第8話

 捨てられ醜く朽ちた家々が、輝く陽光により醜美に映し出される。それは昨日の夕方とはまた違う風景だった。


 哀愁漂う風景。僕はまるで観光客の如く眺め、歩いていた。ミチルは僕が起きた時にはもういなかった。恐らく起きる前に出ていったのだろう。幸い、物は取って行かなかった。


それは彼女の優しさなのか、それとも遠慮したのか分からない。しかしどうでもよかった。そのまま廃墟を出る。そして彼女の言っていた東の方角へ向かう。そこは第三地区四番街。


 太陽が南南東辺りまで上り詰めた時、僕は石レンガで組み立てられた無名の橋を歩いていた。その下には川が休む暇もなく流れている。しかし土色に濁り切っている。飲めば恐らく体調を石垣の隅に飲み物の缶。水を多く吸い取ったプラスチック製の袋。僕はそれを眺めながら橋の上を渡り、向こう側に着いた。


 周りの建物は傷一つない、古典主義的な要素が混ざり合った建物が立ち並んでいる。しかし空気は澱んでいた。澄んだ空気が癒そうとするが、無意味。はじき返されているようだった。しかし街中の人々はその空気に慣れているのか、せわしなく動いている。


 僕はミチルが言っていた施設について、町の人々に聞いて回った。七十代の杖をもった婆さんは知らないと言い。また四十代のポニーテールが目立つ主婦は怪訝な顔つきをして、こちらを睨みつけた。


知らないと言うよりは、関わりたくないと言っているようだった。僕はもう他の人に聞いても無駄だと思い、聞き込み調査を止める。


徒歩で一人でそれらしき建物、人物を探し回る。途中、錆びた売店で買った、菓子パンと缶コーヒーを買い、胃の中へ放り込んだ。安い菓子パン特有の、べたつきの激しい砂糖が、口の中を支配する。


僕は気持ち悪いそれを流し込もうと、コーヒーを一口、一口と呑み込んで行った。砂糖の粒が流されていく。しかし今度は、不味いコーヒーが取って代わるように支配する。


気持ち悪さが二、三転しようとも、探し回った。太陽が真上に昇る。人影が少なくなる。少し窪地となった場所をぐるぐると回る。正方形、長方形、様々な形の建物が立ち並び、暗い影を落とす。人が、一種忘れ去られた建造物化のように思えた。


 右へ曲がり、数メートル先へ続く、砂煙の舞う道へ差し掛かる。すると右奥。黒レンガでできた雑貨屋が目に入る。黒いレンガで固められたその建物は、周りの建物とはまた別の趣が感じられた。


 店の前には紺色のジャケットを着た青年が一人佇んでいた。僕は彼の姿を一目見た後、すぐさま高くに立つ、建物の影に隠れた。気づかれないよう、できるだけ音を立てずに。幸い、距離があり、気づいていない様子だった。


その紺色のジャケット、まさしくフォドだろう。僕は見ただけで確信した。


 僕と同じく、安物のコーヒー缶を持って空を見上げている。休息しているのだろう。僕は動かない彼を瞬きもせず、そして目線を外さずにじっと見つめていた。太陽が西へ少し傾く。


 青年はそれが時計代わりなのか、突如として彼は動き出した。僕もその青年に同調するかのように動き出す。青年は右側へ体を向け、歩を進める。その少し先にはL字を書くようにして、左側へ曲がる角がある。


青年は躊躇なく曲がる。僕は建物のに隠れながらも、彼と同じく躊躇なく曲がる。それから数十分、青年の後を追い続けた。途中、青年が僕の気配を察知したのか、後ろを振り向くことが多々あった。しかし息を殺し、何とかばれずに済む。


 情景が移り変わる。さっきまで建っていた建物が消え失せ、左右、街路樹が目立つ。道も土埃舞う砂利道から、舗装されたコンクリートの、緩やかな坂道へと変貌した。陽が葉に当たり、その道に焼き付いたかのように、影が出来る。


 僕は途端に変わった光景をぐるりと見渡す。もはや別世界のようだった。しかし何かを隠す、綺麗な虚像に見えた。ここだけやけに舗装されたコンクリート、飢えられた街路樹など。しかし断然、癒される。それは認めざるを得ない事実だった。


