第18話
奇妙な連帯だった。昨日まで仲たがいしていた僕達が、共に脱出計画を練っていると言うことに。それは僕にとって慣れない感覚だった。しかし仲間に暴力を振るわれるよりかはましだった。
ウィズから手紙が渡される。僕は受け取り、箱と共に持ってくる。皆は待ち遠しそうに見つめる。箱を置き作業を始める。僕が手紙を読む。作業するふりをしながら。
次に、僕が書いた手紙を、アケルに手渡す。そして彼は、まるで伝書鳩の如く、ウィズや、ジャックへ受け渡した。だが毎回同じではばれてしまう。そのため次はタロウ、タダノと、ローテーションで回していった。
緊迫としていた。防犯カメラと隊員の煌めく目を掻い潜りながら。そして長い作業が終わる。僕達は部屋に戻り、ひそひそ話で会議する。熱がこもっていた。その時、あの二十代の男も真剣に話の中に加わっていた。
そして意見がまとまると、皆は寝る。それから明日、作業する時にウィズへの手紙を書き始めた。そして昼食の時間。三十代の男にそれを持たせ、彼へとそれを渡す。
一方、ウィズも彼等を信用したのか、手紙を受け渡すこともあった。
非効率で慎重なやり方だった。しかしこうでもしないと途端にばれてしまう。でも時間を掛けることによって、より作戦を練れたのも事実だった。
それは脱出の経路。防犯カメラを掻い潜るため、監視室に侵入すること。それと同時に、USBメモリーに、フォドの悪態を映したカメラ映像の記録など。それらは一つ一つが入念に進められた。
そしてその頃になってようやく、この建物が立っている場所が分かった。どうやらノーヴィル第三地地区の南端。郊外から少し離れた場所にある、林の中に立っているらしかった。それ奥には女子寮がある。そしてその中にミチルがいる。
だが女子寮でも、男子寮に負けない位の横暴が行われているらしかった。僕はミチルの安全を祈るばかり。
一方、ミルとの連絡は、どうやらジャック経由でウィズへ、届いているらしかった。しかし僕達には届かない。送る気は無さそうだ。
それからまた一日経った。明後日に迫る脱出。そんな気持ちを引き締める時。何とミチルから、手紙が届いた。彼から手紙が送られてきた。中にはこう書いている。
「カズヤ。私、話したかった。それに脱出計画を話を聞いて、今生きてる実感がする。今、とても嫌な仕事を一杯やらされているの。そのせいで溜まるストレスのせいで、皆にいじめられている。でも仲間もいる。二人位だけれど。でも、私も協力する。早く脱げだしたいから。」
僕はそれを読み、彼女の嬉しさ、苦痛が読み取れた。そしてそれに応えるように、軽く手紙を書いた。それは押し並べられた、突拍子もない返事。しかし嬉しさは込められていた。
そんなこともありながらまた一日が経った。明日へ迫る。虚無が支配する。しかし計画する者達は虚無に対する、錠剤を手に入れていた。
僕達とミチル達は、ジャックを経由してコンタクトを取り合い、計画を進めて行った。僕は感謝した。彼がいなければ、今頃連絡も取り合えず、永遠にこの虚無の中を生き続けた事であろう。
隊員の愉悦感覚で半数は減る。またとないチャンスだった。僕の仲間たちは嬉しさを内にとどめていた。しかし僕には苦い思い出がある。それは罠にはめられた時の事。
だが同時に罠ではないと、確信する気持ちも湧いてくる。それは何故かは分からない。そんな矛盾する気持ちを抱えながらも、決行の日へと歩んでいく。
そして決行日の前夜、ようやく作戦が決まった。まずジャックが就寝前、ミルを連行するふりをして、管制室へ行く。そして乗っ取り、ジャックが映像を手に入れる。ミルはロックされたドアを開ける。
恐らく収容者達は、開かぬドアが不自然に開き、気になって外へ出るだろう。そうなれば、残された隊員達は混乱。騒めく通路。屍となった防犯カメラ。僕達はそれを見計らって、通路を突き抜ける。
その勢いで、食堂側の階段を昇る。そして昇りきった前にある、入り口でジャック達と落ち合う。そして外へ出る。と、言う内容だ。後にミチル達と出会い、安全な場所まで逃げる。
皆は覚悟を決める。そんな緊張の中、遂に決行日を迎えた。僕達は作業を終え、いつも通り、部屋に戻る。月は見えない。周りはコンクリートの壁で囲まれている。変わりに天井の光が白色に輝く。
皆は興奮を抑えきれなかった。もうすぐ消灯時間。だがドアは閉まらない。電気も落とされない。今は第一陣、ジャックの班が行動を開始している頃。合計五人が監視室へ潜入している。想像を狩り立たせる。
