第41話 誰かを好きだと想う気持ち、そして決意

 きっと、誰もが誰かを大切にしたくて、お互いに存在しているのかもしれない。


 大好きで、大切で、泣かせたり、悲しませたりしたくなくて。


 いつも、笑っていて欲しくて。


 けれど現実は残酷だから、割と不愉快なことしか起こらない。


 幼い頃の無邪気な夢も、優しい想い出やあたたかい食事なんかを思い出すけれど、うっかり忘れてしまうみたいにはかなく溶けて。


「おれ、ユウキのことはきちんと説得する。だから、これ――」


 魔王様に見えない角度から、コウキがおれにネックレスを渡してきた。


 それが、お前の覚悟なんだな?


 コウキは恥ずかしそうにうつむいた。


「城、急ごうぜ」


 コウモリの背に乗ったコウキは、先頭を飛んで行く。


 見知った魔王城が、わずかの間にすでに白く積もりつつある。ああ、寒いな。


 そんなことにはおかまいなしとばかりに、コウキが屋上のテラスへとたどり着く。


 舞い降りる雪の中で、元勇者だったユウキが亡霊のように立っていた。そのかたわらには、無残に切り刻まれたコウモリ族の女の子の姿も見えた。


 あんなにふてぶてしかったユウキの顔が、この短期間でかなりしおれて見える。


「よう、ユウキ。相変わらず色男だな」


 コウモリから降りたコウキは、丸腰のまま、ユウキへと近づこうとする。


「だ、れ?」


 まるで老人のように白く染まった髪は、雪のせいだけではなかったことを告げられる。


「おれ、は、だれ?」


 これも、イカリのしわざなのか? そう思うと胸がムカついてきた。


「ごめんな、ユウキ。お前をそこまで腑抜けにしたのは、おれが放った刺客のせいなんだ。おれのものにならないのなら、せめて自分の存在すら忘れて欲しかった。これは、おれのエゴだ」


 なんと、コウキがここまでしこんだというのか。けどまた、どうして?


「好きなんだ、ユウキ。どうしてもあきらめきれなかったんだ。お前が悪いんだぞ、ユウキ。おれたち、将来は一緒に暮らす約束をしていたのに、魔界に来たとたん、ユカリと仲良くなって。洞窟に閉じ込めたりもして」


 こうまでして気持ちを拗らせてしまうと、もう解くことなんてできないだろう。だって、どう考えたって、コウキの気持ちは一方通行なわけで――?


「がう……」


 うん? ユウキがなにかを言おうとしている。乾燥してひび割れた唇からは赤い血が滲んでいた。


 その赤の鮮血が、やたらと目に入る。


「そ、れは、違うんだっ」


 ユウキは突然正気を取り戻したのか、コウキの化け物じみた胸板を力なくこぶしで叩いた。何回も、何回も。


「おれだって、本当はコウキのことが好きだった。けど、両親がある日テレビを見ていて言ったんだ。ああ、この人たち同性同士だから、親に孫の顔を見せることができないねって。すごく、悲しそうにさ」


 待って、待って。流暢に話しているけれど、これがさっきまで腑抜けていた奴の言葉なのかよ。


「そうしたらおれ、一人っ子だし、だったらせめて、子供作ってからコウキと一緒になっても遅くないんじゃないかって。覚えてないの? 沖縄旅行で、初めての夜を過ごして、話した日のことを」


 沖縄旅行? と、コウキが力なく繰り返す。


「沖縄旅行? ごめん。おれ、初めて飲む泡盛に悪酔いしちゃって、覚えてない」

「……した、ことも?」


 不安そうに見上げるユウキを見おろすコウキの頬は赤くて。


「それ、は。場面場面では覚えてるけど。お前の気まぐれかと思って」


 そんなわけあるかーっ!!


 な、状態で一旦つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る