左側へカーブしている。隊員は陽気に口笛を吹きながら曲がる。僕も三十秒経った後、曲がる。すると右端。丘の上に白く、傷一つないコンクリートの壁面目立つ、建物が構えるように建っていた。


高さは三階階建てで、陸屋根。左へ細長く続く。八メートルはある。それらの建物が奥にも二つくらいたっていた。


ガラス張りの正面玄関の上には屋根が備え付けられ、二回には規律よく並ぶ窓が見えた。まるで役場のような所だと、僕は思った。


 建物の向かい側には木々が生き生きと生えている。更にその向こう側には、僕が歩いた第三地区の建物の一部分が小さく見えた。


しかしここら一体、人工的に作られたものは、立っていない。まる閉鎖病棟の趣を感じられる。追っていた隊員が、建物の中に入る。その機会を狙い、向かい側の木々の影に、即座に身を隠した。


さてどう入ろうか。考える。恐らく正面から突っ込めば返り討ち。人がいない通路か。排気口か。僕はじっくり考える。だが夕方から晩餐会がある。やはり一度、撤退すべきか、僕は頭を抱える。二つの思考が入り混じる。


そんな時、後方から叫び声が聞こえてきた。僕は目線をそちらへ向ける。紺色のジャケットを羽織った、二人組の隊員が歩いてくる。しかし苦戦している様子。


どうやら二十代の男性を連行している最中だった。その男は暴れる。拒絶反応を示し、もはや暴れ馬と化している。隊員はぐちぐちと、文句を言いながら、抑え込もうとしている。


僕は彼らの姿を見て、閃いた。あの隊員の制服を奪い、変装する。そして暴れる彼を救う。考え付いた後、僕は彼等を待つ。そして隠れる木を通り越したその時。右足が咄嗟に動く。


うずうずと震えていた。僕は足を思いっきり動す。一歩、また一歩と。興奮する足音大きく響くが、彼等には聞こえない。そして右端にいる隊員の背中まで迫った。


僕は彼の右肩を叩く。隊員の細い顔が現れる。「なんだ、お前?」彼は呟く。しかし僕は耳を貸さず、そのまま右手で軽く殴り、気絶させた。隊員は倒れこむ。もう一人の青年は彼の倒れる姿を見て驚き、そして憎しみを込めた眼光をこちらへ向ける。


「てめぇ!」一人の青年は怒声を上げる。そしてジャケットの裾ポケットから、手心こめて研いだと思われる、恍惚に輝くナイフを取り出した。その刃先を、僕の胸目掛け、刺そうと試みた。


僕は迫りくるナイフ、そして青年を諸共、背負い投げで跳ね飛ばす。青年は頭から勢いよく倒れこむ。ナイフは背高い青年の近くで、カランと言う音を立てて落ちた。


僕は青年が気絶した事を確認すると、捉えらた男性の方を振り向く。しかし男は、来た道を急いで戻っていた。今、カーブの道を曲がろうとしている。恐らくこの合間に逃げたのだろう。


 僕は逃げた事確認した後、気絶した男に近づき、さっきまでいた木陰へ彼を運ぼうと体を持ち上げた。そして歩き始めたその時、足元から嫌な殺気を感じ取った。それは足元の感覚がこわばる位に。


 すると突然、右足元から疼痛が襲い掛かってきた。僕は体勢を崩す。だか持ちこたえ、後方の足元辺りを直視する。そこにはナイフの持ち手を潰す位の圧力で握りしめ、血眼でこちらを見つめる青年がいた。


 僕はまるでエレベーターのように昇ってくる痛さに苦悶しながらも、彼の方へ向き左足を大きく振り上げる。靴先が彼の顎下に直撃した。途方のない唸り声を上げながら、青年はがくりと顔を地面へ付ける。


気絶した。僕は確認すると、すぐさま物陰に隠れた。歩いてきた所を振り返る。そこには血痕が、犬の足跡のように地面へ付着していた。僕はそのまま座り込み、突き刺さるナイフをゆっくりと引き抜く。


