第44話 悪臭と、イカリ

 場内に入ると、おびただしい数の魔族が切り刻まれていた。むしろ、生きている魔族に会うことすらできないなんて。


 死体からの悪臭と、飛び散った紫色の血が、壁という壁に染み込んでしまっていた。


 もう、おれたちが住んでいた頃の城じゃない。


 そして、そんなおれたちを迎え撃つのは魔族ではなく、人間の少年、イカリだった。


 たった十四歳の少年は、なにをどう間違えてこんな残虐なことができるのか、おれは少しだけ首をひねった。


 まだまだ楽しいことがたくさんあるかもしれないのに。


 良いことも、悪いことだってちゃんとある。この命を、イカリはどうして大切にすることができないんだ。


 なぜ、こんな場面でめちゃくちゃに破れた玉座の上でにんまりと笑っていられるんだ?


「お帰り、魔王とその恋人」


 まるで待ちくたびれたとばかりに大きな口を開けてあくびをするイカリは、少しばかり眠そうに目を細めた。


「魔族って、すっごい貪欲なんだね? おれ、知らなくてさぁ。おれ以外の城に住んでいる奴らをたくさん殺した奴には褒美を与える、とか言ったんだ。そうしたらもう、殺し合いが始まってた」

「嘘だ。魔族は少しだけ知能の低い者もいるが、基本群れて暮らす。仲間内で殺し合いをさせた理由は他にあるんだろう?」


 おれは自分が、イカリに突きつけた言葉に自分でギョッとしてしまう。


 そんなわけがない。


 たった十四歳の人間の少年に、そんなマネができるはずがないじゃないか。


 だが、おれの心を見透かしたように、イカリが口角を上げて笑う。


「最後に残った者には、魔王のホーンをくれてやると言った。だけどさぁ、その最後の一人を殺したのはおれだから、おれが全部のホーンを取り込んじゃったのさ」


 薄暗いホールの中で、イカリの手のひらの上で炎が燃え盛っていた。


 暗さと悪臭と、状況ではっきりと見えなかったイカリの顔が炎に照らされて浮かび上がる。


 コウキの時に感じたものよりずっと酷い状況に吐き気を催す。


 イカリはもう、人ではない。魔族でもない。修羅になっていた。


 赤黒いむくんだ顔。側頭部にニョキッと生えたホーン、色の抜けた真っ白な髪。醜く歪んだ瞳はとんでもない方向まで裂け、一つ目になっている。


 背中には、悪魔の羽根すらあった。


「食ったのか? こいつらを」


 コウキの時よりも激しい嫌悪感に襲われながら、なんとか吐き気をこらえる。


「栄養のある部分だけ、ね。ほら、コウキおじさんよりはマシじゃない? ま、そのおじさんも愚かな父親と共に灰になってしまったけれどね」


 その一言では、もうそんなに驚かなかったけれど、なんだかさっきから体がフラフラする。


「ああ。あんたたちの魔力もおれが吸収しちゃっているからね。そうしたらおれは、この国の真の英雄になるんだ。あっははっ。まさか、父親がゲイだったなんてね。じゃあおれとミナトは愛の結晶なんかじゃなかったってことだよね。ほんっとうにめんどくさい」


 ゆらり、とイカリが玉座から立ち上がる。


 おれは魔王様を後ろにかばい、二人の愛の結晶である魔王様が作り出してくれた剣を構えた。


 さてさて、つづくぞぉ

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