第20話

 僕達は追手を掻い潜るべく、死体所と化したバーを離れ、数メートル離れた窪地に立ててある一階建ての空き家へと入った。そこはバーと同じく木造建築。壁面が腐っている。


中へ入ると埃で出来た絨毯が床を覆い、壁の隅には蜘蛛の巣が綺麗に出来上がっていた。その他には何もない。空き家。そして狭い。畳六畳半。皆は嫌がった。だが結局、そこで暗き夜を耐え忍んだ。


 そして朝が来る。太陽の光が木製の壁面の隙間隙間から入ってくる。それは朝の澄んだ風と共に。そして古く朽ち果てた木造建築の内部を、まるで古き昔に廃れた神殿の如くその様相を醸し出していた。


しかし今の僕にはとても綺麗とは思えなかった。僕は狭い空き家の西側に設置された、要所要所割れた窓ガラスから外の景色を眺めていた。向かい側にはもう一つの廃墟が。うっすらと見える左隣には同じ建物。しかし人が住んでいた。


八十代の老女が家の前で空を眺めている。死んだ目をして。白の古いバブーシュカ頭部にまとい、それに似合う古臭いに洋服を着ながら。


僕も老女と同じ目をして空を眺めた。雲が疎らに散らばる。青い空がその合間を塗っている。気持ちが上の空。だがそれを阻止したいのか、一つの手が僕の左肩を叩いた。振り向く。


 ウィズが陰鬱で冷静な眼差しを僕の顔へ向けていた。口を開く。乾いた唇を上下に上げながら。「映像は無事、様々なサイトを右往左往している。」「これでフォドが簡単に潰滅できたらいいのだが…。」


「時間は掛かる。だがもしかしたら、効果はほとんどないのかもしれない。」「…。しかし、一時的な混乱は生じる。その時だろう。フォドを一気に追い込み、潰滅させる時は。」と、僕は上の空を見つめながら、誰もいない薄暗い壁にそう投げかけた。


 太陽が徐々に昇り始める。時刻は九時。僕達はひと固まりになってこれからの事を話した。「今がフォドの重要拠点を叩くチャンスだ。」と、ミルがまず言う。「だがあの重要拠点は飾りだった。本物はどの場所にある。乗り込んだ所でミハイルはいるのか?それにハイドも。」と、僕はミルの意見に疑問を呈した。


するとウィズがその会話に割って入る。「だったらそこのお二人さんがより詳しく知っているんじゃないのか?お姫様と元下っ端さんが。」と、ウィズは話しながら、その二人をじっと黒い両目で見つめた。


二人はその視線に一瞬たじろく。だが先陣を切ってジャックがまず話し始めた。「確かに僕が提供したのは真っ赤な偽物でした。しかしはめようと言う魂胆はありません。だからあなた達が捕まっている合間、調べてきましたよ。」と、ジャックは喋りながら、近くに置いてあったノートパソコンを引っ張ってきた。画面を僕達へ向ける。


そこには地図が移しだされていた。場所はノーヴィル第一地区。その西端。高級住宅地辺りだった。


「第一地区。あの警備がやけに厳重な地区か…。だが信憑性は保てるな。」と、僕はパソコンに向かって呟く。「信憑性か…。だが今はそれに掛けるしかないだろう。」と、ウィズは背伸びをしながら、半信半疑な様子で話す。


だがミルはまだ納得していない様子だった。「だがミハイルはいるのか?それにハイドも?」


ジャックはその疑問を解決するかの如く、こう説明した。「ミハイルは基本的にはあそこにいる。これは皆がよく話している事です。それにこの事態だからなおさらさ。だがハイドは分かりません…。」


「なるほど。だが我々はハイドの首も取りに来た。分からないとは…。」ミルは頭を抱えた。ウィズは頭を抱える彼をサポートするかのように、僕に聞いてくる。


「カズヤなら知っているんじゃないか?それかあのお嬢様か。」「居るとすればあのお屋敷。しかし共に暮らしていたのは二年前の事。アムの方が詳しい。なぁ、知らないか?」と、僕はアムに話を振った。


アムは少しためらう様子を見せる。等々に振られて困惑する様子。だが話した。「…。お父様は今夜、フォドの最重要拠点へ行くと言っていましたわ。でも、こんな騒ぎじゃ分からないけれど。でももし行かなければ第二地区の東端。そこの埠頭にいるはずですわ。」


