第16話

 誰も通らない、折り返し階段を昇った先。太陽のあの神々しい輝きが、僕を照り付けた。向かい側の壁に取り付けられた、小さな窓から、その光が入ってくる。僕の体が癒されていく。


しかしジャックはいつも浴びているのか、素早く窓を、左へ横切った。僕は彼の姿を見て、ここで日向ぼっこをしている暇はないと、思い知らされる。そのままジャックに付いて行った。


通路は一本道。幅は人が二人通れる位には広い。防犯カメラが左右へ三個ずつ、奥まで付けられている。僕はあの目線が激しい通路の中を通っていくのかと、恐ろしくなった。


けれどジャックは通路を通らず、その手前にあるステンレスのドアの中へ入って行く。僕も彼に釣られて入って行った。軋む音が響く。それは小さく、それでいて甲高い。


中は外の光が入り明るいが、奥は暗い。するとジャックはすぐさまドアを閉める。光が遮られ、眼の前は何も見えなくなった。夜が訪れる。


だがすぐさま太陽が昇った。カチッと言う音を立てて。僕はこれで、無理して目を凝らさなくとも、部屋の中が見えるようになった。


最初の印象は物置倉庫のように狭い。中央に机が一つ。それを挟み込むようにして、椅子が二つ置かれていた。それ以外は何もない。


僕は他に何も見るものは無く、目線を机に集中させる。すると机の角、血痕のような物が付いていた。乾ききっていて、瑞々しい要素は全て消え去っている。まるで一種、机の模様のようだった。


一体ここで何が行われていたのか、僕は脳の全てを使い、嫌な妄想を駆り立てる。虫が羽音を立て、部屋の中央を元気よく飛んでいる。


するとジャックの陽気な声が聞こえてきた。「兄貴…。まさか捕まってしまうとは。姿を見た時、心臓が止まりそうになりましたよ。」


僕は振り向く。「済まないな。少しドジを踏んだ。」「しかしどうしてこんな事に…。」「アムの不手際だ。だが幸いジャックの名前はばれてはいない。」「本当ですか。」ジャックは胸を打撫で下ろす。


「所でこの建物は何処に立っている?」「第三地区の東側。アカレ郊外にある林の中ですよ。」「アカレ…。分かった。それで本題だ。僕をここへ連れてきた理由は?」

僕は彼に聞く。ジャックは話す。


「単刀直入に言えば、脱出計画です。」僕はそれを聞き、胸の内がうずうずした。早くここから抜け出したいと、叫んでいるかのように。


僕は興奮する口を開け、話す。その声は震えていた。「何か手の内はあるか?」「一週間後の夜。僕が制御室を乗っ取って、混乱を起こします。」「混乱?」「えぇ。僕がそこを乗っ取った後、タコ部屋の自動ドアを開く。その時、防犯カメラの映像も手に入れます。」


「カメラの映像?」突拍子に出てきた言葉に、首を傾げる。「そうです。このUSBメモリーに記録します。」と、ジャックはズボンのポケットから、黒のUSBメモリーを取り出した。続けて彼は話す。


「防犯カメラの映像には、収容者への拷問映像が記録されています。それをこれに移して、施設の内情を外へ流す。」「それで上手くいけば、フォドを信用を落とすことが出来る。良い案だ。」僕は肯く。


「えぇ。それでその後、僕がドアを開く。収容者達は、何があったと外へ出る。そうなれば隊員達も、黙ってはいられません。辺りは混乱し、取集が付かなくなる。その合間に兄貴が逃げてください。俺は管制室から抜け出して、入り口前で待っています。そして用意した隠れ家へ避難する。」ジャックは説明する。


「それが大体のシナリオか。だいたい分かった。しかし何故、一週間後だ?」「その日は隊員達の半分は休暇。そして夜ならば、奴らの目を曇らせることが出来る。」


「どうやらその案しかなさそうだ。だったらウィズ、ミルにも頼んでくれるか?監視の目があるから下手に接触できない。それにミルは作業する場所が違う。」「ウィズ?ミル?あの一緒に連行されてきた…。」ジャックは両目に力を入れ、口をへの字に曲げた。


「あぁ、彼等なら喜んで協力してくれる。」「分かりました…。僕から連絡を取っておきます。」ジャックは信用してもいいのか、複雑な顔つきを見せる。だがそれは物の数分で消え去った。


僕はまた話す。「それで後、ミチル、アムの居場所も分かるか…?」「ミチルなら、恐らくこの奥の女子寮につれて連れて行かれたかと…。アムさんの居場所は、分からないですね。恐らくフォドの重鎮といるかと…。」


