エピローグ

 それから、魔界は大々的な農地改革を始めた。すべては民が飢えないため。定期的に雨も降るようになったし、少しずつ野菜を収穫できるようにもなってきた。


 蓮華とルビーは仲良く勉学に励み、共に剣の腕を磨き、そして雑用までこなしてくれた。本当にいい子供たちだ。


 そうそう、コウモリ族たちのおかげで、孤児となった子供たちの施設も無事に完成した。


 ここまで順調で、こわいくらいだった。


 更に、魔界が少し落ち着いたところで、マリーの両親に会いに行った。彼女のネックレスを母親に渡すと、わっと声を上げて泣かれてしまった。


「守れなくて、ごめんなさい」


 魔王様の言葉に、親父さんも涙を拭いながら、いいんです。と繰り返していた。


 そして、墓前に彼女に渡す予定だったジャムを供えた。


「守れなくて、ごめんなさい」


 魔王様はそこでも、誤っていた。マリーが人間に転移しているらしいことは、黙っていることにした。このマリーとあのマリーが同一人物であるのかわからなかったし、仮にそうであったとしても、人間界での彼女は溌剌としていた。ならば、それでいいのだ。


「お忙しいところを、わざわざありがとうございました」


 タヌキの夫婦は、また掘っ建て小屋を作り直して、宿屋を経営しているようだった。


 これでいい。魔王様は泣かなかったけれど、心のうちでは泣いていたのだと思う。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、とある天気の良い午後。おれは、魔王様に抱きつかれている。熱を帯びた肌は紅潮し、その息は荒く、瞳も潤み、おれは少なからず興奮していた。


 言っておくけど、これはおれの妄想なんかじゃないんだぜっ!!


「なぁ、デルタよ。我はその。我は、まだ心の準備がその、まだできておらんのだ。だから、その。で、できればまた今度というわけにはいかないだろうか?」


 ふふっ。逃げようったって、そうはいきませんからね。今日のために、みんなでたくさん準備してきたんですから。


「魔王様? まさか、ここまできて逃げませんよね? ふふっ。可愛い顔しちゃって。大丈夫です。痛いのは一瞬ですよ。さぁ、早いところ服を脱ぐか、腕をまくってくださいっ!! ぐずぐずしてると、全部脱がせちまいますよっ」


 今日は、年に一度の狂魔病きょうまびょう予防のワクチンを打つ日だ。狂魔病とは、伝染性の感染病で、魔族が感染すると凶暴化して、取り返しの付かなくなってしまう恐ろしい病気。一度狂魔病を発症したら最後、始末されてしまうしかないのだ。そう、特効薬は今の所ないのだから。


 そして、何を隠そう、魔王様は注射がお嫌いだ。だからずーっと、こうやっておれの腕にしがみついている。可愛い。けど、これだけはきちんとやってもらわなきゃならない。魔王様が狂魔病にかかってしまったりなんかしたら、おれも困るし、なにより魔界がまた混乱してしまうのだから。


 おれは、怯える魔王様の袖を捲りあげてあげた。全裸も捨てがたいが、そんなの、他の奴らに見せられるわけないじゃん。


「はい、チクッとしますよー」


 優しい看護師さんに言われて、おれの腕にしがみついたままの魔王様がぎゅっときつく目を閉じる。ほんっとうに可愛いな。


 今は、その顔が見れただけで十分。おれたちは、ゆっくりと前に進んでいく。ただ、それだけでいいんだ。


「魔王様、大好きです。よく我慢しましたね。それでは、ご褒美の――」


 おれは、人目もはばからず、魔王様の頬にちゅっと音を立てて口づけをした。どうよ。魔王様はおれだけの魔王様なんだぜ。


 なんて油断していたら、魔王様が脈絡もなくおれの腕を手繰りよせた。


「我からも、褒美にそなたに口づけをしてやろう!!」


 それは、頬に軽く触れるだけのものだったけれど。


「さぁ〜いこぉ〜う!!」


 どんな電撃攻撃よりも、おれを痺れさせてくれたのだった。


 おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る