第9話

 ステーキソースの匂いが空気に乗って、嗅覚を刺激した。僕はその匂いに釣られ、瞼をゆっくりと開ける。目の前には白濁の、何もない光景が広がっていた。まるで薄暗がりの砂風が舞う砂漠のように。


「ここが晩餐会が開催されている場所。しかし見えない。」僕は目をぱちぱちとさせる。少しずつ感覚が戻ってくる。同時に手と足が縛られている事、椅子に座っている事が分かった。


「かなりきつく縛られている。これじゃ解けそうにない。」と、一種諦めの風貌を見せた。だが一刻も早くここから脱出したい。起き上がってから徐々にその気持ちが強くなってくる。そうして結局、僕は両手、両足を必死に動かし、力尽くで解こうともがいた。


 しかし力が出ない。空腹と、身体全体の気怠さによって。するとその時、腹の虫が唸った。まるで大太鼓を勢いよく叩いた時のように。「そう言えばあの薄っぺらい菓子パン以降、何も食べていない…。」と、僕はソースの匂いを嗅ぎながら、唇を噛しみめながらそう思う。


腹の虫がまた鳴り響いた。それと同時に薄暗い視界が、まるで昼間の如く明るくなった。僕は急な視界の変化に目が付いて行けず、一度瞼を下げた。そしてまた瞼を上げる。


 白く、絹のようなテーブルクロスがまず瞳に映った。そして目の前にはお皿が二枚置かれている。一つはステーキソースがたっぷりとかかり、油の乗った肉厚があるステーキが乗ったお皿。もう一つは湯気の立つ、中央にバジルが振りかけられたホワイトスープだった。手前には、銀色に輝く鋭利なナイフやフォーク、スプーンが置かれている。


 その右横にはワイングラスが置かれ、神々しく輝くシャンパンが注がれていた。僕はそれらを見るとより腹の虫が唸りに唸る。我慢の限界が近づいてきた。それにつれ、手足を必死に動かす。しかし解けない。


 目の前に理想郷があるのに、どれだけ歩いても永遠に近づけない気が急ぐ感覚。それが今、僕の目の前で起こっていた。左側から嘲笑ともとれる、ドスの聞いた笑い声が聞こえてくる。


僕は顔を上げた。全長六メートルある長机が眼前と広がる。絹のテーブルクロスがまるで地平線のように見えた。と、ウェーブが目立つ黒髪のマイクが、ワイングラスを片手に持つ姿がちらりと見えた。


黒い皮手袋がいやに照り輝く。するとマイクは、僕が起き上がった事に気付く。食事中だったがグラスを置き、立ち上がる。僕の元へ近寄った。それからはまるで一つの彫刻芸術を見るかのように、僕を様々な角度から見渡した。


「全く、こうして殺人犯を縛り付けて見るもの悪くはない。」と、マイクは飯の種は出来たかのように僕を嘲笑った。僕は手を震わせ、床をただ睨みつけた。


「食事中に立ちあがるのは良くないわ。それは食後にいたしなさい、マイク。」甲高い声が左耳を刺激した。僕はその声がエリの物だと一発で分かった。顔を上げ、声がした方へと目線を向ける。肉厚のあるステーキをフォークに刺し、それを頬張るエリの姿がそこにあった。


「あぁ、すまない。少し興奮しすぎてマナーを忘れていた。」と、マイクはまるで注意された子供のように、そそくさと自分の席へ戻っていった。


「あぁ、目が覚めたさ。それでエリ、とりあえずこの縄を解いて起こしてくれないかな?これじゃ夕飯が食べれない。」と、僕はエリに懇願するよう、必死こいて手足を動かした。


「それは出来ないわ。今のあなたは所詮、裏切り者。そこでじっとしているのが一番よ。」と、エリは肉を呑み込んだ後、僕の懇願を容赦なく跳ね除けた。それは冷徹そのもの。希望を一瞬で打ち砕く位に。


僕は言葉さえ出なかった。ただ唇を噛み締めることしか出来ない。「そんな時、また左耳に声が響いた。それは奥から、そして聞き覚えがある声。ミハイルだ。僕は声がした方を振り向く。