「そうか…。それじゃ、アムを見つけてくれ。」「分かりました。」「しかしここまで注文しても大丈夫か?」「今は俺しか動けません。兄貴は下手にばれないよう、じっとしといてください。」


「言う通りだ。しかしただじっとしていてはつまらない。連絡を取ろう。」と、僕はポケットから、命懸けで破いた紙の切れ端を取り出し、彼に見せる。そして続けてこう話す。「この切れ端で取り合おう。僕がここに内容をかき、指定の場所で受け取る。」


「なるほど。それはいいですね。俺もその方法で兄貴と連絡を取ります。」「頼もしいな。」「それじゃ、これを。」と、ジャックはポケットから、棒状の何かを取り出した。


僕はそれを受け取る。よく見るとそれは、チョコスナック。銀の包み紙でくるまれている。「いいのか?」「あの不味い飯よりかはいいでしょう。」ジャックは話しながら、もう一本同じ者を取り出した。


「今度からここで飯を食べようか。」僕は銀の包み紙から取り出したチョコを食べる。甘味が口の中に広がり、朝食べた不味い朝食を浄化していく。


「本当はそうしたいんですが…。チョコの数が余りなくて。」ジャックも同じようにして食べる。そうして僕達は僅か数分で、食べ終わった。


「それじゃ、ウィズ達には俺が伝えておきます。それで次の連絡は?」「とりあえず

連絡を取れれば、僕がさっき言った事を言ってくれ。そして食堂のゴミ箱近くで結果を教えてくれ。僕もそれを見て、返事を書く。」


「えぇ、兄貴の為ならそれくらいやりますよ。こっちも出来るだけ兄貴と同じ作業所に配置できるか、やってみます。」「ありがたい。」「成果は夕方、ゴミ箱の近くに置いておきます。」


僕達の会話はそこで終わった。ジャックはふと、腕に巻かれた腕時計を見る。口をポカンと開けた。まるで口周りの筋肉が柔らかくなったかのように。僕はどうしたと、彼の顔を覗く。


「もうすぐ時間ですね。早くいかないと、この部屋に逆戻りだ。」と、ジャック話す。「聞く限り不味そうだ。」


 僕達はすぐさまこの部屋を出た。そして階段を下りる。最初は二人の足音が早々と聞こえていたが、次第に小さくなっていく。作業所へ続く廊下を、白濁の服を着た男性達が歩いていた。まるで川の流れのように、作業所へ向かっている。


僕はそそくさと、その中へ入っていく。一方ジャックは、まだ食堂側にいるウィズの所へ向かうため、その男性達を押しのけ奥へ消えていった。


皆、速足でせっせと向かっている。それは早くいかなければ、後で地獄が待っていると言う風に。僕もその流れに逆らえず、早足になる。その途端、誰かが僕の背中を強く叩いた。


ヒリヒリと、叩かれた箇所が痛む。「一体何をやっていたんだ?」疑い深い声が、右耳を刺激する。僕はその声を聞き、あの四十代の男と分かった。


「少し隊員と話していた。」「だとしても、少しチョコの甘い匂いがするぜ。」こんどは三十代の男の声が聞こえた。そして彼は左側から現れ、大きく皴の寄った両目で、僕の口元を見つめる。


熱い目線が、僕の口元を怯えさせる。そのせいで、隠れるように唇同士がくっついた。男は話さないのかと、不満な顔つき。そして僕達は作業所へと入った。


その瞬間、周りの皆がまるで水平型エスカレーターを走ったかのように、歩く速度がさらに上がった。チャイムが鳴り響く。同時に皆が一斉に椅子に座る。僕達も混じって座る。


椅子を引く音が、チャイムの音と混じり、不協和音の如く轟音が鳴り響いた。だがそれは数秒も経てば、空気の中へ消えていく。皆は着席した。背筋を伸ばす。倦怠感を見せないようにと。それはウィズも。


しかし三列目の四番目。三人しか座っていなかった。一席、空白。僕達の目はそこへ集中していた。すると足音が聞こえる。あのリーダーと思われる男が正面に立つ。まるで展望台から景色を眺めるかのように、辺りを見渡す。


