第12話

  人の気配が少ない。今、僕は待ち合わせ場所の雑貨屋前へ来ていた。辺りは老朽化化した建物が立ち並び、一見廃墟か判別できない位だった。それはこの雑貨屋も言い当てはまることだった。


僕は眉間を右手でつまむ。機能の疲れがまだ取れ切っていない。その時、足音が右側から聞こえてきた。無音なこの一帯に、足音が否応なく響く。僕は音がする方向へ顔を向けた。


 紺色のジャンパーを羽織る青年が一人、そこにいた。帽子を深く被り、顔は見えない。見た目は他のフォド隊員と遜色はほとんど無かった。僕は一瞬、警戒した。だがある物を見て警戒心を解く。


それは右手に硬く握り閉められているA四サイズの封筒。あれがアムの言っていた資料だと、僕は感づいた。


「あんたがカズヤか。」男が近づき、半ば訛った声色で耳元でそう囁く。「そうだ。」僕は軽く頷きながら、男の顔を覗き込む。顔つきは十代後半の若々しく、未熟な様子が目立つ。


黒い両目が力強く引き閉まり、それでいてうわべつらのように見える。鼻は低めで、顎はがっしりと頑丈に見えた。だがそれとは裏腹に、全体的に顔はやせ細っていた。あまり物を食べていない様子にも見えた。


「なるほど。それじゃ、この封筒を渡してもよさそうだな。」と、男は同時に手に持つA四サイズの封筒をこちらへ手渡した。僕はそれを手に取る。薄かったが厚さはあった。


「この中には最重要拠点の場所、構造に例の救済計画の全貌。そして拠点の入り口のドアのロックを解くカードが入っていますぜ。」と、男は坦々と話す。そして続けてこう話した。「それでもう一つ。いきなりと思うかもしれないが。お嬢さんから、日が暮れる前に重要拠点へ行ってくれのことだ。俺も途中までは着いて行きますから。」


「分かった…。僕もどちらにしろ早めに乗り込むつもりだった。しかし君は途中までなのか?」僕は首を傾げる。「俺にも用事がありますからね。それにあまり迂闊な行動をすればばれかねませんから。」


「なるほどな…。そっちにはそっちの事情があると言う事か。」「まぁ、そうですね。」「まぁ、僕には関係ないことだが…。」「そのあしらう態度。流石、フォドと一人で戦う英雄だけありますね。」


「英雄か…。だがしかし君はフォドの隊員。僕みたいなのを英雄と祭り上げてもいいのかな?」「確かに俺はフォド隊員だが、もう忠誠心も何もない。あんたと同じだ、カズヤ。」


「名前を知っているのか?」「そりゃ、フォドでは悪い意味で有名ですよ。でもフォドに不満を持っている者の一部分では、英雄的存在として扱われているのも事実です。」


「英雄的存在か…。それでその不満を持っている奴らをアムがかき集めたと言うわけか。」「まぁ、そんなもんです。」と、言いながらジャックは辺りをちらちらと執念深く見渡した。


「どうした?」「あまり長居は良くないですからね。」「それもそうだ。それじゃ、もうこの辺で別れた方がよさそうだ。」


「カズヤさんの言う通りですね。じゃ、俺はこの辺で。頑張ってください。」「だが最後に名前を聞かせてほしい。」「おっと、そうでしたね。俺の名はジャック・ウォール。ジャックと呼んでくれ。」「ジャック。これからもよろしく。」「あぁ、これからもよろしくだ。兄貴。」僕達は軽く握手を交わす。


そして手を離し、ジャックは背を向ける。それからそそくさと来た道を戻っていった。僕は少し生意気な奴だと思いつつも、頼りになると確信した。


彼は物陰に隠れ、見えなくなる。僕はそれを確認すると、急ぎ足で廃墟へ戻った。そして物の数分で廃墟に付いた。


中に入る。居間にはミチルが座っていた「帰ってきた。」僕は一言、伝える。「おかえり。それで手に持っている資料は?」「大切なものだ。」「見ていいかな?」「別に見てもいい。分かるかは知らないが。」


そんな会話をしながら、僕達は資料を確認するため封を切った。中から三枚の厚い資料、紺色一色のカードキーが一枚出てきた。


僕達はまず資料を手に取り、一枚、また一枚と、丁寧に見ていく。重要拠点の場所の場所は第二地区の東、エルベイ町のビルの下。構造は地下へ三階。僕はふむふむと、うなずきながら見ていく。


するとそれを横目で見つめていたミチルが話しかけてくる。「こんな所に本当にあるのかな?」「あるだろう。そうでなければこの資料の意味がない。」「ふーん…。でも余りに上手く行き過ぎじゃない?そんな重要拠点?なんてたかが資料三枚で収まる物なのかな。」ミチルは一人、まるで物理理論を考える学者のように、頭を悩ました。