「埠頭、あそこか…。」僕はその単語を聞き、昔懐かしの思い出が脳内をよぎった。僕が小さく、まだ両腕が鋼鉄で出来ていない頃の。


すると今まで黙っていたミチルが、僕の横腹をつつきこう聞いてきた。「それはどういう思い出なの。」「良くも悪くも美しい思い出さ。」と、僕は曖昧にそう答えた。今はそのことについて話したくなかった。ミチルは察したのか、その答えで納得した。一方アムは気に食わないのかミチルを睨みつけていた。


ウィズはそれを黙って聞く。そして一区切りついたところで、こう話した。「痴話話は終わったか。それじゃ、今日の夕方。もう一度、真の最重要拠点へと侵入しようか。」


「だが、侵入経路はどうする。地図はあるのか?それに第一地区には検問所等の警備が至る所にある。いくらフォドが弱体してもあそこを管理しているのは市警だ。警備はそう甘くならないぞ。」と、僕はジャックの方を向き、そう問う。


「まぁ、兄貴。少し落ち着いて。警備の方はまだ万全ではありませんが、拠点の侵入経路はあぶり出せています。今からそれを見せますから。」と、ジャックは呆れながらもパソコンを操作する。そしてそれを僕達へ見せた。


 画面が映し出されている。複雑な構造が見て取れる。階層は地下三階。まるでアリの巣の断面のような、入り組んだ形をしている。それでいて、防犯カメラ至る所に付けられていた。


「これは大層複雑だ。並の手立てが喜びそうな位に。」と、僕は呆れ半分、煩わしさ半分を含有した口調で話した。「だが道はあるのだろう。例えば排気口。秘密の抜け道とか…。」ウィズは期待の眼差しでジャックを見つめる。


「ありますよ。」と、ジャックは画面を見ず、悠々とまるで自身の権化如く話しながら、キーボードを打つ。画面が変わった。七変化のように。


また別の通路が現れた。林の中央。排気口からの入り口から繋がる道。これも下へ連なっている。だが複雑怪奇ではない。まだ単調さがあった。


しかし道は二階までだった。そこからあの防犯カメラの目が光る通路を通らなければならない。僕は話す。「通路が途切れている。強行突破か?」


「だろうな。画面からそう聞こえてくる。どうだ、ミル?」と、ウィズは余りの滑稽さに笑った。それをミルに振る。


「結局はその方法しかないでしょうね。下手な正面突破より幾分ましだ。」と、ミルは一種、小真面目に話した。


「決まりだな。それじゃ、後は検問所などの道のりだ。いっそのこと、隊員を捕まえてコスプレもするか?」と、冗談交じりに僕は話した。


「だったら俺の服をあげましょうか、兄貴。」ジャックがその冗談に乗っかる。「…。ならば貰っていいか?コスプレすれば潜入も容易になる。それにこんな服とはおさらばしたい。」「だったら、出発前、その服と交換しましょう。」


「いいのか?こんな醜い服を着て。」「このくらい平気ですよ。前まではそんな服、着用していたんですから。」ジャックは期待を含んだ、熱い眼差しを、僕へ向ける。

僕はその期待に応えるべく、こくりと肯いた。


するとアムが口を開ける。「それだったら私が執事に車を手配してあげましょうか?」「あの生真面目な紳士がか。でも来るのか?」と、僕は彼女の話に疑念を抱く。


「そんな疑い深くしなくても。ジャックのパソコンから連絡など取れますわ。これで基地までの道のりは確保できましたわ。」「ありがたい。」「でも乗れるのは私除いて三人までですわ。いくら何でも全員分乗せれるまでは広くはないですわよ。」と、アムは困った様相でそう話す。


 「ならば戦闘慣れしている。僕、ウィズ、ミルで行こう。それいいか、ジャック?ミチル?」僕は彼等の顔へ目線を向け、話す。ジャックは即座に顎をガクッと下げた。ミチルも少し心残りな顔を表したが、小さな顎を杭と下へ下げる。僕も彼に習い、肯いた。


アムはそんな僕達の様子を見ると、ジャックにこう話す。「それじゃ、スマートフォンを貸してくれません?あるでしょう、一台位は?」ジャックはそれを聞き、ポケットから黒のスマートフォンを取り出した。そこから連絡を掛ける。