 ミハイルが二メートル先にある椅子に座っているのが見えた。ワイングラスを片手に持ち、優雅にシャンパンを飲んでいる。


「君のその姿を見て、僕はいい気味だと思うね。だって後頭部を殴り倒したのだから。そのせいで今でも頭が痛む。だがやはり、元親友なのだろうか、見ていて気持ちの良い物でもない。」と、ミハイルはシャンパンを一口飲みこむと、まるで哲学を語る様にそう話した。


「…。あの時殴り倒したことは今でも後悔してしまうことがある。もう互いに敵同士なのに。今でもあの感触が焼き付いている。けれどこれを理由にもう一度仲間にしてくれだとか、許してくれだとか言うつもりは無い。それに敵対している以上、今後も殴り合いは続く。それでも話したのは、ただ言いたかっただけだ。」と、僕は冷静沈着に彼に語った。


 ミハイルは納得したのか、はたまた呆れたのか鼻から息を漏らす。僕はただミハイルを見つめる。するとミハイルの奥の方、誰も座っていない椅子が一つ置いてあった。それは皆が座っている椅子と同じだが、一種、独特な異才を放っていた。


僕はミハイルを見ながら、興味深くそれを見つめる。その時、後ろ側の壁。その左隅にある城門のようなドアから一人の男が入ってきた。白髪の髪が綺麗に整えられ、頬に皴がよる顔。それでいて顔つきはしっかりとしている。身にまとっている白のスーツにズボンはまるで白鳥の羽衣の如く綺麗だった。


 僕はその男を見た瞬間、心臓に矢が刺さったかの如く、痛くなった。それは彼が僕が座る椅子に近づくにつれて悪化していった。心臓の音が男の足音と同情する。そして男は背もたれの後ろに立った。


威圧感が僕の背筋を硬直させる。すると男は背を曲げ、僕に縛り付けられた縄を解いて行った。僕は汗を流し息を呑み、両瞼を上げ下げを繰り返した。


男は僕の怯える様子を鋭い眼差しで見つめながら、遂に硬く滑らかな縄が解けた。両手両足と共に。


「久しぶりだな、カズヤ。元気でやっていそうだな。この冷たく硬い手も熱を帯びている。」と、男は低音で重圧のある声音を出しながら話す。僕は鼻息を荒げながら、こくりと頷く。


 男はその反応を見るだけで満足だった。そのまま自分が座るべき椅子へ向かって行った。椅子を引き、その男は座る。その時、ミハイル達の空気が一変した。皆、真顔にになり男を見つめる。


「わが師、ハイドと共にあり。救済の道は己の身。そして未来は永劫なり。」皆は左手を握り胸に当て、まるで喊声の如く叫んだ。僕は余りに滑稽と思った。聞き捨てならない位に。しかし昔は僕もこう叫んでいたのかと思うと、心底恐ろしくなった。


 ハイドはただ目を瞑り、それを黙って聞いていた。叫び声が雲散霧消に空中へ消えていく。彼はその時を見て、そっと目を開ける。鋭く、光り輝く眼光が姿を現した。


「皆、肩の荷を下ろしてくれ。そして続きを味わってくれ。君達にはその資格がある。」と、ハイドは一種落ち着いた、威厳を保った風貌を見せていた。


 その後、僕へその眼光を向ける。「さぁ、マサヤも食べなさい。」「…。」僕は躊躇う。だが食欲には勝てない。僕は頬張った。ステーキをナイフで切り、刺し、口へ持っていく。頬張った。


その後、スープやシャンパンを飲む。冷めてはいたが美味しかった。それが何回も続く。余程お腹が空いていたのだろう。気づけばお皿には、ソースやスープの残りかすしかついていなかった。


僕はナプキンを手に取り、口に付いた残りかすをふき取る。ナプキンは汚れた。それを元の位置にまた戻す。ハイドを見つめた。彼ももう食べ終わり、ナプキンで口を拭いていた。


「マサヤ。どうだった外の世界は。」ハイドはナプキンを置き、語り掛ける。「暗雲が広がっていた。」「やはりそう思うか。私もマサヤと同じ気持ちだ。だから私は計画したのだ。」「救済計画を?」「そうだ。私は暗闇に閉ざされたノーヴィルに光を灯したい。そして落ち込む人々に祭を投げ与えたい。そのために五年前から着々と計画を推し進めてきた。」ハイドは残ったシャンパンを軽く一口飲む。


