第4話
そこにいたのは茶色のコートを羽織った男性だった。年齢は三十代。左斜めに整えられた黒い前髪。顔は少し小柄。それでいて屈強とした顔つき。まるでサファイアのような、ダークブルーの眼光が見る者を怖気つかせる。
服装は皴の一切ない、年期の入った焦げ茶色のコート。その下に見える白い襟付きのシャツ。そしてそれに似合う黒のズボン、動きやすそうな赤茶色のシューズを履いていた。
僕は彼の姿を一目見た瞬間、外でこの建物、僕を見張ってた奴だと気づく。そして雨の日に僕の右腕を壊した奴だとも分かった。印象に残る物は嫌でも覚える。
男は棚に展示されたワインボトルを、芸術鑑賞のようにみながら、こちらへ向かってくる。そして机の前で事細かに動かしていた両足を止める。男はふと、僕の顔を見る。僕も彼の顔を見た。
応接室にいる成人男性特有の、コーヒー臭い匂いが鼻の中に入ってくる。男は両瞼を半分下げていた。それは睨んでいるようにも、呆れているようにも見えた。対する僕は眉間にしわを寄せる。奴は大切な右腕を壊した憎き奴だから、と。
しかし男はそんな表情には興味がないと言う風だった。そのまま右側から回り込んで、机の奥で倒れるマイクの傍に近寄る。男は倒れるハイドを見下ろした。
「国際警察機構のウィズだ。貴様らフォドを壊滅。そして腕付きの殺害。首領の捕縛を目的に来た。まずその手始めに腕付きのマイク。貴様を射殺する。」鋭く、冷徹な声をウィズは出す。そしてコートの内ポケットから、ハンドガンを取り出した。艶のない黒がまるでブラックホールのように思える。
ウィズは、ハンドガンが欲しがる彼の心臓部目掛け、狙いを定めた。マイクは僕の与えた痛さに応えたのか、唇を噛み締め、ただ銃口を見つめていた。唇を噛み締め、鼻息が荒くなる。
僕は彼等の様子を、傍観者のようにただ見ていた。しかし左足が一歩、反射的に前へ出た。軽い音が机を伝い、外へ流れていく。
ウィズはその小さな音に耳を立てる。ダークブルーの鋭い両目が、僕の両目へ向けられた。僕の両目は怯え、瞼を閉じようとする。しかし僕は怯える瞼をたしなめ、閉じることを防いだ。
ウィズは僕の様子を鼻で笑いながら、口を開く。「仲間意識でもあるのか?あれだけドンパチやっていたのに。」「少し動揺してただけだ。それに仲間意識等もうない。」僕は話す。
「ほんとかね。変な仲間意識が発作し始めたかと思ったが…。」ウィズは右肩を少し上げ、僕のその様相を諂う。
だがその時、また足音が聞こえた。しかし今度は数人だ。まるでバッファローの大群が荒野を駆けるかの如く、大きな足音だった。そしてその音が部屋の中を満たした。三人の男性隊員が入り口を塞ぐようにして立つ。皆、紺色の上着を羽織り、棍棒を片手に持ちながら。
するとその中から、まるで草木をかき分けるかのように一人の男が姿を現した。顔つきは少し丸く、鼻が高い。両目が茶色に輝き、くせ毛が付いた茶髪が目立つ。服装はハイドと同じ、黒い紺のスーツを着用し、それに似合う黒いワイドズボンを履いていた。
僕は彼の姿を見ただけで、一発で分かった。「ミハイル…。」と、ミハイルの顔を覗き込むように見つめる。一体、今日と言う日は何度、思い出の人と会うのだろう。僕は内心、頭を抱えた。
ミハイルはその呟きを聞き取り、更に感慨深い顔つきを呈した。話す。「久しぶりだな、カズヤ…。まさかこんな場所で巡り合えるとは。」ミハイルは悲しく、そして失望を含んだ声色を出した。