 僕は彼女が電話する姿を見た後、アケル達を見る。彼等はもじもじとしていた。話に入れない様子だった。するとアケルが代表として、その一塊になった中から出てきた。


「どうやらここでお別れの様だ。」と、アケルは話す。「やはり嬉しいか?」「あぁ。もしかしたら俺達も連れて行かれるんじゃないか、冷や冷やしていたが…。三人までしか乗れなくて良かったぜ。」するとアケルは両膝を擦りながら、ゆっくりと立ち上がった。もう何も怖い物はないと言う風に。


「出ていくのか?」「もうここにいる用はない。」「しかし今はフォドの連中が棍棒を持ち、野良犬のようにうろついているぞ。何だってひと暴れしたんだからな…。」僕はあの小屋の激闘を思い浮かべ、言葉が濁る。


アケルはその僕の表情を見て、鼻で笑う。まるで呆れたと言うように。そしてまた彼はその場で座った。「それじゃ、いつ出ればいい?」アケルは尋ねる。「取りあえず、僕達が出る時に出てくれ。その頃になれば、フォドも減る。」「なるほど、それじゃ、そうさせてもらぜ。」


アケルは納得した様子だった。そのまま彼は、また立ち上がり、曲がった背を見せつけた。そして元の場所へ戻っていく。僕は彼がその塊に戻るまで、見届けた。


するとその時、執事との電話が終わったのか、アムが耳元で語り掛けてきた。「本当に侵入するんですね?」「崩壊寸前だからな。」「面白いわね。私も着いて行きますわ。」「危険だぞ。」「死を共にするのは契約内容に入っていますわ。勝手に言って死なれては困ります。」


「もはや狂気の沙汰だな。アムの考えは。まるで死神が取りついたかのようだ。」「死神呼ばわりは失礼ですわよ。昔からの馴染みだと言うのに。」「馴染み深くても慣れない。」と、僕は言いながら彼女の右肩を少し押す。アムは少し不機嫌な様子。


 その時、また僕の背中を小さな指でつつかれた。首を曲げる。今度はミチルだった。心配そうな顔つきをしている。「あんな女と共にいていいの?初めて会った時から嫌な感じだったけれど…。」


「大丈夫じゃないかもしれない。だからといって、今更どうとなるわけではない。」「…そう。大変だね、カズヤも。」ミチルはそれを聞き、まるで心中お察しするかのような同情する態度を見せた。僕はそれだけで十分と、彼女の右肩をポンと叩いた。


それから夕刻になるまで、皆は出来る限りの準備をした。僕は魔訶から奪った弾丸の段数を再度確認。ウィズとミルは盗んだライフルを事細かに見つめる。


アムはジャックのパソコンを借り、執事と連絡を取る。その一方アケル達は固まり、これからの事を相談し合っていた。


 途中、ジャックはフォドと警察の目を掻い潜り、なけなしの金で三つ缶詰を買ってくる。そしてジャックは買ってきた鯖の缶詰を食べた。皆で分け合う。開けた時、エキセントリックな匂いが漂った。だがあの救済施設の飯よりかはましだった。僕は食べる。皆も食べる。


 刻々と空が赤く染まっていく。まるで青い色紙が赤色の絵の具で染まっていくかのように。そうして食べ終わった後、僕達は最後の準備を始めた。僕は傷口が塞いだので、包帯代わりの白濁の絹の切れ端を取る。血が乾いた後が、肌と同化し保護色と化していた。


ジャックから譲り受けた紺の隊員服を、身にまとう。制服の材質が、皮膚の部分を刺激する。サイズは少し小さく、両肩から下、圧力で苦しくなる。しかしそれは気持ち程度。余りに気にならない。


僕は左肩に手を付け、一回移転回す。するとその時、アケルが僕に近づいた。「なんだ?」と、僕は意味ありげに近づいた彼に向けて、変に裏返った声を出した。アケルはその声に失笑しながらも、肩を持ちこう呟いた。


「確かにお前は所詮、フォドの一員だ。しかし俺達だけが脱出できたのもお前のおかげだ。ありがとよ。」「それならウィズに言ってくれ。だが、まぁ、良かったか。」と、僕は嬉し半分、心残りに思う事半分と、何かと矛盾が入り混じっていた。


