第14話
部屋は広々。しかし天井はそこらにある物件より低い。隊員が左右の壁、五人ずつ、張り付くように立っている。そのおかけか、部屋全体が温められていた。だが生暖かく、僕のとっては気持ちが悪い。
白色の蛍光灯が嫌に光る。すると奥、ミハイルがポツンと立っていた。だがそれよりも、彼の横に置いてある椅子。
そこに一人の女性が座っていた。しかし目と口に、黒い帯が巻かれている。茶色に染めあがった長髪。水色のすっきりとしたワンピースを着用。茶色のローヒールを履いている。
僕はその女性の風貌を一目見ただけで、それがアムだと分かった。「アム!」突拍子な声を上げる。隊員がその声に呼応したのか、銃口を更に押し付けた。僕は気持ちを落ち着かせる。
アムは僕の声が聞こえたのか、もにょもにょと口を動かす。しかし帯が巻かれ、声が出せない。するとミハイルが彼女の代弁者とでも言うように、口を開いた。
「罠に掛ってくれてありがとう、カズヤ。これで目的を果たせそうだ。」「礼などまた後だ。それよりも、どうしたアムがそこにいる?」「機密文書を持ち出そうとしたからさ。だから一度、拘束した。」ミハイルは左手を、アムの右肩に優しく乗せる。
彼女はぴくっと、まるで魚が跳ねたかのような反応を見せた。ミハイルは話を続ける。「そして機密文書を渡そうとした奴らを誘き出すため、アムに手伝ってもらった。」
「そうなると、これで予定調和と言うわけか…。」僕は呟く。するとウィズが割って話す。「ならばどうしたい?誘き出したいだけだったのか?」
「いいや。そんな失礼なことはしないさ。少し話し合いがしたいと思っただけだ。」と、ミハイルは言いながら、僕達が立つ所へ向かう。「しかし物騒だ。もう少し柔らかければ、落ち着けるのだが…。」僕は辺りをキョロキョロと見渡しながら、話す。
隊員は見放さんと、面持って言うかのように、僕をじっと睨んでいる。やはり下手な行動は出来ない。そしてそれはウィズ、ミルも同様だった。
そんな姿をミハイルは嘲笑いながら、僕の目の前で止まった。「残念だが、逃げると言う選択肢は、今回の話し合いの内容には入っていない。」「期待していたんだが…。それで内容は。早く話してくれないと、心が焦る。」僕は右足と揺さぶりながら、そう話す。
「ならば単刀直入に言う。これから救済施設へと入れ。」ミハイルは背筋を限界まで伸ばし、目力ある両目を僕の顔へ投げかけた。それは受け入れろと、諦めろと言うように。
しかし僕、ウィズ達には到底承諾できない物だった。僕は話す。「…。さすがにあんな暴力が渦巻く行政施設には入れられたくない。」「カズヤの意見に賛成だ。私も低調に断る。」と、ウィズは物珍しく、僕の意見に理解を示した。ミルも無言で、力強く肯く。
ミハイルはそれを聞き、頭を抱えた。一方、ミカも期待外れだと言うように、両目を瞼を半分閉じ、呆れかえっていた。
「ならば強制的に連れて行くまでだ。ここで殺すのは惜しい。やはり教育を受けなければ。清く清潔なる教えを…。」と、ミハイルは両手にはめた手袋を、そっと脱ぎ捨てた。
それはミカも。しかし彼女は手袋を内ポケットに入れる。そしてそれらに呼応するように、隊員達が各自、自分の得意な武器を取り出し、構えた。
しかし僕達は銃口に睨まれ、身動きさえ取れない。軽く息を吸う。手袋さえ脱ぎ捨てることが出来ない。
銃口がさらに圧を駆ける。汗が僕の首筋を通り、服の下へと流れていく。その時、僕の後ろにいた隊員が突如、体勢を崩す。それは何かに当たったかのように。微々たるものだったが、おかけで銃口の圧がなくなった。
僕はそんな好機を逃さなかった。後ろを振り向く。すると出入口の扉、底に小さな人影が薄っすと見える。しかし僕の注目は後ろの隊員。彼の右腕を強引に持つ。そして息つく暇もなく、背負い投げをした。