「しかし強制的で暴力じみた行為を行うことが、救済につながるのか?もはや僕がやってきた、そして今現在進行でやっていることが。」「ある程度の暴力は必要やむなしだ。閉め切られた部屋に光を灯すには、その原因となる遮られたものを破壊するしかない。」


「だがそれでは辺り一面にその遮られたものが辺り一面に散らばる。光が当たればそれが無惨に映る。そしてそれはガラスの破片ように茶地な物じゃない。」「ならば強引にでも拾い集めて処分すればいい。例えどんな手段使おうとも。私達ならできる。その頃にはフォドも活気が付いている。」


 そこで話は一旦終わった。僕は頭を抱え、やり場のない不鮮明な気持ちに襲われた。一方、ハイドは鋼鉄の心臓でも持っているかのような克己心を、悠々と見せつけていた。


 「話し合いは終わった。それじゃマサヤを処刑していいかな、ボス。私は腕を気づ付けられた。」と、マイクが隙を見るかのように、ハイドに向かって真摯に話しかけた。ハイドは一呼吸置く。それは戸惑っているように見えた。


すると左奥のドアが静かに開いた。そこから二人の執事が現れ出た。一人はガタイが良く、茶色がかった短髪。顔ががっしりとして、鼻が低い男。サファイアのような青い目がこちらを見つめる。頬は血色があり赤く、しっかりとしていた。


そしてもう一人、鉄のワゴンを押しながら入ってくる。ワゴンにはショートケーキが乗ったお皿が、全員分置かれていた。


「ご主人様。食後のデザートを持ってこられました。」と、ワゴンを押す執事は、冷静に、その意を伝える。僕はその執事の声に、聞き覚えがあった。姿をよく観察してみると、何処か懐かしの趣が感じられる。そしてそれがウィズだと、僕が気づいたのは、数十秒後だった。姿形は違うが、声の声音、左斜めに整えられた髪は紛れもなく彼のだった。


 ワゴンが止まる。鼻の低い男はお皿とフォークを手に取り、皆の前へ置いて行く。その間、皆は大人しくなった。だがミハイルだけは落ち着かなかった。ウィズを怪しげに見つめる。だがウィズはそんなことに動じないと、威勢を見せるため堂々とお皿とフォークを置いて行く。


 最後にお皿を置かれたのはミハイルだった。男は全員分置いたことを確認する。「では皆さま、ごゆっくりとお楽しみください。」と、ウィズは一礼すると、背中を向け、ワゴンが置そうとする。


男もウィズに続いて、部屋から出て行こうとする。ハイドの横をすれ違う。その時、黒の上着の内ポケットから何か取り出そうとした。それは繊細に、決して怪しまれないようにと。


僕の目は彼のその所業に惹かれた。そして男は何かを取り出そうとした。だがそれはミハイルが放つ、鶴の一声で阻止されてしまった。男はまるで銅像のように固まる。


「待て、執事。」「何でしょうか?」男は首だけを動かし、ミハイルを見る。「どうしてショートケーキの先の部分が左に向いている。いつもなら、いや彼の癖ならほんとは右側に向ける。」


「あら、そうでしたか。それはそれは失礼したしました。ミハイル様。どうやら今日は鈍っているようです。」男はおぼろげな返事を返す。


ウィズは凛然とした表情を少し崩す。やはり動揺は避けられない。ミハイルはより疑いの目を強める。「だったら調べたらいいんじゃありませんか。それくらいをする位なら別にいいでしょう?」ミカはミハイルの意見に賛同する。


「ならばいいだろう。」ハイドは動じず、ただミハイルに許可を与えた。「ありがたきお言葉。」ミハイルは立ちあがって、胸に手を当て敬礼する。その後、ミハイルはウィズへ向かう。


 室内全体の空気が緊迫に包まれる。息が苦しくなる位に。皆はミハイル達はを見つめる。僕は皆が見つめる中、そっとフォークを懐に隠した。いずれ何かには使えるだろうと思った。


 その間にもミハイルは男の胸元を探っていた。するとそこから一つの拳銃が出てきた。ミハイルは手袋越しに持ち、それをこねくり回すように見つめる。


「素晴らしいき骨董品だ。いくらで買えるか?」「ミハイル様。それは売り物ではありません。」男は片言で話す。


 それがウィズへの合図だった。彼は皆が男に気を取られるその時を狙い、拳銃を取り出した。。目にも見えぬ速さだ。そして銃口をハイドへ向ける。引き金を引く。銃声が、まるで風船が割れるかの如く、大きな音が響きわたる。


