第7話

 およそ新築とは言えない、錆びつく壁が目立つ簡易住居が立ち並んでいる。それは夜の際限ない暗闇の中、一種ゴーストタウンの風貌を見せた。まるで遥か昔に滅亡した文明の跡地のように。


「なんだ。ここだったのか…。」ミチルは肩を落とし、落胆した。期待していたものが一瞬で壊れ散ったかのように。「知っていたのか?」「だって、遊び場だもん。」「なるほどな。」僕は妙に納得した。


 僕達は歩いて行く。そして数メール歩いた先、西側に方向を変えた。途中、構えるように設置された看板が目に映る。そこに書かれたいた物は、黒とピングのスプレーが織りなす芸術作品だった。その後ろで文字が微かに見える。


しかし後程分からなかった。そのまま無視して進んで行く。数人の男女がじゃれ合う様子や、ただ一人、昔思い出の湖畔を思い浮かべるよう、半月を見つめる老人を見かけた。しかしそれ以外、人は見かけなかった。


「ここには人がいないのか?もう少し多いと思っていたが。」「いないよ。だって皆、忘れているし、それに近寄らない。でもこれからここも賑やかになると思うよ。」ミチルは何か皮肉交じりに話す。


 そんな世話話をしている内に、目的の一軒家に着いた。二階建て、豆腐が二段積み重なれたような外観が目立つ。僕は足を止める。ミチルも僕に釣られるように、足を止めた。建物の外見はいたって変わらない。


 「ここ?」「そう。」僕は真正面に設置された薄汚れたドアに向かい、付けられたドアノブを握る。冷たかった。まるで数年寒風にやられ、熱を忘れさせられたかのように。それからドアノブを捻り、手前に開けた。


 生ぬるく、昔住んでいた人の元思われる、染みついた匂いが、外へ解き放たれた。中へ入って行く。ミチルも鼻を抑えながら着いて行った。玄関は狭く、大人一人に子ども一人入るのが限界だった。狭苦しい。


僕はショルダーバックから、ポーチライトを取り出し、それを付けた。光が広がる。漆喰が激しく、埃が絨毯のように積もった廊下。黒い染みがあちこち付いた壁紙が、半分剥がれ落ち、醜いコンクリートが顔を出す壁。それらが不気味に奥へ続く。


 太陽が出ている内は、恐らくそこまで恐怖しない。しかし日が落ち、暗闇に支配された廃墟は何か、末恐ろしい未知なる物が宿ってしまう。


僕はその未知なるものに、心底恐怖した。だがミチルは怖がっていない様子。慣れているのだろう。僕は負けていられないとばかりに、靴を脱ぎ、ゆっくりと、左足を廊下に乗せる。その時不快で、今にも抜け落ちそうな位の軋む音が響いた。僕はいずれ抜け落ちるのではないかと、また別の恐怖が頭をよぎる。


そして左足を乗せた事を確認すると、今度は右足を乗せる。そうしてゆっくりと、左足、右足を使い、歩いて行く。しかしミチルは、そんなことはお構いなしにどしどしと踏みつけ歩く。


もしこれが壊れかけのつり橋だったら、今頃地の底で血を流し倒れているだろうと

僕は思った。そんな血の気を引く経験をしながらも、廊下を進む。隅に何かカビのような白い斑点がポツリと付着している。


そうして僕は恐ろしき、漆黒の廊下を通り抜け、奥の部屋へ足を付けた。体感、長かった。物の一時間は掛かったんじゃないかと思う位。


 僕は命綱なしで綱渡りを渡り切ったような、安堵と達成感を感じた。その調子でライトの力を借り、室内を見渡す。床は廊下と同じ材質の木製。丁寧に埃や塵などが積もっている。しかしゴミ屋敷のように、特段ひどくはない。


奥にはこじんまりとした引き違い窓が取り付けられいる。右側には和風の押し入れ、部屋の中央には木製のローテーブルが置かれていた。しかし脚の部分が削げており、荒っぽい使い方をすれば間違いなく壊れるだろう。


「どうしたの?そんな所で止まって。」ミチルは僕を押すようにして入ってくる。僕は押され、体勢を崩す。「少し落ち着いてくれ。」僕は世話しない彼女を落ち着かせながら、ショルダーバックを床に置く。


そして手に持っている、携帯用ランタンを机の上に置いた。埃がまた舞う。僕は座る。そしてミチルを見つめた。彼女は入り口付近にちょこんと、丸いお地蔵さんのように座り込んでいた。


