第21話

 日が沈みかけ、空が青紫色になる頃。僕達が乗る車は、急斜面な坂道を進み、頂上付近まで迫っていた。右手から高級住宅街が俯瞰できた。どの家もまるでメッキのように光り輝いている。


 だがそんな陳腐な光景よりも、僕達はもっと魅力的な光景に目を光らせた。それは左手にある鬱蒼とした林の中。その奥で一人、橙色の光をともした寄棟屋根の大きな館が建ってあった。


館の壁面は白い。それが自信の内側から放つ光によって醜悪美の如く目立っていた。そしてその光は辺りの林を巻き込み、太陽のようにすべてを輝かせていた。


「あんな林の中、そして傾斜面の上に建てられていれば、フォド隊員達はさぞ気持ちよく職務を全うできるな。」と、ウィズは少し小馬鹿にする様子で話す。「絶好の立地とまさにこのことか。」と、僕はウィズの無駄話に口を乗せた。


そして車は林の中へ入り、綺麗の舗装された道を走る。辺りは暗い。だが館の影響、ヘッドライトのおかげである程度までは目視できた。


道を取り囲む木々達は沈鬱と化している。それは星が輝く夜の影響か、奥に建てられた館の影響か。それは木木達だけが知っていた。


車は分かれ道を左側へと進む。その数分後、館の左端部分が見えた。この頃になると辺りはまるで昼間のように明るくなり、もはや懐中電灯が無くても平気なくらいだった。


四角の枠の窓が薄っすらと、木々の根を奥の方に見える。すると車がその館、数メートル付近で突如、停止した。それはおしとやかに。「ここからはあなた達の足で。」と、執事は眼力強い両目を僕達に向け、ただ軽い一言、そう発した。その声は冷静で、威厳ある物だった。


僕達はその声に従い、車を降りる。冷たい夜風が林の澄んだ空気と合わさり、肌を鳥肌が立つくらい刺激した。皆はそわそわとする。館の一部分が僕達を木々の枝の合間から見下ろしている。


するとミルが近づく。「やはりフォドの最重要拠点に立つ、この館は素晴らしいですね。近くで見るとより恐ろしい。」「フォドにも欲しいのだろう。威厳ある象徴が。そう言えばアムは…。」と、僕はアムがまだ車から降りていないことに気付く。車のフロントドアの窓越しから彼女を見る。


何か執事と話している様子。そしてドアが開き、彼女が出てきた。「私は執事と行動を共にします。そしてハイドの娘として、隊員達をひきつけるわ。」「お得意の首領の娘の名を使うのか。頼もしい。だがそれでは僕達の事もばれるのじゃないか?」


「カズヤ達に横暴されて逃げ出し、執事に保護されたと言っておきますわ。」「それなら安心。」「あなただって昔は私と同じだったのですよ。」「もうそんな栄光はノーヴィルの汚染させた溝川に流したさ。」


 アムは口を隠し、小悪魔のような可愛らしい笑みを浮かべた。そして車に舞い戻る。そして黒の車は四メートル左へ進み、右へと曲がって館の壁の奥へと姿を消した。


「全く、破天荒で激しい二面性のあるお嬢様だ。おてんば娘の様だ。」と、ウィズが僕の傍らでそう呟く。「そんな生易しい女ではないがな。」


 それから僕達は例の避難口へと向かうべく、皆で固まって、闇の中に潜みながら進んで行った。それは左から右へまるで扇を描くようにして。芝生のように整えられた雑草の上を容赦なく踏んでいく。


弓張月が空に浮いている。それは衣のような優しい白き光を地上へ照らしながら。けれどその光は弱弱しく、館のライトの神々しさに負け、遮られてしまっていた。


だがそのおかげで懐中電灯も付けずに、悠々と僕達は暗き林の中を進めた。だが右へ行くにつれ、あんなに輝いていたライトが徐々に暗闇に飲まれていった。


それでも歩き続ける。最初に歩き始めて、五分経過した。その頃、数メートル先になにやら地面が一段下がっている箇所が見て取れた。それは綺麗に整えられているように生えた雑草だからこそ、より異質に見えた。


