第11話
太陽が橙色に染まった。僕は館のある第二地区を駆けぬけ、ようやく三番街の空き家へ着いた。ぜいぜいと息を吐く。足が棒のように固くなっていた。
「やっぱり第二地区からここまで走り切るのは疲れる。」僕は愚痴を吐きながらも、残った力を振り絞り歩く。歩いた先には、我が家のマイホームが聳え立つ。
前面が日の光に当たり、大量の返り血を浴びたかのように赤かった。反面、当たらない場所はブラックホールのような暗闇が広がっていた。両極端と言う言葉がとても似合う情景だった。
僕はその光景を後にし、玄関口へ向かい入ろうとした。中へ入ると、奥にある居間から青白い光が輝いていた。僕は目を大きく見開く。誰かいるのかと、心の内で恐怖した。
それに何かの咀嚼音も聞こえてくる。何かを無我夢中で食べているようだった。背筋は次第に凍り始める。もしかしたら得体のしれない何かが、見つからないよう廃墟に隠れ、人間の肉を食べているのではないかと、頭の中で想像した。
しかしそれは余りに非現実的だった。疲れているのだろうと、瞼の開け閉じを繰り返す。そして心機一転、先へ進んでいった。好奇心と恐怖心が胸の中に湧いてくる。光と影が交互に交差する廊下が、その心理的作用をより深めた。
途中、強く踏み込んで廊下が軋む音が鳴った。しかし居間にいる何者かは、そんなことに興味はなかった。そのおかげか、後一歩進めば居間に入る距離まで迫ることが出来た。僕はドア枠から少し顔を覗かせる。
机の上でポーチライトが輝いている。その近くでこそこそと、何かを貪る何かがいた。周りには一つの缶詰が転がっている。
見た感じは人間だった。黒のキャップを被り、その下から漏れ出るブロンドの長髪が特徴的だった。
僕は途端に緊迫の縄が解け初める。安堵のため息を吐いた。そしてさっきの態度は一変、堂々と部屋の中へ入って行く。
「ミチル。」思い出深しい名前を呼びながら、貪る物の肩を触る。その者は一瞬、犬のように身震いした。「あっ、カズヤ!」と、調子の高い声色を出しながら、その者は振り向き顔を上げた。
黒く済んだ瞳に、鼻が低く少し幼い顔。まさしくミチルだった。「全く。一体何をやっているんだ?」僕は余りの安心感に、嬉しさの入り混じった声を抑えきれなかった。
「少しお腹が空いたから寄ったの。」「なるほど。それはさっきかい?」「昨日からよ。何処にも行く当てがなかったし。それに収穫も何も得られなかった。だから来たの。でも誰もいなかった。」
「そして中に入り、食べ物を貪っていたと。」「…。そうよ。」ミチルは顔を背け、唇を噛み締める。「別に勝手に侵入したことはどうでもいいさ。僕だって同じことをしている。しかし飯は困るな。飢え死にしてしまう。」
「…。うん、そうだね。」ミチルはそれを聞き、より唇を噛み締めた。僕はそれが彼女なりの謝り方だと薄々感づいた。
「まぁ、いいさ。でも今度から僕のいる時に食べてくれよ。」「カズヤ、優しいね。普通だったら説教するところだよ。」「僕には出来ないからさ。」そう一言、僕は呟いた。
「そう言えば、青年同盟団の基地へ行くって言っていたけれど。あれはどうだったの?」「返り討ちにされたさ。だから今、これだけボロボロなのさ。」僕は腑抜けた物言いを言いながら、力が抜けるようにその場に座り込んだ。
「そう。で、頭を冷やせた?」と、ミチルは心配もしていない、無表情な物言いで聞いてきた。「十分、冷やせたさ。」「じゃ、諦めるの?」「いいや、諦めない。」「馬鹿馬鹿しいわね。」
「そうかもな。」「まぁ、冷たい手を持つ兄ちゃんなら馬鹿馬鹿しいこともすると思うけれど。」「当たっているようだな。」僕は背筋を思いっきり伸ばしながら、そう話した。
そして伸ばした後、彼女の食べ刺しの缶詰を手に取る。中身は鯖の切り身だった。僕は手に取り食べる。ミチルは恨めしそうな表情で、食べる僕を見ていた。
しかし手は出さなかった。僕はそのおかげで残りを全部食べることが出来た。もうその頃になると、外で輝いていた光が消え去っていた。この居間も青白い光以外、暗闇に閉ざされていた。
僕の背筋が冷たくなる。やっぱり暗闇の廃墟は慣れない。「怖がっているの?」と、ミチルがからかうような口調で話した。「別に怖がっていないさ。それよりも明日に備えて寝ないといけない。」
「何かあるの?」「大切なことがあるのさ。」「また乗り込むの?」「その前段階だ。」「ふーん。もし私が付いて行きたいと言ったら?」「やめといたほうがいいと言うな。戦いは激しい。いくら子供一人でも守り切れる自信がない。」
「そう…。それじゃ、やめとく。」ミチルは素っ気なくそう答える。しかし戸惑いの念も感じられた。
僕は両肩を上げると同時に鼻息を漏らす。その後、僕達は眠りについた。布団の代わりにコートを体に掛ける。ミチルもその中に入る。少しは寒かったが、彼女とこの歴戦の熱がこもったおかげで暖かった。
僕は目を閉じようとする。しかしミチルの好意的な目線が気になり、目が閉じれなかった。僕は目を開き彼女を見つめる。
「まだ寝ないの?」幼さが残る声でミチルはそう聞いてきた。「どうやら眠れそうにない。君の目線が気になって。」と、僕は彼女に胸の内を話す。
「あら、可愛い。」ミチルはそれを聞き、笑い声に乗せながらそう話した。「君の方が十分可愛いさ。」と、僕は彼女と同じように笑い声に乗せ話す。
「これで安心して眠れるわ。」「僕も同じだ。」そこで僕達の会話は終わった。互いに体を抱き合う。それは数秒間。そして離した。満足感が心を支配する。そのおかけで深い眠りに誘う事が出来た。
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