部屋に付いて五分経った。消灯時間まで後五分。するとドアが機械音を立て、ロックが外される音が聞こえた。僕達は息を呑む。そして飛び出すよう、勢いよく部屋を出た。
すると人影が向かい側の壁に映し出さされる。のろのろ歩いている様子。するといきなり、腸が痛み出した。殴られた感覚。後ろへ数センチ服飛ばされ、背中から思いっきり床へ激突した。
他の仲間たちは唖然とする。僕は顔をドア側へ向ける。紺スーツを羽織る何度も見たことある姿。ミハイルが突っ立っていた。無表情で見つめる。
「どうやら情報は正しかったようだ。」「情報を誰かから仕入れたようだな。」僕は立ちあがりながら、そう坦々と述べる。
「まぁ、そう言うところだ。そのおかけで貴様の仲間達を捕えることが出来た。」「ジャック達が捕らえられたかと言うことか?」「そうだ。だから諦めたまえ。今、そうすればこれ以上ひどくはしない。」
「…。それはごめんだ。こんな何もない、苦痛だけしか存在しない場所など。」「やはり社会的な死を経験しても、なお立ちあがるか...。素晴らしい心持ちだ。しかしそれは間違った方向へと行ってしまった…。ミカの言う通りだった。」と、ミハイルはため息を吐く息と共に言葉を吐き出した。
僕は鼻息で返事を返す。作戦がもうすぐ水の泡となる。しかしそれは六割。まだミル達の班がいる。ばれていなければ。まだ希望があると心から望む。ミハイルはその気持ちが顔に出ているのか、心底気味悪がっている様子だった。
その頃、アケル達は茫然と見つめている。話の中に入れていないようだった。しかしアケルがこうしてはおれんと口を開く。「なの話だが分からないが。おい、殺戮者よ。散々俺らをいじめやがって…。そこをどけ。俺たちはここから出る。そしてお前達の悪事をばらして恨みを晴らしてやるからな。」
だがミハイルは愚かだと嘲笑った。ここまでで数分が過ぎた。もう消灯時間。サイレンがいつも通りになる。ドアが自動的に閉まろうとする。ミハイルはドアの外へ出る。
「それではお休み。明日もよく働いて更生を全うしてくれ。」と、彼は最後の審判見たくそう言う。僕はミルに掛けた。間に合ってくれ。ただそう願う。だが願い叶わず、ドアが閉まる。ロックする音が無慈悲。
「あぁ、終わった。」と、タダノは落胆し、地面へ崩れ落ちる。そして電気が落ちる。真っ暗。もはや目を開いているのかも分からない。感覚が消えていく。
だが数秒後、突然視界が真っ白になる。まるで異界の世界に迷い込んだかのように。見てしまったかのように。だがそれは異界でもなく、自分たちの醜いタコ部屋だった。
と、時同くして自動ドアが、ブザー音を鳴らし手前へ開いた。どうやらそれはどの部屋も同様だった。開いた時、向かい側も開いている事が確認できた。
まず見えたのはミハイルが佇む姿。そして彼の当惑する様子が拝めた。「ちっ、まだ鼠がいたか。」と、彼は舌打ちを鳴らす。
僕は今だと思った。まるで猪突猛進の猪の如く走り出す。ミハイルはぽかんと口を開ける。そして僕は押し倒した。今度はミハイルが背中から倒れこんだ。そして抑え込む。「今だ!行け。」僕はアケル達に叫んだ。
「あ、あぁ、分かった。」と、気が動転しながらも、作戦通り上の階へと向かって行く。僕は確認すると次はミハイルは見た。彼は身もだえた様子。しかし力を入れ、僕は押し返した。僕は尻餅をつく。
するとその時、各個の部屋から雪崩出るようにして男達が現れ出た。皆、何事だ、何事だと騒ぎ始めた。ミハイルはこの騒ぎを鎮めるため叫ぶ。「戻れ!大人しく寝ておけ。これは警告だ。」
他の隊員達も、総勢で叫ぶ。しかしなかなか収まらない。業を煮やしたミハイルはその時、明後日の方向へ弾丸を放った。銃声の轟く嘆きが通路を響かせる。騒然としていた皆はまるで冷え込んだように黙り込んだ。
だがその瞬間を狙うように誰かがまた叫んだ。それは扇動を促すように。そしてそれはアケルの声だった。「おい、お前ら!のこのこ入るのか。今までこいつらに何をされてきたんだ。今がチャンスだ。奴らに復讐する機会はまたとないぞ!」
皆はまた騒然とした。どうするか。どうするかと。そして数名がアケルの意見に同調する。
僕はいいぞと思った。このまま興に乗って、騒乱状態となればここも崩壊し、目的も達成しやすくなる。
その叫び声を聞き、男達は困惑した。しかし心の整理が出来たのか、呼応するように他の者達も同調していった。そうしてまた騒然とし始めた。隊員達は慌てだす。そしてお馴染みの棍棒を持ち、手を出した。
一人殴られた。藁のように束なる拘束者向けて倒れこんだ。それを近くで見ていた者たちは堪忍袋の緒が切れた。今までの不満が爆発する。ある一人の男性がしかしで殴った。
