第3話 傷心には部屋の掃除がしみるぜ
風呂上がりのおれは、別人のように掃除に励んだ。あれもこれも、人間たちが残していった多くの品物は処分することに決まっている。
風呂とトイレ以外は、人間界のルールなんて捨てちまえって。あれ? 単に今、おれがヤケクソなだけなのか?
「あーあ、くっそ。こんなことなら、どこかで襲っておけばよかったかな」
そんなおっそろしい言葉が自分の口から出てきてあきれ返る。そんなの、絶対にダメなのさ。だってさっき、自我を保ててたじゃん。
イカリが使っていた部屋は、本来はおれの部屋だった。そこを無心に掃除した。あーあ。壁紙も取り替えなきゃだし、カーテンもダメだ。それに、あっちもこっちも穴が開いていたりして、痛み放題じゃん。どうしてこうなったんだよ。
ふっと、頭の中で、魔王様はミナトへの想いに気づいたのだろうか、なんて浮かんできた。だから、気まずくて、おれを避けている、とか。
いいや、魔王様はそんなことを考えるようなお方ではない。
モップがけをしながら、煩悩を振り払おうと試みる。
そんなおれの耳に、ドアをノックする音が聞こえた。
「誰?」
おれがドアを開けると、知らないコウモリ族の若い男の子が、頬っぺたを真っ赤にして立っていた。
「どうした? 熱でもあるのか?」
たしか、もう必要なくなった魔王様の丸薬がまだ残っているはずだが、はて?
「デルタ様っ」
コウモリ少年は強引におれの部屋の中に入ってきて、ドアを閉めた。
「なにかお困りですか?」
丁寧におれが聞くと、コウモリ少年は全力で首を左右に振った。なんだ、なんだ?
「デルタ様。ぼく、デルタ様のことが好きです」
震えてやがる。若いな。イカリたちよりも年下か。おれたちも、そのまっすぐな瞳のままでいられたならよかったのにな。
「ごめんな。おれにも好きな人がいるんだ。だから、あきらめてくれると助かるんだけど」
「それって魔王様のことでしょう? 魔王様は今はとてもお忙しいのだと伺っております。ですから、ですからせめて、その間だけでも、愛人にしてもらえないでしょうか?」
キラキラと輝く黒目がちの瞳が潤んでいる。だが、やはり体は小刻みに震えている。ちぃ。コウモリ族の刺客なんだろうな。こりゃまた厄介なのを送り込んできやがったぜ。
「悪いな」
「だっ、だったらせめて、一度だけ、だ、抱いてくださいっ」
緊張しながらあられもない言葉を吐き出したコウモリ少年。紅潮していたはずの頰が、今では青ざめている。かわいそうにな。
「そんなこと、気軽に言うもんじゃないよ。それに、誰に頼まれた? おれを籠絡させて、魔王様の側近のポジションを奪おうって腹だよなぁ? そういうのに子供を使うのがおれ、一番嫌いなのよ。誰? 君をしかけたのは」
おれの言葉でさらに青ざめたコウモリ少年は目を伏せた。涙が溢れる。なるほど、コウモリ族にしちゃ、綺麗な顔をしているが、こういうことに使われるのは、気の毒な役割だよな。
「ま、いいけどさ。誰にしたって、おれは君をどうにかするつもりはないよ? いいから洞窟に戻るなり、親の元に戻るなりして、大地を耕かすお手伝いをしてくれた方がおれとしては嬉しいかな?」
「けど、ぼく……」
その手には乗らないよ。誰の発案かは知らないけどさ。子供にこういうことをやらせている大人が一番嫌いなんだよ、おれは。
「両親、目の前で殺されちゃったし、それに、このままなにもしないで洞窟に戻ったら、ぼく、叱られる。洞窟に入れてもらえなくなるんだ」
「わかった。じゃ、城で働く? 小間使いみたいなことしか割り当てられないけどさ。君に手を出させないよう、おふれは出しておくけど?」
降参、とばかりに両手を挙げたおれをに、コウモリ少年はさらに瞳を潤ませた。
「でも、ぼく。小間使いなんてやったことないし」
「体を売るよりはマシな仕事なんだ。いいか? 誰にどうして君がこんなことになっちまったかは知らないが、そういうのはよくない。何度でも言うけど、おれはそういうのが大嫌いなんだ。大人しく小間使いをするか、洞窟に戻って叱られるか、それとも絶対に勧めないけど、夜の世界で働くか、旅に出るかを選ぶといいよ。時間はたくさんあるから」
そう言うと、おれは部屋の隅に鏡のカケラを見つけた。
「鏡? これは、人間界のものなのか?」
つづくのだっ
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