隊員は口をポカンと、何が起こっているのかわかってない表情を見せる。そしてミハイルのすぐそばで、背中から落ちた。そのせいか、ミハイルの動きは鈍った。
ウィズ達もこの混乱のさなか、後ろにへばりついていた隊員をなぎ倒す。すると周りの隊員達がまるで機械の如く、動き出した。発砲音がうるさく、まるで稲妻の轟きの如く響いた。
僕は飛び交う銃弾の中、ウィズ達を見る。彼等もへばりついていた隊員を払いのけていた。だが近くにいたミカが襲い掛かり、苦戦している様子だった。
しかし僕も一言ではない。隊員が棍棒を持ち、通せんぼと言わんばかりに、僕に襲ってくる。だが血に飢えた棍棒を、右腕で防ぐ。鉄を勢い良く叩いた音が、戦場と化した部屋に響く。
痛みが走る。しかし空いている左手に拳を作り、それを隊員の懐へ押し込んだ。倒れこむ。数センチ吹き飛ばされた。
しかし脅威はまだ終わらない。後ろからまるで馬の如く、軽やかで爽快な足音が聞こえてきた。僕はぐいと、体全体をその方向へと向けた。
ミハイルが迫る。もはや寸前まで。そして彼の右手で、僕の頭を思いっきりチョップした。かち割れそうな痛さが頭全体を支配する。
僕は体勢を崩し倒れそうになった。しかしぐっとこらえる。そのまま左手をピンと伸ばし、刃先へと変化させた。そしてミハイルの猛攻を耐えようと、前面へ持ってくる。
するとミハイル。彼も左腕を刃先へ変え、渾身の一撃を叩きこもうとした。刃と刃がぶつかる。黒板をひっかいたような嫌な音が脳を刺激した。僕はミハイルの目を見る。
輝いていた。一直線に僕の顔へ投げかけている。まるで永遠に見逃がさないと言う風に。僕はそんな目線を見つめる他なかった。
押し込まれていく。まるで前面にある壁がゆっくりと、体を押しつぶしていくかのように。そして押し込まれた。僕は体勢を崩しそうになる。更に追い打ちをかけるかのように、隊員が棍棒で右肩を、思いっきり叩いた。それは機械と肉体の間を器用に。
肉体から響く痛みは、鋼鉄とはまた別の趣を感じられる。棍棒を叩いた隊員は満足そうな笑みを浮かべる。しかし油断した。
僕は倒れる体を踏ん張る。そして体を捻り、元に戻した左手を、隊員の腹へ直撃させた。隊員は電気ショック流れ倒れる。その時、持っていた棍棒を、僕の右腕が掴んだ。
ミハイルがいる方へ向く。その直後、思いっきり棍棒の先を、彼の左腕へ叩き込んだ。彼は口を噛み締め、腕から響く痛みに耐える。しかし怯んだ。僕はその隙に叩きこもうと、左手を器用に刃先に変える。
だがそれを邪魔するかの如く、別の隊員が拳銃を発砲した。弾丸が左腕に当たる。そのおかげで刃先が、ミハイルの右腕の横を素通りする。空気を裂く、無慈悲な音が聞こえた。
ミハイルは笑う。そして両手を握り、鉄の玉と化した両手を、僕の頭目掛け落とそうとした。
するとその直後、僕の足元からそそくさと、何かが駆ける。まるでタイミングを見計らったかのように。ブロンド色に染まる髪が目立つ。
と、同時。ミハイルの足元へ、何かとがったものを刺した。お皿の破片のようだった。彼は突如として襲い掛かった痛みに、抵抗できなかった。そのまま雲散霧消の如く、鉄の玉のような両手は消え去った。
僕はよろめいたミハイルを、もう一度棍棒で叩いた。それは首元目掛けて。そして当たる。まるで勢い良く振り下ろした斧のように。彼は唸り声を上げながら、反対側からバタンと、冷たい床へ倒れた。
僕は歯の隙間から蒸気のような息を吐く。そしてミハイルが立っていた足元を振り向く。そこにはボロボロの黒のキャップを被った少女がいた。彼女は話す。
「大丈夫…。」ミチルの少し尖った声だった。「来たのか…。」僕は呟く。だがそれは足音に遮られた。