肉の一部を引きちぎる、言葉には言い表せない異様な感触を感じた。僕は顔をしかめながら、ようやくナイフを引き抜いた。刃先の半分が血に染まっていた。


そのまま近くに置き、傷口に軽い処置を施した。その後、青年の服をはぎ取り、それを僕の体に纏う。元着ていた服は隊員から離れた所に起き、気絶した隊員は放置した。


僕はジャケットを首回りを触り、今まで被っていたキャップのつばをさする。放射線、激しい太陽の光が、僕の頬を指す。


すると建物側から何か、こちらへ向かう足音が耳に入った。顔を向ける。そこには彼等の仲間だった。


「何があった?大丈夫か?」男は慌てる。「少し足元を怪我した。それに仲間が一人やられた。」僕は息を荒げながら、道端に倒れこむ男に指を指す。


「そうか。ならば中へ入って怪我を癒せ。それで逃げた奴は?」「分からない。余りに気が動転していたから。」と、僕は荒い吐息を吐き、疲れたように見せかける。


「分かった。」男は納得すると、何か小型マイクのような物を裾ポケットからとりだす。僕はその最中、彼の横を通り建物へ向かった。


 建物の中は広々。まるホテルのロビーのよう。床は花弁の模様が豪華に彩られた絨毯が敷いてある。右側にはこじんまりとした休憩所。黒いソファが置かれている。その手前には観葉植物がすくすくと育っていた。


左側にはカウンターらしきもの。そこには一人の男がうとうとしている。そして手前の奥。階段が地下と二階へ繋がっていた。


僕は二階が怪しいと、身体を右側へ向ける。痛みがまた、太ももへ昇る。階段までは僅か二十秒。歩く速度を変えず、そのまま昇る。絨毯は階段前で途切れる。


材質は冷たい鉄。硬い靴裏で踏む度に、甲高く硬い音が空間内に伝わる。折り返し階段は毎度の事。二階へ足を踏み入れると、僕は左右に分かれる通路を、ひょいと見渡す。


両壁に扉が交互に付いている。どれも自動。そして誰もいない。沈黙が、冷たい壁に染みわたる。僕はここではないと、階段を昇ろうとする。すると三階へ続く階段の右壁。


その奥から何か嘆きの声が聞こえた。同時に怒鳴る声が聞こえる。鮮明に。僕は嫌でも耳を澄ます。がらんと、机のような物が、勢いよく床へぶつける嫌な音も、また聞こえた。


僕はまた歩を進める。まるで逃げるかのように。そして三階へと足を踏み入れた。目の前の壁に、肖像画が掛っている。それはヒノキで作られた額縁に入れられ、大きさはそこそこ。


そして描かれていたのは、少し年老いた男性。白髪で皴が寄っている。しかし表情はしっかりとして、まるで軍人と思わせるような趣があった。しっかりとしたタッチが、それらを全て表現していた。


僕はその肖像画を見た途端、見ないと言う風に歩を早める。しかしそれでも一目見てしまった。ハイド・ウェイバー。肖像画の下にそう書いてある。


衝動的に左側へ曲がっていた。通路は広々。奥に木製の大きなドアが聳え立つ。僕は抜き足差し足で、通路をゆっくり進む。首を左右に振り、何があるのか確認する。


二階と同じドアが埋め込まれている。しかしどれも綺麗に清掃されている。すると右側に一つ、中間辺りに台形のような形のドアが見える。


僕は怪しいと踏み、そそくさと近づいた。左足の先が、ドアから数センチの距離に迫る。するとドアがそれに反応したのか、さっと風を切る音を立て、右の隙間へと消えていった。


部屋は細長い。しかし広々としている。艶のある長机が右側に三列、きちんと縦に置かれている。隊員達が男女合わせ二十人。食い物と飲み物を携え、和気藹々、四角四面とした様相を見せている。


