第6話

 人々が足音が至る所で聞こえる。まるで協奏曲の如く。六番街、そこにあるミザ通り。レトロチックで、それいて近未来的な建物が並び立っている。その中から白い、蛍光灯のような光を外へ向けてはなっていた。


おかけで歩道、車道は街灯が無くても十分明るかった。しかし古びて、整理されていない醜い物も見えてしまっている。


 店の屋上には看板が立ち並ぶ。激しく陽気な広告が異質な存在感を放っていた。僕はそれがどうも気に食わない。特にエルクラウド社の広告だけは忌み嫌った。僕は出来るだけ空を見上げないよう、地上を見つめながら歩く。


 だがその地上といえども、見ていて気持ちの良い物でもなかった。建物同士の間の壁に背をもたれかけ、うずくまる男性。死んだ魚の目をした中年の男。日々のストレスがたまり、話しかけるだけで今にも殴りかかってきそうな主婦。店の脇で携帯を触る十代の少女。


はたまた何か因縁を付けられたのか、年老いた老人と、スーツを着た男性が怒鳴り声を上げ口論となっていた。


もはやノーヴィルの観光名所ともなるこの光景の中を、僕はせっせと歩いて行く。陽気で能天気な音楽が何処からか流れてくる。誰も聞いてはいないだろうが、この光景にまさしくぴったりだった。


早くここから抜け出したかった。しかし抜け出した所で、またこの光景に戻る。輪廻の如く、永遠に。ため息を吐いた。しかし吐いた所で何か変わるわけでもない。


思考を巡らし、先へ進むにつれ、周りの建物は近未来的から、二十世紀の薄汚いコンクリートで立てられた一軒家へと変貌した。


どれもが壁にひびが地割れのように入り、もし大地震が来たら一撃で崩れてしまうだろう。しかし明りが夜空に浮かぶ星のように、ポツリと付いている。僕は取り残されたその家々を、遺跡調査に来た考古学者のように眺めていた。


そして緩やかな坂道を昇り、左角を曲がる。明るかった。人の数が多くなる。金髪に色濃く染めた女性。ヒョウ柄のレオパートシャツを着た男性。よれよれの白いシャツ一枚を着た年配のおじいさん等。目立つ人たちが、古汚いレンガの道の上を闊歩していく。


そしてその道へ出ると、どうやら路上販売を行っているらしかった。店が両脇にずらっと、構えている。僕は目的地へと行くため、右へ曲がる。店につるされているライトが両目を焼き尽くす。


 店の種類は種々雑多だった。何処で仕入れたか分からない果物。奇怪な音を立てるポップコーン機。ボロボロで穴の開いた衣服。よく分からない小物。独特の情景がこの道一体に広がっていた。


 店員が、素通りご勘弁と言う風に、叫んで、宣伝していた。勿論、僕は買う気はない。お金が底をつく寸前だ。そのまま二メートルは優に進む。右側で道化を演じるピエロが、子ども達を楽しませている。


すると向かい側の方から、すれ違うようにして、一人の少女がこちらへ近寄った。黒のキャップを被り、それが顔を半分を覆い隠している。そのキャップから漏れるようにして、ブロンド色の長髪を見せつけていた。服装は古びた黄褐色の上着に、焦げ茶色の長ズボンを履いている。


 僕は不意に近づく少女に警戒感を持つ。そして体を右側に動かし、少女との接触を避けようとした。しかし少女は一瞬の隙を狙い、僕のジーンズのポケットから財布を盗み出した。


咄嗟に彼女の方を振り向く。だがその頃には、一メートルはメートル位は優に離れていた。僕はすぐさま後を追いかける。


 少女は人を縫うようにして避けていく。僕は図体が大きいために、危うくぶつかりそうになることもあった。周りにいた人々は、途端に走り出した僕に騒然とする。しかしそんな事を気にしている場合ではない。僕は人を避け、少女を追いかける。