僕は横から迫りくる隊員を目視する。そして彼が近づいた瞬間、右足の踵部分で思いっきり蹴り込む。隊員は千切れたトレーニング用サンドバックの如く、倒れこんだ。
そしてすぐさまミチルへ近づき、耳元でこそこそと早口で呟いた。「外の様子はどうだった?」ミチルも僕に習って、早口で答える。「居たよ。かなりの数が。でも詳しくは分からない。」
僕は肯く。そしてウィズ達がいる所へ向く。ウィズは今、ミカと交戦中。彼女は右腕を刃へ変形させ、猛威を振るっている。一方、ミルはまだいる隊員に手こずる。しかし彼等の下には既に、隊員が屍の如く寝っ転がっていた。
僕は館の恩返しをするため、左手の人差し指をミカへ向け、放った。銃弾が空気を裂く。それは前面にいた隊員の脇をすり抜け、ミカの左肩へと。そして着弾する時、彼女はウィズの心臓へ刃先を挿す直前だった。
しかしそれは阻止される。ミカは何故だと、困惑した様子。しかしウィズは命が助かり、落ち着いた様子。
僕は彼の命が救われた事を確認した後、ミチルにこう言う。「隠れておいた方がいい。」その後、すぐさまアムの元へ向かう。今、彼女は目と口を縛られ、何も分かっていない。滑り込むようにして走る。そのおかけで、三秒で椅子の傍らへ着いた。
アムの手足、縛られた紐を解く。だがその最中、まるでドッチボールのように、弾丸は僕の左肩へ激突した。反動、痛みが激しく左腕に伝わる。僕は弾丸が飛んできた方向へ、皴寄せた両目を向ける。
ミカが唇を結び、人差し指の先を向けてこちらを睨みつけていた。それはもう容赦はしないと言う風に。「諦めなければ神は見放さない。それは昔から信じられてきたこと。だから私は。」と、唐突に決意表明を掲げたミカが突如、こちらへ突進してきた。
それは狂気に身を包まれながら。僕は目を大きく見開く。ウィズとミルは彼女を食い止めようとするが、残りの根気ある隊員に道を阻まれ、食い止められない。そして僕は彼女の突進をもろに喰らった。
唸り声を上げる。そのまま背面を勢いよく激突させ、地面へ倒れこんだ。天井から放たれる、白色に輝く光を体一面に容赦なく受ける。黒い人影が右上から姿を現した。その人影は話す。
「あなたは私の憧れの人でした。常日頃努力して、鍛錬しているその姿が。」「まさかこんな状況で、ご褒めに至れるとは。何か目的でも?」「いいえ。ただ裏切り者になったあなたに花を添えたくて。」と、ミカは話しながら、右手を拳銃の形へと変える。続けてこう話す。
「今は複雑な気分。でも、今はもう吹っ切れた。だからここで殺す。フォドは裏切り者を許さない。」迫力があり、決意を含んだ力強い言葉だった。
僕は圧倒されるかの如く、唇を噛み締める。だがそんな彼女の決意の為に、ここで殺されるわけにはいかない。僕にもやるべきことがある。
そして僕は残り三発しかない弾丸を使おうと、彼女と同じく人差し指を向けた。しかしミカの方が数秒早い。そして潤沢にある一つの弾丸を、彼女は僕に向けてはなった。
だがそれと同時、また鼠のような、こそこそとした足音が聞こえてきた。と、次の瞬間、ミカの右足が、何か硬い棒で思いっきり叩かれた。
彼女は悲鳴を上げ、左側へフェードアウトしていく。発射された弾丸は軌道をずれ、僕の左脇の床に激突した。
「ミチルには何度も助けられる。」僕は重苦しい体を、強引に素早く動かし立ちあがる。ミチルが小さな両肩を、必死に上げ下げしていた。彼女は倒れるミカから僕へ、つぶらな瞳を投げかけた。
「これくらいは、余裕だよ。」僕は肯く。そして気を取り直すかのように、アムの所へ再度、向かったのような足取り。余りにの長い戦闘。
しかしそれも終わりを迎えた。隊員の数が減少。床が紺の制服で覆われている。僕はアムの縛られらた手足。そして目と口に巻かれていた帯をさっと取った。