「まさか僕もこんな所で鉢合わせするとは思っていなかった。いずれは会うと覚悟はしていたが…。」と、僕は唇を噛み締める。
ミハイルは瞳を凝らし、僕を見つめる。それは覚悟を読み取っているかのように。「どうやらまだ覚悟は出来ていないようだな。ならば、戻ってくるか?今ならば軽い罰で済むぞ?」と、ミハイルは話す。
僕はその優しき神の手を取るか、一瞬頭の中で迷った。しかし突如、ウィズが僕達の話に割って入った。そのおかげか、神の手は何処かへ消え去った。
「お二人さん。感動の再開はここでご勘弁を。」ウィズは飢えた銃口を、マイクからミハイルへ向けた。
「少しくらいは話をさせていいとは思うがな。」僕は話す。「国際警察か。やはりつけていたとは…。全く馬鹿馬鹿しい。今の時代は警察よりも自警団ですよ。それにこの町の警察はあなたの味方はしない。」と、ミハイルは侮蔑し、哀れみの情を浮かべる。
ウィズは目線を明後日の方向へ向けながら、首を一回転回す。呆れたと、無言で伝えていた。そして口を開く「全く、ノーヴィルの治安も大概だ。こんなナチスまがいな組織が縦横無尽に駆け回る。それに警察の職務を放棄するとは…。」
「正しい。僕も思っていた。」僕は便乗する物言いで話す。「余程フォドだと思われたくないらしい。」と、ウィズは横目で僕を見つめる。
すると今度はミハイルが話に割って入ってきた。「そんな減らず口を叩いても、ノーヴィルはフォドを必要としています。そしてそれに抵抗する者は排除しなければならない。例え、元戦友でも…。」
ミハイルは両手にはめた、漆黒の皮手袋を脱ぐ。それを胸ポケットにそっと入れる。マイクと同じ、鼠色がかった鋼鉄の腕が姿を現した。
それと連動するかの如く、周りの隊員が腰から拳銃を取り出し、構える。僕は無言で、両腕で構える。ウィズは腰に力を入れ、拳銃のグリップ部分を強く握りしめた。静寂が室内を支配する。
その時、左側からまるで鈍間な蛇のように、マイクが足を引きずりながら現れ出た。まるで助けが来たと、救いを求める遭難者のように。そして向かう先はミハイルの下。ミハイルは彼に気を取られる。
髭を生やした隊員がそれに気づき、反射的に彼に近寄ろうとする。ウィズはその時を狙った。素早く引き金を引く。発砲音が轟く。それと同時に弾丸が、目には見えない速さで飛び出し、マイクと隊員の間へ飛んでいった。
隊員は弾丸の割り込みに怯え、マイクに近寄れなかった。僕はその時を狙い、机から飛び降りた。狩猟が放った銃声に怯えた鳥のように。ミハイルはさっと顔を、飛び立つ僕へ向ける。
僕は彼から数十センチ離れた場所で着地した。その衝撃で、溜まっていた埃が宙を舞う。そして立ち上がり左腕を、まるでロケットパンチの如く、ミハイルの顔へぶつけようとした。
だが彼は右腕でそれを薙ぎ払う。それは一瞬のこと。凄まじい反射速度。その時、モーター音が互いに擦り焦る音が聞こえた。そのおかげで僕の拳は、情けない音を立てながら弾かれる。ミハイルはその音を聞くな否や、ただ真顔で僕を見つめる。
と、今度はミハイルが、左拳を僕の顔へ殴り入れた。それは僕がやりたかったことを実現するかのように。反応速度が遅かった。拳が顔面に直撃する。まるでサッカーボール位の大きさの鉄球を、勢いよくぶつけられたかのように。鉄特有の血生臭い匂いが、押し付けられるよう鼻孔から入ってくる。