 皆は驚いた。しかしミハイルは、得意の反応速度で、すぐさまハイドの所へ向かう。そしてキーパーの如く、弾丸をはじき返した。


マイクはそのスーパープレイを拝見し、ミハイルの援護に向かおうと、自慢の張力かと言う風に、白いベールの上を飛び越えようとした。


僕はその時を狙った。懐から出したフォークを、彼の右足目掛け投げた。アーチェリーの如く。マイクは一つの事に夢中になり、もはや気づかない。そして彼が飛び降りる時、フォークの何本もの刃先が右足に刺さった。


 マイクは戸惑った表情を見せる。そのまま彼は、まるで航行不能となった飛行機のように、床へ落ちていった。同時にフォークも、虚しい音を立てて落ちていく。しかし仕事はしてくれた。


僕は彼が落ちた時、椅子からハッと立ち上がり、まるで鈍間な獲物を見つけた虎の如く、飛び掛かった。


「ここで決着を付けさせてもらう。」僕は彼を取り押さえながら、話す。「所詮憂さ晴らしが!」マイクは腕の力を上げ、僕を押し上げようとした。僕も負けじと劣らず力を上げる。モータの音が少々鳴り響く。


だが力はマイクが強かった。やはり片腕が壊れてていて力が出ない。そのまま押し切られた。僕は体勢を崩し、背中から倒れこんだ。「やはり不良品ごときで私を止めれなかったな。」マイクは仁王立ちをして、僕を見下した。


 僕は荒ぶる怒りを抑えるため一息、息を吸い込む。その頃、ウィズと男は共闘して、ミハイルと戦っている。銃声を鳴り響かし、隙を見たら格闘戦と、必死の攻防を繰り返していた。


一方、ミカはハイドを護る余り、加勢できなかった。そして身動きが取れていない。だがミカは何処からか取り出した小型マイクで何かを話している。


 僕は目を丸くした。でも今はこの状況をどうにかしなければならない。僕はマイクから離れるため、後ずさりする。しかし彼はそれを許さない。今度は僕が取り合抑えられられる番になってしまった。


「どうだ。それが己の限界だ。片腕に鉄の粗大ゴミを下げたお前如きには。」そうののしりながらマイクは一発、僕の顔面に拳を入れ込んだ。


顔全体に痛みが響く。しかしそれでも僕は腕の力を極限まで上げた。しかし押し切れない。やはりパワーが違いすぎると、悪戦苦闘した。


 マイクの顔が近づいてくる。その時、左腕が刃物に変わる。刃先が血を求めている。まるで飢えた吸血鬼の如く。


僕は顔の左頬を地面につけ、何とかふれんまいと抵抗する。しかし刃先がそれを許さない。僕の首筋に飛び込んだ。


だが僕はすかさず、右腕を首筋の前へ持っていく。キンと言う、細い何かが当たった音を立て、弾かれた。だがマイク。今度は右腕が刃物へと変わり、復讐と言わんばかりに襲い掛かった。


刃先が迫る。僕は左腕を、物凄い勢いで動かす。跳ね返る。左腕が弾かれる。そしてマイクは殺す勢いで、左の刃先をまた首筋へ、一太刀入れようとする。


僕は弾かれた左腕を動かそうとする。しかし敵の反応速度が速く、間に合わない。右腕は死に体。刃先が首元、ぎりぎりまで迫る。


その時、銃声が、まるで助けに来たぞと言うように、ミハイル側の方から響いた。マイクは振り向く。そして時を移さずして僕から両腕を離した。弾丸が彼の右腕に当たる。聞きなれた鉄の響きが目前に響き渡る。マイクは反動を受け、数センチ後ずさった。


僕は彼と同じくその方向へ顔を向ける。ウィズが拳銃を構えている姿がそこにあった。けれどそれはミハイルが襲い掛かって、一瞬の光景となってしまった。


そのまま僕は立ちあがる。「カズヤ!」捨て台詞を吐くように、マイクの叫び声が聞こえてきた。と、同時に銃声が響いた。


僕はすぐさま背面を向き、左腕を心臓部の前へ持ってきた。弾丸が二の腕にぶつかり、ガンと嫌な音が鳴った。痛みが左腕、そして伝染するように体まで響く。


そのまま弾丸は軌道を変え、右側の机に無頓着に突っ込んだ。それを僕は見届けた後、マイクの方を見る。そこには彼が僕の懐に迫りくる姿があった。そのまま息つく暇もなく、右拳を弾丸のように顔面へ決め込む。


