第13話
ハイウェイがまるで紐のように絡み合う。その脇の歩道には、僕、高級なスーツや、お洒落な洋服を身にまとう紳士淑女が闊歩する。それらを三十階建ての高層ビル群や、まるで弧を描くような構造のこのビルが、まるで冷えた街を強引に温めるように密集していた。
その一群の光景は、第三地区や第四地区の展望とはかけ離れた美麗さだった。しかし僕の目には、まるで無理矢理メッキを塗って、誤魔化している様にしか見えなかった。
最新型の列車が、ビルの合間を縫って走る。僕はその下を駆けていく。そして東へ数十メートル進んだ。人が少なくなる。同時に古びた二階建てのビルが立ち並んでいく。それらが黄金色の光に当たり、不気味に美しく影を落としていた。
僕は心の何処かで落ち着きがあるなと思いながら、走る速度を上げる。ビル群の暗い影が、道を全て黒く染め上げる。しかし隙間、隙間に、橙色の光が、まるで貫通するかの如く、光っていた。
何処かの会社の社員がはぁはぁとため息を吐きながら、その上を容赦なく踏んでいく。僕も同じく踏んでいく。
そして左の角を曲がった先、遂に目的の建物を実物で見ることが出来た。そこはアパートのようで、箱型。三階建て位で縦に細長い。しかし壁のにはひびが入り、手入れされていない様子。おまけに人の気配もない。
僕は谷間を見上げるかのように、それを一瞥する。入り口がぽっかりと口を開き、獲物を待っている。光が漏れている。そこへ焦点を合わせ、歩いて行く。僅か二十秒で入り口前へ着いた。僕は吸い込まれていくように、その中へ入って行く。
エントランスはとても簡素。左側に二階へ続く階段、右側にはロッカーなど在り来たりなものしかない。どちらかと言うよ、アパートのような作り。そしてそれらに挟まれる様にある通路は狭く、頑張っても一人しか通れないほどだった。
白色に光り輝く蛍光灯が、エントランスを一色に照らす。しかし蛍光灯の寿命が短い、一定のリズムで点滅を繰り返していた。
僕はこんな所にあるのかと、一末の不安を覚えた。隊員の数か少ない。しかしフォドなら作りかねないと、若干の期待を寄せる。
そして歩き出した。トン、トンといつもなら聞こえにくい音が、否応に耳の中へ入ってくる。僕は辺りを慎重に見渡す。するとロッカーが途切れる隅、何か大きな物がうずくまっていた。
紺色の制服が目立つ。僕は忍び寄る。そうして近づいて行くにつれ、全貌がはっきりと分かってきた。フォドの隊員だった。仰向けになって倒れている。
僕はそばでしゃがみ込み、検分する。まるで検死を行うかのように。気絶していた。誰かに殴られでもしたのだろう。そうなれば、ここを赤の他人が訪れた事となる。
恐らくはウィズ達だろう。こんな物騒で何もないビルを訪れる奴は、他にはない。僕は視線を通路の奥へ向ける。数メートル先、左へ折れ曲がっている。僕は立ちあがり、その折れ曲がる場所まで進んだ。
するとそこには地下へ続く階段が続いている。段数は二十段くらいあり、周りで輝く蛍光灯が不気味さを強調する。まるで奈落の底へ続いていそうだ。
僕は息を呑み、一段一段、階段を下っていく。プラスチックを踏む、あの硬い音が階段全体に響き渡る。普段であれば気にしない音。しかし白色に照らされ、何処へ続いているか分からない階段を下っている時には、恐ろしく聞こえた。
背筋は少し凍る。全身に鳥肌が立つ。僕はそれでも下っていく。そして最下層に付いた。通路が一メートル続いている。幅は入り口とそこまで変わらない。
ドアが所々、両壁に埋め込まれている。どれもくすんだ青色のプラスチック。天井から放つ、蛍光灯の光がその色を強める。僕はステレンス製の床の上を、足音を立てずに、先へ進む。
恐らくこの通路に埋め込まれたドアには何もない。カードキーを使う部分がないからだ。僕は息を止めながら、奥へ奥へ進む。と、その時。右側、軋む音が聞こえた。僕の体は一瞬、固まる。まるで冷気に長時間さらされ、身動きが取れなくなったかのように。
しかし首は健在。僕はゆっくりと振り向く。黒のコートを着た三十代の男が拳銃を構えていた。先が茶色がかった短髪。サファイアのような青い目がこちらを睨みつける。
僕は見た瞬間、ウィズと共にいた仲間だと分かった。固まった体が徐々に柔らかくなる。熱風にさらされたかのように。僕は体をそっと、彼に向け、両腕を上げる。「あの時の執事さん。今日はどうやら硬い恰好をして基地の散策ですか。」
しかし男は喋らない。口をきゅっと結んでいる。解けそうにない。無口か口が堅いか、どっちだろうと僕は一人思考した。
そんな時、男が出てきた扉から、また一人出てきた。どことなく生意気な声を乗せて。「フォドの館ぶりかな、カズヤ。」ウィズだった。
