽薄な音が鳴り響いた。プラスチックのドアがまた左右へ消えていく。ひんやりとした空気が、むっとしたエレベーターの中を涼しくさせた。
数メートルある通路が続いている。その奥に分かれ道と思われる物が左右に分岐していた。五人の隊員が奥まで続く通路の要所要所、立ちすくんでいた。
僕達は外へ出る。脈を速くさせながら。エレベーターのドアがゆっくりと閉まる。その時、手前にいる顔の細い男性隊員が、僕達に気付いた。目をぎらっとさせる。僕の心臓はその目線の一撃で、破裂しかねなかった。しかし一呼吸置き、落ち着かせる。ウィズとミルも同様だった。
隊員はそんな僕達のおかしな様子に首を傾げた。そのままこちらへ近寄る。「確か、貴様らがミハイル様に用がある連中だな?」「あぁ、そうだ。」ウィズは片言のような、凝り固まった返事を返す。
「だが聞いた話、二人ではなかったか?それにこんな泥沼で遊んできたような格好で。」隊員は小さな目を更に細めながら、僕を疑い深く観察した。「外で少しいざこざがあった。フォドの悪口を言う奴がいてな。それに二人と言うのは聞き違いだ。本当は三人だ。」僕は白い歯を見せ、にこっと笑った。
隊員は本当にそうかと、眉間に皴を寄せる。しかし疲れていたのか、最終的にはどうでもよくなっていった。「そうか…。それじゃ進め。場所は分かるな?」「そうだ。場所だ。唐突に来させられたから来ていなかったよ。」
「奥にある通路を左側に曲がれば、奥に室長室がある。」「ありがとう。」僕は軽く会釈すると、ウィズ達と共にその室長室へと歩を進めた。皆は一歩、前進した瞬間、硬直化していた心臓が、生き生きと動き始めた。
曲がり角を曲がる。その先、五メートルの細長い通路が出来ていた。左側に一定の間隔を空けドアが。右側は何もない壁が。そして奥にさっきの隊員が言った室長室と思われる木製の扉が佇んていた。
するとミルが皆にこそこそと話す。「それで入った後どうする?」ウィズがまず答える。「すぐさま心臓を狙う。恐らく部屋の中へ一歩でも入れば、ミハイルはすぐさま正体を嗅ぎ付ける。」
続いて僕はウィズの意見に物申した。「だが狙えるのか?射程距離もどれくらいあるか分からない。それに部屋にいるのはミハイルとは限らない。隊員がいるかもしれないし。ハイドがいるかもしれない。もしかしたらアムの可能性もある。」
「確かにそれも一理ある。だがお前が言うと余りあてにならない。」ウィズは唇を上下合わせ、半信半疑な目でこちらを覗くよう見つめた。
廊下は僕達の会話以外、無音。左側の部屋から何か物音が聞こえるが、それでも嫌に静かだった。だが室長室に付く前、後ろから足音が一つ聞こえてきた。軽い。まるで上品なハイヒールで床を叩くような音だ。
僕達は身体を微動だにしながら、その音をする方へ向ける。アムだった。化粧の整った肌白い顔。茶髪の長髪が波打つように丁寧に整えられている。服装も薄く小汚いドレスから、すっとしたグレーのワンピースへと変わっていた。胸についてある黒いリボンが特に目を引く。
「あら、あなた達。てっきり捕まっていたのかと。」「やはりお嬢様だ。無駄口を叩ける余裕があるのは。」と、ウィズは皮肉口調でそう話す。アムは左手を口に当て、両目を細めながら笑った。
「それでどうしてここに来た?何か用があるのか?」と、僕は話す。「お父様が着ているの。それで一度顔を合わせた言った。それだから身支度を整えたの。」
僕達はそれを聞き、顔をお互いに見合わせた。皆、口をポカンと開けていた。「これは丁度いい。大物が一堂に会することはもうない。」ミルはジャンパーを裾を持ち、それを糸を引くように引っ張った。
「そんな物騒なことは私が去った後にして欲しいわ。」アムはため息を吐き、呆れながら僕達の合間を通っていく。その時、僕の耳元で呟いた。「もうすぐですわね。私は楽しみですわ。」「うまくいけばな…。」僕も彼女の耳元で呟く。
アムは微笑みを浮かべながら、奥のドアへと向かって行った。僕達も後を着いて行く。そして室長室の前へと着いた。
大きさはそこらにあるドアと大差ない。しかしプラスチックと鉄が入り混じるこの基地で、木製の扉はとても歪だった。
「カズヤ達は今から寡黙な隊員ね。期待しているわ。」アムはメッキで塗られたドアノブを小さな手で握る。そして甲高い軋む音を立てながら、僕達はドアを潜っていった。
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