僕はさっきのようにはならんとばかりに、右手で防ぐ。しかしまた左拳が向かって行く。左手で防ぐ。そしてマイクのがむしゃらな猛攻に押され、後方へと下がり、下がっていく。


 そして気づかないうちに、ウィズ達を通り過ぎる。そしてついに部屋の外へ出てしまった。


そして三メートルの長さのある通路をひたすら、マイクと激闘を繰り返しながら、夢中で進んで行く。途中、増援と思われる隊員とすれ違う。だが僕達は戦いに熱中し、素通りすよう彼等を殴り倒した。


 通路が左右に分かれていた。と、マイクはその瞬間、僕の右腕を掴み、背負い投げをかました。


そのまま左通路へ投げ飛ばされる。背中がじんと痛む。マイクの小馬鹿にしたような口調が、頭の中で反響するように響く。「所詮、中途半端な奴に未来はなかった。」


僕は顔を上げる。彼の両目が、天井に飾っている、シャンデリアと共に僕を見下す。目の前が白く、そして橙色にへと、まるでダイヤモンドの煌めきのように光る「…。しかし未来はある。」と、呟きながら立ち上がる。


と、次の瞬間。不意打ちの如く、左拳をマイクの顔面へ一発決め込んだ。風を切る。彼は呆気にとられた顔を見せる。そのまま右側の通路へ飛ばされた。


隙は見せない。僕は息つく暇もなく、彼に馬乗りになる。「ここでとどめを刺す。」

僕は眉毛を上げ、目を見張る。そしてまた一発、彼の右頬を殴る。爽快感と同時に、骨に当たる妙な気持ち悪さがあった。それでも殴るしかない。と、僕は心にそう言い聞かせた。


しかしその戸惑いが原因か、マイクは平気な顔をしている。続いて彼の反撃が返ってきた。僕のパンチよりも一回り強かった。さっきの痛みと合わさって、危うく気絶するところだった。今度はマイクが僕に馬乗りなる番だった。


「弱いな。少しは痛いと思ったが…。本気で殴れもせずに、偉そうに裏切り、我らには向かうとは。」「馬鹿馬鹿しい。僕だってもう殴れる。いや、もう殴っている。」僕は無理に吹っ切ろうとし、彼の顔面を一発、また一発と殴った。


やがて感覚が麻痺してくる。しかし猛攻は止まらない。マイクも反撃する。その繰り返しが続いていく。やがて両者、全身が傷つき、立つのも困難だった。天井から橙色の光が極度に輝き白く映る。


僕は最後の一撃を加えんとばかりに、左手を拳銃の形へと変えた。マイクも左手を拳銃の形に変える。そして二人は互いにトリガーを引いた。銃声が鳴り響く。


お互いの弾丸が心臓部に当たろうとする。しかし当たるまいと、二人は左腕を立てのようにして、心臓前に持ってきた。だが僕の左腕は余りの激しい稼働に耐えれなく、数秒の遅れが出た。


しかしそれでも心臓への直撃は避けれた。弾丸が擦れる。だが軌道がずれ、横腹に直撃、そして貫通した。僕は余りの痛さに横腹の抑えて倒れこむ。一方マイクも腕の不調か、うまく心臓部に持って行けず、胸部辺りに被弾した。彼も倒れこむ。


 僕は滝のように流れ出る出血部を右手で抑えこむ。朦朧とする意識。激痛が度を越し、感覚がなくなっていく横腹。そして血生臭い匂いが辺り一面を漂う。そんな中、僕はマイクを見つめる。


マイクは胸部を抑え、わずかな動きさえもなかった。僕は鼻と歯の隙間から悲惨な息を出し、天井を見つめた。


橙色が白色に見えてきた。僕の意識が消えていく。ハイヒールの硬い足音が聞こえてきた。僕は幻覚が聞こえてきたのかと思った。だがもどうでもよかった。僕は朦朧する意識に耐えきれなかった。そのまま意識を失った。








 


 





































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