「それじゃ、話してくれるかい?」僕はあぐらをかき、彼女の方を見つめる。「うん。」ミチルは頷くと、施設について知っていることを語り出した。


「紺服の人達はつい最近、数か月前から、ここら一体を警備仕出しだ組織なの。何か治安維持とかで。それで私と同じ盗人だとか、浮浪者だとか、痴話げんかしていた人たちも。後、家にも押し入っていたわ。そして全員、彼らに捕まって何処かに連れ去られてしまった。」「それは何処だか分かるかい?」「分からないわ。だって怖いのも。でも、何か救済施設だとか何とかに引き渡すとか言っていたけど。」


「なるほどね。それで、彼等の居場所とかは知らないかな?」「さっきと同じ理由で知らない。けれど大体そいつらは、必ずと言っていいほど東の方角へ向かっているわ。」「東の方角…。それで後のことは。」


「もうこれ以上知らないわ。だって怖いし、最近現れた奴らだし…。お兄ちゃん、これで許してくれる。短いけれど…。」「あぁ、十分だ。」「ほんと!」ミチルは胸を撫でおろす。


「それじゃ、ご飯でも食べないか?」僕は持ってきた缶詰を二つ机に置く。「食べる。」ミチルは目を輝かせ、缶詰を手に取る。そして蓋を豪快に開け、手で食品をすくい食べた。その食べっぷりは腹を極限まですかせた犬のように。僕も蓋を開け、彼女に負けじと劣らず、食品を食べる。


手袋は汚かった。しかし気にせず、すくい上げ口に入れ込んだ。それから物の数十分でお互い、食品をたらい上げた。ミチルはお腹を優しく撫でる。


「それで唐突だが、ミチルはどうして万引きだとかするんだ?」「何よ。説教するき。」ミチルの柔らかった両目が、まるで狐の目のように、じっと睨みつける。「そう言うわけじゃない。ただ何故するのか気になるだけだ。」僕は誤解を解こうと、穏やかに話す。


「…。分かったよ。そうでもしないと飢えて死んでしまうからよ。要するに生きるためにね。食べ物だって食べられないし。ある意味職のような物よ。」「なるほどね。」


「それに私のような餓鬼如き、雇ってくれるところなんて無いしね。だから危険を冒してまでもするの。」「だいたい分かった。それでお父さんとお母さんは?」「居ないわ。物心ついた時にはもう何処かに消えていた。」ミチルは重苦しいため息を吐く。


 白色に輝くランプに虫が屯する。まるで光を求めんとばかりに。「しかしこういわれれば、一方的な説教は出来ないな。」「あら、そう言うことには弱いのね。」


「僕も言うて変わらない状況だ。金も底を付く。」「そうなれば私のさっきの行動は、危険だったのかもね。あなたの手は冷たいし。」ミチルは僕の手袋をじっと、興味深く見つめる。


僕はライトに戯れる虫達をただ無慈悲に眺めていた。「まぁ、いいわ。私が話せるのはもうこれくらいよ。少ないかもしれないけれど。でも大体そんなものよ。何か感動できるストーリー何てないんだし。」


「別にそんなことを聞きたいが為に聞いたんじゃないさ。」「そう。で、あんたはどうなの。」「僕?」「えぇ、どうして私の情報を知りたいの?それにその情報だけ話したら許したりと。一体何がしたいの?」


「…。少し調査したいのさ。ただそれだけだよ。」「ふーん。大層な目的だね。それで褒められたいの?」「いいや、そんな馬鹿馬鹿しいことは考えていない。」僕は少々甲高い声を出した。それは心の奥底から、まるでしゃっくりをするように。


「ほんとかな?大体そう言う奴は信用していないよ。」「別に信用しなくていいさ。それにそんな薄白な目的じゃ、あんな暴力団じみた所へ乗り込めない。それ所か尻すぼみするだけだ。」と、平穏さを保ちながら続けて話した。「そうね。」ミチルは聞く耳持たずに、空回りな返事を返した。


 部屋はランプが灯る場所以外、すべて暗黒に染まっていた。もはや目視では確認できない位に。まるで暗闇の空に輝く星々のように。「それで、話すことはそれだけ?」ミチルは僕の両手を物言いたげに、じっと見つめていた。


「それだけさ。別に語ることはない。」と、僕は彼女の前で両手を組み見せつけた。「分かったわ…。」ミチルはその堂々とした態度に、これ以上聞き出すことを止めた。


 そこで僕達は会話を終えた。部屋は以前と変わらず暗闇が辺り一面支配している。行く場所がまた増えた。僕は光の下、頭の中で考える。


思考する。唐突に眠気が襲ってきた。瞼が下へ下げんまいと、必死で上へ上げようと頑張る。


一方ミチルは腕を組み、うたた寝の状態だった。眠気が勢いを増し、襲ってくる。瞼も限界を超えていた。そして遂に瞼は力尽き、下へ下がった。そのまま僕は今よりも暗き世界へ飛び込んで行った。






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