どうやらここは、休憩室の様だ。僕は体が妙に震えながら、中へ中へ入って行く。敵基地の侵入はやはり緊張する。そのせいで、一部の隊員から、疑惑の眼差しを向けられた。


電球が神々しく光り、部屋全体を際限なく照らしていた。そしてさらに奥にある壁には、横断幕のような物が掛けられていた。


そこにはこう書かれてある。「我らフォドの命にある以上、清廉潔白であるべし。」と。僕は馬鹿馬鹿しいと思いながらも、より辺りを見渡す。左側の空いたスペースにも隊員が数十人いた。一人はキーボードを打ち、一人は目を瞑っていた。


もはやここには何もない。僕は探検家のように、辺りをじろじろ見た後、そう確信した。そして出て行こうとする。そこを通っていった。


だがその時、僕の右肩に重量がかかった。まるで硬い物を押し付けられるように。心臓が糸で締め付けられる。僕は振り向く。


キャップを深く被った青年が立っていた。髪色は見える限り茶髪。両目は帽子が遮りうまく見えない。


「何か、用ですか?」僕は少し低めの声を出し、話す。顔を見られないよう、彼のようにキャップを下げながら。


「ナンバー二五五。フォド第四支部隊長が会いたがっている。来てくれないか?」青年は感情もなにも添えずに、坦々と話した。まるで伝言用ロボットかのように。


「分かりました。しかし、何故私のような下っ端もどきを?」「それは直接会ってからだ。」と、棒読み同然な感情のない返事を青年は返した。


 僕は唐突な出来事に不信感を抱く。でも着いて行く他無い。下手に断れば怪しまれる危険がある。頭の中で思考した後、僕は着いて行く事を決心した。


そのまま僕は青年に連れられ、第四隊長がいる部屋まで案内された。そこは例の奥の扉。壁の隅々まで、黒茶色の木の板が侵食していた。所々、斑点が見える。


瞼を三回、開け閉じ繰り替えす。ドアが開く。内向きに。隊員がまず、中へ入る。僕も後をつけて、部屋の中に入った。震える足を交互に前へ出しながら。


煌びやかに光るシャンデリアが部屋の中を照らす。目を刺激する。それは目に異常をきたす位に。僕は眉間にしわを寄せ、一瞬瞼を閉じる。


だが人間の適応力は恐ろしいもの。僅か数分の内に慣れ切った。僕は瞼を開ける。広さは事務室位と同じ大きさ。中央に白のソファーが二つ。その合間に挟まれるように置かれる長机。透明の天板が目立つ。


そのさらに奥。如何にも大企業のお役人が使ってそうな机が、どっしりと構えていた。その上には整頓された書類。そして最新型のノートパソコンが置いてある。


 机の奥には二十代の美しい女性が座っている。黒髪の整えられた短髪。細長く、凛々しい顔つき。エメラルドが埋め込まれたかのような瞳。そして顔の前には手袋を身にまとった両手を組んでいる。


顔から下は、皴一つない紺色のスーツを身にまとっている。下半身は椅子に座って見えない。


僕は彼女の顔を見ただけで、だれか分かった。それは顔馴染みのミカ。昔、ミハイルと共につるんでいた仲だ。


一方、奥にある壁面には、なんとあのマイクがもたれかかっていた。御大層に腕まで組んでいる。怪我が治っているのか、見た目では判断できない。


僕は彼、彼女達の姿を見た瞬間、キャップをより深く被った。余り顔を見られるのは気恥ずかしい。


すると僕を連れてきた隊員が大声で、わっと叫んだ。「ミカ隊長。たった今。ナンバー二五五をお連れいたしました。」


「あら?来たわね。」ミカは叫び声を耳に入れ、僕の方をじろりと見つめる。彼女特有の、少し甲高く魅惑ある声が、風を伝い耳に入る。僕は軽く頭を下げた。


「ふん。おどおどとした奴だな。もうちょっと堂々とできないのか。」マイクは僕の態度が気に食わないのか、それとも愚かなのか、深くため息を吐く。


「まぁ、別にいいじゃない。それよりも礼儀なかたね。それよりも早く来てください。あなたの顔が良く見えない。」ミカは甲高い声ながらも、冷徹で冷たい物が混じっていた。


 僕は近寄りたくはなかった。下手に行かないよりは行く方がましだった。隣で青年が睨む。僕は彼女らの圧力に負け、一歩一歩絨毯の上を歩いて行った。心臓の鼓動が歩くにつれ大きくなっていく。とても不愉快だった。胃も痛くなっていく。


