第2話 トリートメントも忘れないでくださいね

 驚きすぎたおれは、腰からタオルが落ちるのもかまわずに、湯船から勢いよく飛び出し、そして、脱衣所にいそいだ。


「怒ったか? デルタ。そなたの気持ちを思うと、なんだかとても気がひけるのだけれど」

「怒ってなんかいませんよ。嫌だなぁ。おれと魔王様の仲じゃないですか。そんな水くさいこと言わないでくださいよ」


 慌てて着替えを済ませたおれは、一呼吸してから魔王様に声をかける。


「だってそんなの、当たり前じゃないですか。今が魔界にとって一番大変な時なんだから。あ、じゃ、おれまた掃除に戻ります。魔王様、ちゃーんとトリートメントもしてくださいね? それから、湯船に浸かったら、ちゃーんと数を数えてくださいね」

「いくつまで数えればよいのだ?」


 この、ガラス戸の向こうには、無防備な魔王様がいる。けどさ、けどね。襲うなんてこと、おれにはできないんだよっ。


 魔王様の笑顔を独り占めしたいけど、今はそれどころじゃないし、魔王様は威厳を保っていてくれないと、魔界が復活しないじゃない。それくらい、おれにもわかってまーす。


 涙を飲んだおれは、三十くらいでいいんじゃないですかー? と言い置いて、静かに立ち去った。


 その際、風呂の入り口に『魔王様籠城中』と書き残してきたのは、ほんの出来心からだ。


 決して嫌がらせでも、意地悪でもないんだからなっ。


 くっそ。つづいてやるぜぃ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る