僕は資料を見ながら、彼女に話しかける。「…。しかし僕は甘い果実を見過ごしてはいられない。それに第二地区は最近、警備の数が増えた。フォドならそこに身構えるさ。」「意外と真面目だね。まぁ、幸運を祈るよ。」ミチルは余りに素っ気ない返事を返した。


「物分かりがいいな。」と、僕は一言呟いた。そして僕達はすべての資料を読み終わった。「これで全部読み終わったね。それでどうするの?」「とりあえず、ノーヴィル第二地区に繋がる境界線へ行く。」僕は資料をまとめながら、彼女に伝える。


「それはたいそうだね。でも、どうしてそこなの?」「待ち合わせの人物がいるからな。」


「なるほどね。それで何時行くの。」「日が暮れる前までだから、今から出ていく。」「ふーん。でもそううまくいくかな。だって、カズヤの顔は奴らに知られているんでしょ。」


「うまくいかせるしかないさ。」と、話ながら僕は立ちあがる。「そんなものなのかな。」ミチルは首を傾げた。


「そう言う物かもしれないな。それでどうする?行くか?」「…。やめておく。私にはそこまで投げ出せる覚悟はない。今があるからね。」ミチルは最後の最後まで戸惑いながらも、最終的にはそう断言した。「分かった。あまり無理はしない方がいいからな。」「うん…。」


 そうして会話を終えた僕は家を出た。ミチルは北へ向く窓にもたれかけ、景色を見つめていた。僕は彼女を一目見た後、ドアを閉めた。


そのまま廃墟を通り抜け、人が歩く道を通る。そして第二地区へ繋がる境界線へ着いた。そこは辺りが雑木林に囲まれ、空気がとても澄んでいた。


コンクリートで敷かれた道路が、雑木林と共に第二地区へ続いている。丘陵がその奥微かに見え、まるで峰々のように連なっていた。そこからさりげなくビルの頭が見えた。


 僕は両目をあちこちへ移動させた。ジャックは何処にいる?すると突然、左肩に圧力がかかった。僕はビクッとしながらも、後ろを振り向く。


ジャックだった。少し茶色に染まった歯を見せている。「兄貴。早いですね。」「体がうずうずしてたまらなかったからな。」「俺もそうです。」


「それじゃ、行こうか。ジャックが先へ歩いて行ってくれ。」「何故です?」「今日の主役だからな。」「おだてがうまいですね、兄貴は。」ジャックは余程嬉しかったのか、スキップするよう足を軽く浮かせながら歩いて行った。


僕もその後を着いて行こうとした。だが何か後ろの方が気になる。まるで誰かに見られているような。僕は歩く前、振り向く。しかし誰もいない。恐らく緊張して、フォドに見られている妄想をしているだけなのだろう。僕はそう思った。


一度、深呼吸をする。彼の後を着いて行った。木々が北風に吹かれ、カサカサと肌身が刺激されるような音を立てる。太陽が徐々に西へ傾き始めた。


 僕達は歩いて行く。その途中、僕は彼に話しかける。「ジャックはどうしてフォドを裏切ったんだ?」「前にも言った通り、嫌になったんですよ。最初、入ったときは人の役に立つためだったんです。フォドもそう言っていました。でも次第に組織の闇の部分が見えてきて…。そしてそれを平気で行う。だからなんです。」


「フォドは本気でそれが人の役に立っていると思い込んでいるふしがあるかなら。まぁ、僕も昔はそれに加担していたんだが…。」「そんなことはないと思いますがね。」「僕もそう思いたい。」


そんな会話を続けながら、僕達は雑木林を抜けた。その勢いで起伏する丘陵も抜けた。そうして目の前に、第二地区のビル群が現れ出た。


黄金色の陽光がガラス張りのビルに反射し、万華鏡のように煌びやかに輝いている。僕は左足を一歩、新しき世界へと踏み出そした。対するジャックは右足を。二人の靴裏は今まさに、新鮮な道へと踏み入れよとしていた。


だがそれを許さないかの如く、ジャックのポケットから携帯の着信音が鳴り響いた。彼は慌てる。そして足を引っ込め、携帯を取り出した。僕は左足だけ、新しき世界に突っ込み、そのまま固まってしまった。


彼は動揺と平静さを失った言動で、電話相手と話す。それは数分だった。ジャックは携帯をズボンへ戻す。そして僕を顔を見つめた。そこには悲しさと申し訳なさが入り混じる、悲痛な顔つきだった。


「それじゃ、俺の道案内はここまでですね…。」「仕方が無い。ここでばれるよりましだ。」僕は彼の事情を察する。


「本当は着いて行きたいんですが…。一応、フォドの隊員。迂闊には行動できません。」「普通はそうだろうな。」「すみません…。」「いや、いい。ここからは僕一人で行く。」僕は右足と左足を揃える。


「大丈夫ですか?」「あぁ、大丈夫さ。」「流石ですね。」ジャックは肯く。僕は彼の肯きを見た後、ビルが立ち並ぶ、第二地区へ単身飛び込んだ。エルベイ町がある東側へ。




















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