だがアケルは気付かない。それが普通だろう。そうして小一時間、僕達の準備は終わりを向かえた。それにつれ透き通る青い空が紅色になっていく。まるで赤の絵の具で染められていくかのように。


「準備は出来たか?」と、ウィズは聞いてくる。「もう幾分前から出来ている。」と、僕は彼に返した。ウィズは軽く頷く。そして玄関口へ無かった。それに続き、僕達も着いて行く。


するとミチルが声をかける。「また、会えるかな?」僕は振り向く。彼女の物悲しく、瑞々しい瞳が、僕の顔へ向けられていた。横にはジャックがいる。「分からない…。しかしいずれは会える。」と、あやふやで、何処か根拠に掛けた空回りな口調で話す。


ミチルは柔らかい眉間に、ぎゅっと硬い皴を寄せる。しかし数秒で、その硬い皴は何処かへ消えていった。僕はまた柔らかい、彼女の顔へ戻ると、今度はジャックに話しかける。「ミチルを頼んだ。」


「分かりました。任せてください。」ジャックはミチルの右肩に手を乗せ、安心しろと、僕に誇示した。その彼の姿を見て、僕は胸を撫で下ろす。そしてまた振り向き、外へ出た。


 夜へと向かう前の神々しい光が僕の体へ降り注ぐ。「これでお別れだな。」アケルが唐突に話し始める。「せいぜいフォドには見つからないようにしろよ。」と、僕は戯言のような忠告を響き渡らせる。


アケル達は馬鹿馬鹿しく、聞く耳を持たないと言う風だった。それから僕達はこの地で別れた。そして二度と会わなかった。


僕達はそのままこの窪地に建てられた廃墟を出ていく。段差になっている坂道を昇り、石畳の道へと出る。するとその右側、向かい側に建てられた建物の前に車が止められていた。黒いセダンのような車。その外装は僕の鋼鉄で出来た腕よりも煌びやかで輝かしかった。


アムが細い足を一歩一歩、堂々と前へ出し進んで行く。僕達もそれに倣うかのように、進んで行った。車のドア付近まで近づく。するとそれを感知したのか、フロントドア、リアドアが自動で開いた。


アムはフロント、僕達はリアドアと言う風に、車の中へ乗っていく。座席に付いた時、柔らかくそれでいて重く響く声が聞こえ来た。「カズヤ様は今日も一段と小汚い服を着なさって…。」「これが一番と言う事さ。」と、僕は物悲しく皮肉たっぷりにそう答えた。


 車のエンジンが鳴る。そして車が動き出した。速度が上がっていく。景色が歪む。そして動いているかのように、左から右へ移動していった。それにつれ道の材質が変わっいく。


薄汚い石畳の道から上品に引き詰められたコンクリートの道へと。するとその道の先。三メートル。検問所が聳え立っていた。それは高さ四メートル。まるで箱をそのまま置いたかのような外観。白いコンクリートの壁面が目立つ。


それが両脇に二つ設置されていた。窓ガラスから数人の警察官の姿が見える。姿は見えないが、どれも暇そうだった。執事が話す。「皆さん、隠れた方がよろしかと。」


僕達はその鶴の一声を聞き、さっと座席の下へと隠れた。やはり四人。ぎゅうぎゅう詰めだった。まるで無造作に詰められえる果物のように。すると車が速度を落としていく。止まった。


何か声がする。執事の声と、成人男性特有の重たい声が。それは数分。その直後、エンジンがかかり出した。その途端、車が前へ前へと押し出されるようにして進んで行く。そして速度が一定に達した時、僕達は顔を上げた。


 窓の外を見る。そこにはさっきまで映っていた古錆びて風化した街並みから一変、近代化で煌びやかな街並みへと変貌していた。それは冬から春へと移り変わるように。僕は冬眠していた動物の気持ちが少しわかったような気がした。


ウィズは唖然とする僕の背中を軽く叩く。「もはや異世界だ。ここの地区だけ。本当にノーヴィルか?」「ここは特別だからな。検問所がそれを証明している。全くたかが地区一つ映るだけでこんな手間がかかるなん…。」と、僕は愚痴をこぼした。


 芸術的な高層ビルがどれも豪華絢爛に輝いている。草地が整えられ、ゴミが一つもない緑豊かな公園がその光を真正面に受けていた。僕はそんな光景を流されるように見つつ、真なる拠点へと向かって行った。










 
























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