狂喜乱舞の殴り合いが起こった。もはや暴動の息を超えている。今までのストレスが吐き出される。僕は余りの騒動にぽかんと口を開ける。だがそんな暇をするよりも、まずは合流だった。
僕はミハイルが動転している隙を狙い、その騒乱に飛び込む。白濁と紺が無数にうごめていている。まるで生きている柱のように。良い匂いや臭い匂いが混じり合い、鼻孔がうごめく。
しかしそれでも足を止めない。途中、興奮する隊員や拘束者たちに殴られらりもしながら先へ歩む。そうしてようやくと、人混みの中から抜け出せた。その先にはアケル達四人、ウィズがいた。そして合流し、二階へと向かっていった。
夜のあの自然的な暗さが目に染みる。僕達は階段を昇り、細長い廊下を行った先、遂に玄関前へと着いた。
人影が見える。七人見えた。だが誰かは見えない。近づく。ジャックとミル達だった。そして彼らに近づく。
「どうだ。目的は達成できたか?」と、僕はジャックに問う。「えぇ、目的は十分に達成できました。」と、ジャックはUSBメモリーを見せながら、そう返事を返す。
「どうやら目的の物は手に入れたそうだな。」僕はそう言いながら、彼の肩をポンと叩いた。すると今度はウィズが僕の肩を叩いた。「こんな所ではしゃぐのはまだ早い。それに今は混乱している。今しかない。」僕は肯く。そして僕達御一行は建物の外へと飛び出した。
冷たい夜風が肌に染みる。それは薄い服を通り、直接体へ。気持ちが良かった。あんなコンクリートで固められた所に何週間も囚われの身になれば、嫌でも新鮮に感じた。
「それで女子寮の奴らとの落ち合い場所は?」僕はジャックに聞く。「もう少し先に行けば寮に繋がる別れ道があります。ほら連れ去られた時、あったでしょう。そこです。」と、荒い吐息に乗せてジャックはそう話した。
月が暗雲に隠れる。月光が遮られ辺り一回り暗くなる。施設から出て数十分、ようやく分かれ道の近辺までたどり着いた。人影が薄っすらと見える。三人の。二人は背が少し高く。もう一人は背が二人の半分くらいだった。
そして距離が縮みベールがはがされた。一人はミチルだった。古臭いコートから、僕達と同じ服装に衣装替えされている。隣には見慣れない女性が二人。一人は二十代。茶色の下地に金に染めた長髪に鼻が低い女性。もう一人は黒のショートヘアで鼻が高い三十代の女性だった。
僕達は彼女達と合流する。ミルがまず話す。「それで目的の物は?」二十代の女性が答える。「これよ。」と、その女性はジャックと同じUSBを見せた。ミルは満足そうに肯く。
その時、暗雲が消え去る。月の光が僕達を照らした。その時、三十代の女性が僕の腕を見た。甲高い悲鳴が数秒、林の中に響き渡った。「な、何よ、その腕は。」女性はさっきの悲鳴の勢いのまま叫んだ。
「いや、これは…。ただの腕だ…。」僕は少し気が動転して当たり障りのない発言をする。皆は沈黙する。するとミチルが話し出した。「別に今はそんなことどうでもいいじゃない。それよりは早くここから抜け出さないと。」
皆はそれを聞き、こくりとただ頷く。僕は彼女のおかけで、少しは落ち着けた。そして皆はこの鬱蒼とした林を出るため、向こう側の一本道へと駆けだした。だがその時、女子施設側へ続く道の方、何か足音が一つ聞こえてきた。
僕達は騒然とする。もう追いついたのかと。それに一人だとミハイルかミカの可能性が高い。構えられる者が構える。そしてのっそりと木陰から姿を現した。茶髪で艶のある長髪に、ピンクのドレス。それは月光の元にさらされるごとに、その色彩を顕わにしていった。
アムだった。まごうことなき。僕ははっと気付き、すぐさま近づく。そして彼女の体を支える。「あぁ、やっと、会えたわ。」と、アムは小さな口を必死に動かしながら、そう話した。
「良かった。無事でいてくれて。」と、僕はほっと胸を撫でおろした。「あの嬢ちゃんは誰だ?」と、アケルは首を傾げる。「どうやら彼のお姫様らしい。」と、ウィズは彼に向けて冗談交じりに話す。その後、続けて僕にこう叫んだ。「それよりもカズヤ。感動の再開は後にしてくれないか?」
「分かった。」僕はウィズに向けて返事を返し、アムを連れて行く。その時アムは小声でこう呟く。「良かったわ…。無理矢理にでも抜け出して。私はあなたと共に行きたい。」僕はただ頷いた。何も口に出さずに。
そうして僕達はこの森を抜け去った。それからジャックが用意した隠れ家へ向かって行く。
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