やはり男もあの席へ目をやる。その時、閉まり切った出入り口のドアが開いた。髪の毛が薄い男がのそのそと入ってくる。贅肉が乗ったかのような瞼の下で、両目が動く。


リーダーの男がくっきりとした白い歯を見せ、にっこりと笑う。「やぁ、君。時間に遅れたね。」まるで迷子の子どもをあやすかのような口調。男もにっこりとそれにこたえる。


「それじゃ、おじちゃんと一緒に部屋に行こうか。友達を連れて。」その甘く気持ち悪い声に反応し、数名の隊員が空席目立つ、四番目へ向かう。


そこに座る男性達は頬が硬くなり、死を察した顔へと変貌していた。数名の隊員が彼等を強引に立たせる。そしてあの男の元へ連れて行かれる。


一纏めにされた。リーダーの男は無言で連れて行けと、合図を送る。そうして彼等は誰もいない通路へ連れて行かれた。ドアが無慈悲に、無感情に閉まる。


僕はその後の展開を想像し、身の毛がよだつ。リーダーがまた叫ぶ。「お前ら、チャイムが鳴って二分は立っているぞ。早く手を動かせ。動かさなければ、さっきのお友達と同様。連れて行くぞ!」


皆はそれが号令かの如く、一斉にペンを持ち、動かした。摩擦する音が室内全てを埋め尽くす。僕はあのつまらない、訳の分からない物を、また書く事に嫌気をさした。しかし情熱は持っていた。脱出計画と言う、理想を。


そしてそれから七時間たった。終了のチャイムが鳴り響いた。「作業終了!本当はこんな程度では終わらないが…。さぁ、早く夕食を食って、寝ろ!」と、リーダーの男が腹が立っているのか、怒鳴る。


 遂に今日の作業は終了した。僕の班の箱には紙は一枚もなかった。書かれた紙はその横に、まるで高層ビルのように積み上げられてあった。


僕はようやく終わってほっとする。長かった。皆もそう思った。山住の資料を箱に戻しに行く。僕は皆の状況を見る。箱満載に入っている者や、半分の量しか入っていない物等様々だった。皆はその箱を元置いていた長机へ置いて行く。それを隊員たちは吟味するよう見ていた。


皆はそのまま食堂へ向かう。僕は歩く最中、四人、連れて行かれた席を見る。やはり誰も座っていなかった。作業所を後にする。蛍光灯の光が目を刺激し、頭痛を催した。


食堂までは僅か数分で着く。途中、食堂近くの階段から別所で作業していた男性達が下りてきた。皆、汗をかき、体全体に錘を乗せたかのように体が動いていない。


そんな彼らが合流し、食堂の中へ入って行った。僕は入った瞬間、ゴミ箱が何処にあるか確認する。中央に立つ丸い柱に二個、置かれていた。


僕は列に並ぶ前にそのゴミ箱に近づく。辺りに何かないか、近づく前に確認する。すると右側のゴミ箱の影、何か小さな白い紙切れが置かれていた。それは角度によっては見えない位置に。


それを見つけると僕は、少し背中を曲げ、右手で摘まむようにして取った。それをポケットに入れる。これまでの時間、僅か数十秒。その後、誰も見ていないか首を動かす。


どうやら誰も気にしていない様子。僕は下手にここへとどまらず、夕ご飯を求める列へと紛れ込んだ。二分で厨房へ着いた。トレーを取り、ご飯を置いて行く。内容は朝と変わりない。


そして所定の席へと座る。飯を食べる。まずかった。一種の拷問とも思えるほどに。総勢、浮かない顔つき。朝のあの嫌な感覚が、また襲い掛かってきた。まるで嫌な記憶を唐突に思い出してしまったかのように。


チョコを早く摂取したいと、脳が指令を出していた。しかしない。僕は気を紛らわすため、さっきの紙の切れ端を取り出し、内容を読む。


「取りあえずはウィズ、そして外で作業していたミルに事情を話しました。彼等は肯いてくれましたよ。特にウィズは明日、手紙でやり取りしたいと。後、ミチルは女子寮に。しかしアムの場所は分かりませんでした。ご返事をまたゴミ箱の下で。」


そこで手紙は終わっていた。僕はウィズ達の接触、そしてミチルの居場所など分かって、少しほっとした。アムの居場所がまだつかめていないが。それでも食はある程度、進んだ。食べ終わる。


隊員達が食べ物を残していないか確認すると、まるで追い出すかのように、収容者達を退出させた。


皆は喪失とした面をしながら、自分たちの部屋へと戻っていった。防犯カメラがお帰りと、嘲笑いながら問いかけているようだった。


僕は元居た部屋へと入る。ルームメイトも入ってくる。四人全員が入り終わる。すると強制的にドアが閉まった。勢いよく、ガチャンと音を立てて。


その音を聞きながら、僕達は隅にまとめられた、汗水染みた布団を引く。ルームメイトは喋る余力、そして僕を殴る余力さえ感じられなかった。


そして引き終わると、皆はその上へ飛び込んだ。目を瞑る。電気が落ちたか分からなかった。けれどどうでも良かった。暗闇の中へ落ちるだけで十分。そのまま眠りに落ちた。
























































 




 



















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