僕の顔、体の順に圧力が掛かる。その影響で体が後ろへ飛ばされそうになった。しかしその圧力を抑えるかの如く、僕は踏みとどまった。そのおかげで数センチで踏みとどまれた。
鼻孔から血が流れる。それが口を伝い、中へ入ってくる。味覚がそれを感じ取り、鉄の味が口の中へ広がっていく。僕は古びたジャンパーの裾で、鼻から出る血を拭きとる。しかし壊れた水道管の如く、また出てきた。無意味だと察する。
するとがたいが良い一人の隊員が、倒れる僕を倒そうと迫った。鉄の棍棒を手に持っている。絨毯の柔らかい音が聞こえる。僕は抵抗しようと、両足を踏ん張り、立ち上がろうとした。だが間に合わない。
しかし銃声が鳴り響く。襲い掛かる隊員の右足から、血が流れ出た。僕はそのおかげで体勢を取り戻すことが出来た。その時、また銃声が鳴り響いた。銃弾が僕の右側を素通りする。目標はミハイルの心臓。
銃弾が迫る。ミハイルは動揺もせず、目を凝らす。そして弾かれる音を立て、銃弾は弾かれた。だが彼の隙は出来た。僕は血を流しながら、彼の懐へ近寄る。すると奥からも絨毯を強く踏む音が聞こえた。
ミハイルは両目を大きく開く。それは周りが見えない今の状況でも、否応に映った。余りに特徴で気だからだ。僕はそうして左手から電気ショックを、彼の右脇辺りに流し込んだ。
彼は口を噛み締め苦しむ。しかし根性か何かなのか、耐えていた。僕は更に電圧を上げようとする。しかしミハイルは縛られていない左腕を、マイクと同じよう刃先へと変貌させた。
「もう少し、殺すことを覚える方が良い。ハイドの言い分を忘れたのか。」ミハイルは呆れた物言いで話す。僕は生死が関わるこの状況で、一瞬嫌な昔の思い出ががよぎった。鋭利なあの黒い両目。しかしそれが膨らむ前に抑える。
ミハイルにはその僕の様子に、勝機の色を見た。左腕の刃先が心臓へ迫る。僕の心臓が止まりそうになった。後ろから聞こえていた走る音が、最大音量となる。
そして四度目の銃声が聞こえた。それが刃先の中央部分に当たる。鉄同士がぶつかり合う音が鼓膜を響かせた。僕はその瞬間を狙い、左腕を脇から話す。そして闘牛の如く、ミハイルへ突進した。
彼は唖然とした顔を隠せず、倒れこむ。僕は彼と共倒れする前に、両足に力を入れた。
「やるね、カズヤ。しかし戦場で戸惑いを見せるとは。」ミハイルは顔を上げ、話す。「やはり昔馴染み。戸惑わせてくれ。」僕は呟く。
ウィズが横から現れ出る。「フォドの幹部が二人死に体。しかしここで終わりだ。」銃口がミハイルへ向けられる。だがウィズの銃弾で倒れた隊員が、怨念の力で立ち上がり、飢えた棍棒を振り回した。
それが彼の右腕に当たる。ウィズは痛みも感じる低い声を出した。僕は彼の背中から回り込み、右手でその隊員を気絶させた。隊員は倒れこむ。
僕は確認した後、ウィズに語り掛ける。「ここは一旦、脱出した方がいい。」「ほう、何故だ。」「そろそろ増援が来る。ほら、足音が聞こえてきた。」僕がそう言った瞬間、また足音が室内の外から聞こえてきた。
「どうやらそのようだ。」「残りの体力を逃げるのに使おう。下手に今、戦えば逃げられなくなる。そうなれば僕達は、フォドの救済施設行きだ。」
僕達の周りは静まり返る。足音が徐々に大きくなった。僕達はすぐさま扉へ向かう。隊員の姿が見えた。しかしそんなことは気にせんとばかりに突撃する。二人の隊員が倒れた。そのまま僕たち基地を後にした。
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