だがそれでも進むしかなく、遂に僕はその女性がいる机の前まで着いてしまった。女性は椅子から見上げ、僕の顔を見つめる。香水の香りと、コーヒーの苦い匂いが混じり合った、何とも言えない匂いが辺りを包んでいる。しかし不愉快と言うほどは無かった。


「私の名はエリ・マツザワ。フォド第二基地の隊長よ。そして壁にもたれかけている方は、マイク・ジャンクと言いますわ。」エリはマイクのと合わせて、至極簡潔な自己紹介をする。


しかし僕にとって、それはわざとらしく聞こえた。まるで僕の正体を分かっていると、言う風に。


「はい。分かりました。」僕は返事をする。しかし顔は見ない。手袋をじっと見つめていた。するとその黒い皮手袋に、何か血痕のような、赤黒い何かが付いていた。足が更に震えを増す。怯えているように。ミカはその様子を微笑んだ。


「礼儀正しい人ね。なんだか嫌いじゃないわ。何だか昔、共に働いていて仲間に似ている。」エリは意味深長な言葉づかいで話す。


「それはとても御光栄です。」と、僕は口を震わせながら、そのご厚意に一礼した。しかし内心、ばれている可能性が高いと不安の色を隠せなかった。


「もしかして、この手袋に付いている赤黒い物が気になるのかしら。安心して。これは不道徳な怠け者に説教した時に付いたものだから。」と、ミカは至極当然に、顔色も変えずそう話した。


僕は何度も何度も唇を重ね合わせ、何とか恐怖心を抑えようとする。するとミカはその様子が可愛らしいのか、右手を口に当て笑った。


「そこまで緊迫しなくても大丈夫ですよ。でもきっと小真面目に生きてきたのね。私は好きよ。」ミカは僕の様子を可愛らしいと思ったのか、右手を口に当て笑った。


その時、割り込むようにしてマイクが話しかけてきた。「しかしそんなことよりも、二五五。そんな深く帽子を被らなくとも、顔は知られているぞ。」と、言った後、僕の方へ近づく。


 僕は冷や汗をかく。マイクは僕の近寄り、嘗め回すように見つめた。「確かに、よくよく見れば元、同僚に似ているなぁ。それに不愉快な所も似ている。」「はぁ、そうなんですか。」僕はただ苦笑いした。しかし変装などせず侵入していたなら、間違いなく今、殴っていただろう。それくらい腹立たしかった。


 ミカは僕達のじゃれ合う様子を悦に浸りながら見ていた。だが数分経ち、私も混じりたいと言う風に、椅子から立ち上がった。下半身が見える。丈のある、紺のスカートが姿を現した。


そして左から周り、僕達がいる所へ向かった。ラベンダーの香水のような、甘く誘惑する匂いが、ミカから漂う。そして彼女は口を開き始めた。


「それじゃ、本題なんだけれど…。あなたには今日、晩餐会に来てもらうことになったの。」「僕が…。何故なんです?」「それはあなたの両腕がボスに気に入られたからよ。」ミカは右肩をトンと叩く。重かった。まるで鉄の塊が圧し掛かったかのように。


そのまま右肩にある手を、彼女は動かした。制服越しから、手袋特有のザラザラ感が肌へ伝わる。


「あなたの肩はとても硬いわね。凝っているのかしら。」「え、えぇ。最近、余りの激務で凝っているんです。」


「ふーん。それじゃ、今日の晩餐会でその肩こりを何とかしましょうか。ねぇ、マイク。」ミカは彼に相槌を打つ。「あぁ、そうだ。貴様は幸運な奴だ。何だって見世物になるんだから。」


「見世物役…?」僕は首を傾げる。「それはあなたの名がカズヤだからよ。」エリは僕の耳元で囁き、にっこりと笑みを浮かべた。それは太陽にも負けない位に。


一方僕は太陽の熱射にやられている雑草の如く、顔色が悪くなった。それと同時に、僕の後頭部に激痛が走る。辺りが徐々に暗くなっていく。そして何も見えなくなった。そのまま僕は気を失った。



















 




 





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