第16話 想うだけでも浮気になるのか?

「デルタ、このまま聞いてもらいたいことがある」


 ふいに、魔王様が重々しい声を出す。


「今、ですか? 魔王様今日もお疲れでしょう? 明日じゃダメなんですか?」

「今、話を聞いて欲しいのだ」


 うん。そうか。まぁ、そりゃあな。そうだよな。


 おれは腹を決めて、できる限り明るい声でいいですよ、と答えた。


 おれは、魔王様を浄化したソファの上に座らせた。すると、魔王様はおれに横に座って欲しいとおっしゃる。いいですよ。と、腰をかければ、いつもより硬い表情の魔王様が口を開く。


「我は、そなたに謝らなければならないことがある」

「はい」


 うん。もう、覚悟はできてらい。


「我は、ミナトのことを好きになっていた。おそらく、最初に会った時から」

「はい。承知しておりました」

「知っておったのか?」

「ええ。これでもずっと、あなただけを見て生きてきましたから、ジャスティス」

「そうか……」


 そうつぶやくと、魔王様はうつむいてしまった。美しく長い黒髪が、サラサラと顔にかかる。その髪を払ってやりたがったが、今はできなかった。その資格が、おれにはない。


「我はそんな自分を恥じていた。自分の子供ほどの年頃のミナトを愛してしまったことを。おそらくそなたは、我のことを高潔な魔族だと思ってくれているであろうからなおさら言い出せなかった。それゆえ、そなたの部屋で蓮華といるところを見て、誤解したのだ。ああ、バチが当たったのだと思った。そなたをだまして、高潔なフリをしていたことによる、バチなのだと」

「そんなことないですよ。おれは腐っても魔王様しか愛せない」

「だが、我はそなたを裏切り、浮気をした。断じて許されることではない。それに――」


 もう、話の到達点がわかっているような気がした。魔王様はお優しい方だから、絶対にそう言うと思う。


「それに、できればミナトの病を治してあげたいとも思っておる」

「うん。でも、人間界へはもう行けないですよね? 洞窟もあんなだし」


 それに、それができるのならば、あの時、ここで治癒させていただろう。


「うーむ。今なら薬はなんとかなりそうなのだがな」


 魔王様はそうおっしゃると、例の丸薬の入った薬瓶を手のひらで転がし始めた。なるほど。その丸薬に魔王様のヒールの魔法をかけて、ミナトの病気を治してやりたいってわけか。


 その気持ちはわかる。だが、ミナトは今すぐ死んでしまうわけではなさそうだし、ここは魔王様のお立場として、城の浄化と、できれば崩落した洞窟から生存者を探す方が先に思える。


 あれ? けど、なんだか少し、城の中が血生臭くないっていうか、朝よりも綺麗になってるような?


「我らが外出していた間に、皆が浄化魔法を使ってくれたらしいのだ。あとの問題は洞窟の方だがあれは、鼻が聞く魔族と力自慢の魔族を向かわせた。明日中にはなんとかなるだろう。ついでに犬も探させておく」


 でもさぁ、だからって、今この大切な時に、なにも魔王様がミナトの心配をしなくてもいいじゃないか。


 ……ひょっとしておれ、また嫉妬してる?


 あー、自分が嫌になる。その前につづくけどな。


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