「どうやら安全に脱出したらしいな。」と、僕は話す。ウィズは右目をさっと閉じ、ウィンクする。そして男に対し、こう言った。「ミル。もう銃を下ろせ。」
ミルは素直に下ろす。まるで飼いならされているように。「紹介しよう、ミル・アハザ。私の仲間だ。」と、ウィズは彼の代わりに自己紹介を軽く済ました。
「頼もしそうだ。フォド壊滅の間、よろしく。」僕は左手を差し出し、手袋沿いに握手を求めた。しかしミルは不服な顔つき。右目に皴を寄せ、口をへの字に曲げている。するとその口が元に戻り、唇を動かした。
「何故、握手しなければならない?俺とお前は敵同士だ。今はウィズに出来るだけ打つなと、命令されてはいるが。いずれは打つ。」
余りの言いよう。僕は返す言葉さへ見つからなかった。ただ左手を引っ込める、それしか出来なかった。
ウィズはその僕達の様子をただ、真顔で見つめる。そしてミルの左肩を通り、僕の目の前で立ち止まる。そして話が終わった瞬間、彼は口を開いた。
「それで唐突だが、貴様はどうやってここへ来た?」「専属のパトロンが付いたのさ。」と、僕は傷ついた心を落ち着かせ、そう話す。
「ほぉ、遂に貴様も仲間を引き連れるようになったか。一匹狼も限界か?」「それはない、たまたまだ。」「そうか。」「で、何故ウィズはここへ来た?」僕は首を傾げる。
「何者かが招待状を送ってきた。差出人は協力者A。最初は何のことか、さっぱり分からなかった。だが手紙の内容を読んだ後、重要拠点の基地だと分かった。だからこの場所へ来たわけだ。」ウィズは簡潔に事のいきさつを説明する。
僕はそれを聞き納得する。そしてその協力者Aはアムの事だと察した。しかし何故、彼等にも送ったのか分からなかった。僕は話を聞き終わり、話す。
「ならばどちらにしろ、共に進むのが良いだろう。嫌悪していてもだ。」「ふっ、口がうまい。」ウィズは僕の言動に一笑する。そうして僕達はウィズの一派と共に行動することとなった。
皆で右側へ続く通路へ向かう。そして僕達はその通路へ飛び込んだ。すると左奥、ドアが一つ備え付けられてあった。
「あそこの奥かな?」ウィズが呟く。「しかし余りに都合が良すぎないか?」僕は不安を拭い切れていな物言いで話す。
「ある意味その通りだ。重要と言う割には余りに簡素で雑。防犯カメラもない。警備している隊員も一人…。だがやはり気になる。」「僕も同意見だ。」
そのまま僕達は奥のドアへ進む。そして後、数歩と言う所、ミルが呟く。「俺が先に行きます。」ウィズは肯く。僕も肯く。ミルは僕に対し、怪訝な顔つきを見ながら、先頭を歩く。
彼の少し大きな手が、ドアノブの鉄の部分を覆い隠す。僕達はミルの背中へそそくさと、橋渡りの如く移る。ミルはそれを確認すると、ドアノブを右へ回転させる。軽い音を鳴らしながら、ロックが外れる。内向きへドアが開く。
ドアが完全に開いた。するとその前、ミカが待ち構えるように立っていた。僕達一行はそれを見た途端、反射的に後ろへ引き下がった。まさかこんな間近で堂々と、身構えているとは。驚きの色を隠せない。
「どうぞ、よくお越しくださいました、皆さま。」ミカは感謝と皮肉を込たような口調で、一礼する。
「まさかフォドの隊長。ミカ様が出迎えてくれるとは。」と、僕は話す。「たとえ私は敵であろうと、ご丁寧に出迎えます。私の流儀です。」「それはとても良い流儀だ。それで重要拠点は何処にある?」僕は一末の不安を頭の中で巡らせながら、一度聞いてみる。
ミカは僕の様子が可愛いのか愚かなのか、クスッと笑う。「基地ならば地図に書いていたでしょう。」「どうやら僕達は上手く毒リンゴに誘われたらしい。」僕は全ての事情を察し、無表情でウィズ達に話す。
するとウィズが口を開く。「ならばあの招待状を送ったのは貴様か?」「えぇ、住所を特定してもらってね。やはり客は多い方がいい。」「もはやフォドもストーカーと成り下がったか。」ウィズはそう話しながら、僕の左肩に手を乗せる。
それは逃げるぞと、手の圧力で伝えていた。僕は肯く。ミルも分かったか肯く。そしてスターとダッシュを可憐に決めようと、全速力で走ろうとした。
だが、それは不可能に近かった。銃口が僕の脊髄に強く当てられた。両足が棒になったかのように止まる。それはウィズ達も同じ。体が固まっていた。ミカは両腕を組み、高見の見物でそれを見る。
僕は首を後ろへ振り向く。少し皴の寄った隊員の顔が、僕をじっと見つめていた。色褪せた唇の下から、歯がちらっと見える。
「それでは中へ。準備は整っていますわ。」ミカは支配人如く紳士に、中へ招切れようとする。僕達はおめおめと従うしか他なかった。
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