「あそこだったな。ウィズ。」僕は聞く。「あぁ、あの窪みの下。」ウィズは肯く。

するとミルが割って入る。「あんな分かりやすい場所にあるなんて驚きだ。」


僕は彼に近づく。「誰も足を踏み入れないからだろう。」「でも分かりやすすぎるがな…。」


 そんな会話をしている内に、窪地の枠付近まで近づいた。まずミルがその中に入り、しゃがみ込む。そして手さぐりでその窪地の中を探った。皆は見守る。彼は緊張しているのか妙に落ち着かない様子だった。


すると数分後、何か取っ手を掴んだのか、まるで芋虫の動きのような左手がピタッと止まる。その直後、ガタンと言う開かずの扉が開かれたような、腐り切り錆びついた音が林全体に響き渡った。「開いた!」と、ミルは緊張から解放されたのか、妙な落ち着きのなさが彼の体から消え失せた。


僕達はその瞬間、我先にその開かれた扉の中を覗く。まず見えたのは鉄の梯子の一部。それは辺りが仄暗くぼやけているように見えた。まるでそこだけ霧ががっているように。そしてそのさらに奥。底にはその霧を晴らそうと、電球色の光が灯っていた。


「どうやらこの下は奈落に通じているらしい。」と、ウィズが額に手を当て、覗き込むような格好で底を見つめていた。「だが僕達は奈落の底に入るためにやって来た。」と、僕は彼の方を見て話した。


「ならば早い話、この下へ降りよう。俺はうずうずしてたまらない。」と、ミルは国際警察特有なのか、興奮を抑えきれず、しゃがみ込んだ右足を一定の速度で動かしていた。


「ならば降りよう。」僕は国際警察と名の付く人物は面白いと、横目で観察するように見ながら、合図のような掛け声を出した。皆はそれを聞き、梯子を下りていく。先頭は僕。


 奈落の底までは経った数十秒で着いた。通路は錆びた鉄で壁面、天井、床で出来ていた。錆びた鉄特有の匂いが鼻を一直線に刺激する。「フォドは避難用の設備投資も出来ないのか。」と、僕は余りの匂いに両目が眩暈に襲われた。


「避難用だから、どうでもいいんじゃないか。それよりも進みましょう。」ウィズは僕の背中を押し、早く進めと合図する。僕は嫌々ながらも、直線へ二メートル続く通路を進んでいく。皆は一列になって。まるでその姿は鬼ヶ島へ行く桃太郎御一行のようだった。


 両壁に掛けられたランプが忘却されんまいと、必死に通路を輝かせる。すると通路の先、右側にL字の形で曲がっていた。僕はジャックの指示に従いながら、右へ曲がる。滑り台のような坂が数メートル続き、また通路がいくらか続いていた。僕達は進む。それはタンバリンの音のような足音を通路に響かせながら。


すると僕達が進み先から、どたどたと慌てながら走る音が微かに聞こえる。音韻が外れている。だが数秒後、その音韻が外れた音は次第に大きくなっていった。それからも徐々に大きくなっていく。肥大化するように。


僕達は警戒した。僕は構え、ウィズ達は手に持つライフルの銃口を向ける。そして遂にその足音は絶頂を迎えた。奥の通路、その左側から、三名のフォド隊員が現れ出た。全員男性。その姿は僕達を襲おうではなく、何かから逃げているようだった。


「そこをどけ!そこをどけ!」先頭を走る少し丸まった顔をした隊員が、まるで汽車の汽笛のような叫び声を上げる。僕はその迫力満点の彼らの姿に圧倒され、どうしたと口を聞けなかった。


そしてとうとう、暴走列車と化したフォド隊員達が、唖然として止まる僕達にぶつかった。僕は余りに唐突すぎて、何も出来なかった。そのままフォド隊員達に押され倒れかけそうになる。


だがウィズとミルは国際警察の威厳を発揮するかのように、最終列のフォド隊員を一人、服の首筋を持ち、強引に捕まえた。そして尋問する勢いで、彼らの足元に座らせ、口を割らせようとした。ウィズがまず話す。


「何があった?まさかあの映像を流された混乱で鬼ごっこを始めたか?」隊員は答える。「あながち間違いではない。今やフォドはあの映像を流されて、地盤が崩れかけている。このままいけば、フォドの関係者は警察組織に逮捕されちまう。彼等も俺達とつるんでいたが。だから俺達は抜け出した。もはや逮捕はごめんだ。」隊員がぜぇぜぇと息を吐きながら話す。