 数メートル先、少女は左折した。そこは建物同士に挟まれた、幅八十センチある通路に。僕も後に続き左折する。


 通路は建物同士が陽を塞ぎ薄暗い。両端にはゴミ箱が置かれている。だがそれ以外何もない。少女を見失うことはなかった。しかし距離がある。


 少女は少し先にある、右側の通路へ入ろうと体を傾けた。このままでは追いつけない。僕は途中、幅三十センチ位の狭い通路を見つけた。けれどそれは易々と、人が通れる道ではない。


しかし下手にこのまま追いかけるよりは、ここから近道をした方が追い付ける可能性が高い。僕は肩に掛けたショルダーバックを捨て、飛び込むようにして、その通路へ身を投げた。両壁が迫りくる感覚が身体を震わせる。


それでも僕はツタのように垂れている配管を避け、掴み、そして離す。それを何回も繰り返す。曲がり角だ。速度を落とさず、この調子で左角を曲がった。光が数メートル先に見える。まるで瓦礫の隙間から差し込む光のように。


僕はハードル選手のように、障害物を飛び越え避けて走る。先へ行くにつれ、外の外観が見えた。すると手前から少女の前髪が見えた。僕はこの機会を逃すまいと、光の中に身を投げた。


少女はいきなり飛び出してきた僕に、ぽっかりと口を開ける。そのおかげで彼女は足の動きを緩めた。そして少女に、まるで物陰から飛び出すライオンの如く突き当たった。少女は僕と共に狭い通路に倒れこむ。


彼女から少し生臭く、女性特有の匂いが漂う。右手に財布が握られている。それは強く、たとえうろたえようとも話さない位に。だが僕はそれでも財布を取る。そして彼女から離れた。その時ゆっくりと、少女の目が開いた。


「お前…、早いな。まさか追いつかれるなんて。」「相手が悪かっただけだ。恐らく、そこらの何も知らない旅行客だとか、紐が緩い身なりの良い兄ちゃんだとか思ったのかもしれないが。」僕は彼女を見下ろす。


「自信満々だね、お兄ちゃん。ん?」少女はその時手にはめた黒い手袋を、目を点にしてじっと見つめた。まるで何処かで見かけ、そしてトラウマを植え付けられたように。


「なんだお兄ちゃん。最近そこらにうろつく、紺の制服を着た人達の仲間か…。あーあ、私もおしまいだ。連れて行かれる。」少女は突如、暗い影に覆いかぶされたかの如く、悲壮な表情を浮かべた。「連れて行かれる?」僕は彼女が言う、その単語が頭に中で引っかかる。


「知らないの…?それじゃ、仲間じゃない?」少女は暗く落ち込んだ両目を僕へ向ける。「そうだ。仲間ではない。それで、連れて行かれるとはどういう事なんだ?」僕は少女の口から出た、その言葉について聞こうとした。


「最近、この近辺に現れたわけが分からない連中だよ。前にそいつらに襲われ、何処かに連れて行かれた浮浪者を見たよ。」「…。詳しく聞かせてくれ。そうすれば財布を取ったことを水に流す。」


「ほんと!」少女の顔は夜が明け、黄金色に照らされた高原のように明るくなった。「そうだ。だから着いてこい。それで君の名前は?」「ミチル。」「ミチル。今から僕の新居でゆっくり話し合おう。」僕は彼女の名前を復唱した後、彼女に手を差し伸べる。


ミチルはそれを手に取り起き上がった。しかし立ち上がった時、何か違和感を感じたかのように右掌を見つめる。「お兄ちゃんの手、何か異様な感じがする。鉄のような…。」


「気のせいさ。」僕はそっぽを向くような素っ気ない返事をした。ミチルは首を傾げながらも、数秒経てばもうどうでもいいと言う風な様子だった。


 そして僕は背を向き、歩き出す。ミチルは僕の背を追いかけるように着いて行く。僕は振り向かず、愉快に弾む彼女の足音を聞きながら、また元来た道へと戻る。その道中、投げ捨てたショルダーバックを肩にかけ、新居へ向かっていった。












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