アムの黒い瞳が大きく開く。小さな口がまるで掃除機の如く、息を吸い込もうとする。「大丈夫か?」僕は早口で語り掛ける。「え、えぇ、救ってくれると信じていましたわ。」アムは安堵に包まれた声を出す。
そして僕の肩を持ち、立ちあがった。倒れる隊員の下を通っていく。気絶している者もいれば、血を流して倒れる者もいた。
「何故、ばれた?」僕はアムに呟く。「私の不手際よ。」と、喉の奥底から声を出すかのような話し方で、アムは喋る。「と、なるとジャックも。」「いいえ。その隊員はばれてはいませんわ。」
「本当か?」「嘘を吐いたからよ。質問された時、嘘を吐いた。」「ならば大乗そうだ。」僕はそう話した後、ウィズとミルを見る。
彼等は荒い息を吐き、疲れている様子。近づく。そしてウィズにこう話す。「早くここから脱出しよう。どうやら増援が外へいるらしい。」
「そうなれば、早くここからおさらばだ。共に屍にはなりたくない。」ウィズはミルの肩をポンと触る。ミルは肯く。
僕はミチルを呼び寄せ、アムと共にこの死体置き場となっている部屋から出ようとする。しかしそれは後ろから後ろから来た何かに阻止された。
僕の両脇に硬く冷たい物が入る。そしてそれが上へと、まるでエレベーターの如く上がった。そのせいで僕の肩から、アムの細い手がひらりと落ちた。彼女は悲鳴を上げながら、隊員が倒れる床へ転がり落ちる。
一体誰が、こんな求愛行動まがいの事をするのか。僕は振り向く。そこにはミハイルが下唇を噛み締め、ギラギラとした目つきを僕へ向けていた。
「もうすぐ我々の仲間が到着する。裏切り者は逃さないぞ、カズヤ。聖人に戻すまでは。」「何度も言っているが、考え方一つ変われば、もう元には戻らない。だから話してくれ、ミハイル。」僕は懇願する。
しかしミハイルは更に締め付ける。まるで首に巻きつく大蛇のように。ミカ、ミチルは唖然とする。ウィズはミハイルをこの機会に狙い撃ちしようと、拳銃を左手に持った。
だが彼が軽い引き金を引こうとした時、別の方向から引き金を引く音が聞こえた。ウィズはその音と共に、隊員倒れる屍の床へ倒れこんだ。まるで道ずれと言う風に。
僕はその音が鳴り響いた方向を、見える限り見渡す。すると東の方角。若々しい顔つきの隊員が、震える右手に38経口リボルバーを持っていた。
煙が上へ、まるでタバコのように上へ昇っていく。ミハイルはその様子に満足な様子。しかし仲間のミルは鬼の形相。そして報復の為、容赦なく拳銃を取り出し、発砲した。
隊員は額を貫かれ、死亡する。発砲音の残響が谺のように響き渡る。だがその音は、突如として室内に入ってきた、八人の隊員達によって、全てかき消された。
皆、血に飢えた棍棒を手に持っている。僕は弾のような汗が止まらない。遅かった。心の中がそれ一色に支配される。それは足元で茫然としているアム達も。
しかしミハイルは興奮を抑えきれていない。嬉しそうな声が後ろか聞こえる。「彼等を施設へ連れて行け。そしてミカを治療室へ。後は私が処分しておく。」
命令を聞いた隊員達は直ちに僕達を捕縛しにかかった。その時の隊員達はウキウキしていた。戦意喪失していることを見て取ると。僕達は何も出来なかった。下手に動く力も残っていない。絶望と沈黙。ウィズは強引に立たされ、ミルは弱らせるために棍棒で殴る。
ミチルは抵抗するが、がたい良い男に何も出来ない。アムはやはりハイドの娘なのか、丁寧に連れて行かれる。
僕はその阿鼻叫喚な光景をただ見下ろすしなかった。するとミハイルが僕に向けて話し出す。「今度は監獄で会おう。元、友よ。」
しかし僕は疲労でろくに物も喋れなかった。ただミハイルを横目で見る。彼の目は澱んでいたが、それでいてしっかりとしていた。そのまま僕の連行されていった。
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