ウィズは黙って聞く。僕はその会話が終わった時、隊員に話しかけた。「今の重要拠点の内情を知っているな。どうなっている?」


隊員は僕を横目で見て、こう話す。「警備は厳重だ。だが秩序が少し乱れている。他の隊員達も俺達と同じだ。迷っている。だがミハイルが今、最良な指揮を執り、混乱を収めようとしている。それ以外は知らない。」


「なるほどな。詳しい供述をありがとう。そのお礼としてここから逃がしてやる。いいだろう?」と、僕はウィズの顔を見る。ウィズは白い歯を見せ肯いた。隊員の顔は明るくなる。


だが僕はまだ話足りないことがあり、彼の両肩をぐいと掴んだ。あまり力は入れずに。隊員はいきなり掴まれたのか、口を大きく開け、明るい顔が一瞬で暗くなった。


「だがこれにあんな組織とつるむのはやめるんだな。」「はい、分かりました。もうしません。」僕はそれを聞き、こくりと肯く。そして隊員の肩に乗せてあった、重い僕の両手をパッと話した。隊員の体は解放された。


そのまま隊員は勢いよく、まるでマラソン選手のようなスタートダッシュをかけ、走り去って行った。「生きの良い走り方だ。」と、僕はボソッと呟く。


するとウィズが口を開く。「早く行こう。もしかしたらこいつらを追いかけて、追ってくるかもしれない。」僕はその言葉に耳を傾け、例の排気口のあるところまで進んだ。


排気口のある場所はこの通路を左へ曲がったすぐそこ。走ったおかげで経った数分で着いた。長方形型の排気口カバーが天井のすぐ近くに取り付けられてあった。大きさは大人一人入れる位だ。


僕はウィズに肩車をしてもらい、そのカバーを自慢の鋼鉄の腕で思いっ切り外した。カバーの外れる音が凄まじい。まるで接着剤で貼ってあった物を無理やり引きちぎるかのように。


そのまま僕はウィズの荷の肩からカバーを鉄の床へ捨てた。カランと音がなる。「やはり恐るべき力だ。普段外れないようなカバーを取るなど。」ウィズは関心する。


「そんなものは朝飯前さ。」「だろうな。だがやはり我々はその腕を持つものを排除しなければならない。」ウィズの顔は暗くなった。僕も同様、暗くなる。だがこうしては入れない。


 僕達はすぐさまその排気口の中へと侵入する。その前にジャックから懐中電灯をもらい受けた。まず僕が排気口へ入る。頭が天井に引っ付いた。しかし肩幅はある程度の余裕はある。汚物がさらに腐ったかのような匂いが廃坑の中を彷徨っている。


僕はその匂いに負けず、四つん這いになりながら、右へ進んで行く。進まないと全員が入れない。その時、借り受けた懐中電灯をつける。


青白い光が排気口の内部をさらけ出す。天井、壁面には汚れが凄まじく、何か油のようなものがへばりついていた。そしてそれは這いずる床にも付着しており、進むたび白濁の服が汚れていった。おまけに嫌な感覚が肌を刺激する。


それでも進む。服と鋼鉄の腕が掠れる微細な音が両耳に響く。それは後ろからも。僕はその音を聞くたびに、何か妙な安心感を覚えた。左右、分かれ道が分岐していた。


僕は地図通り左へ進む。そして数メートル這いずり、今度は右へと曲がる。滑らかな坂道が出来ていた。下る。すると右手、換気口の羽目板が見えた。そこから光が漏れている。それに物慌ただしい足音も聞こえてきた。まるでスピーカーのように。


僕は一瞬だっだが外の様子が見て取る。綺麗なプラスチック製の壁面、廊下がかすかに見えた。それは半透明。天井から放たれる眩い光によって、まるで太陽光パネルの如く輝いていた。避難通路とは断然大違いだ。


その上を隊員達は走る。またある物はひそひそと何かを話し合っていた。どれもが動揺し、慌てている。恐らく混乱の余波がそれだけ広がっているのだろうと、僕は考え付いた。


しかし今は考察するよりも進む方が第一だった。僕達は大蛇のうねりのような排気口の中を進んで行く。



































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