第16話 過去を語る
おれの過去話なんてつまらないもんだ。
エリート魔族の間に生まれて、チヤホヤされて。くっだらない人生を、くっだらなく生きるんだろうな、なんて達観していたあの頃。
えらく綺麗な顔をした魔族の子供がいるなって思っていたんだ。おれくらいの年で、貧乏魔族だとすぐにわかった。髪が長かったからな。いや、それでも、長い黒髪がとても艶やかだったことは今も変わらないのだが。
そう、それが魔王様――、ジャスティスとの出会いだった。ジャスティスは、えらく腹を空かせていて、川の魚を取ろうと白く伸びた足を、大胆にも水に絡ませていた。
足まで綺麗だなぁ。そんな風に感慨にふけっていたおれだったが、残念なことに前日の雨のせいでジャスティスは川に足を取られた。派手に転んでも、すぐに起きて、魔法で服を乾かし、どこに潜んでいるかもしれない魚へと目を凝らしている。
「釣りの方が確実だと思うけど?」
あまりにも真剣な表情で魚を探しているものだから、ついそんな言葉が口をついた。
ジャスティスは、おれを見て、釣竿も糸も針もないんだ、と残念そうにささやいた。
まだ声変わり前のジャスティスの声は透明度の高いソプラノだった。
その瞬間、恋に落ちていた。
男だからとか、女だからとか、そんなことを超越してしまうほどに美しい少年を、しばらく黙って見つめていた。
やがて、獲物を一つもつかんでいないジャスティスが、川からあがってきて、きみはなにをしているのだい? と聞いてきた。
あなたを見ていたんです、とはさすがに言えなかったから、川が増水しているのに危ないなと思って、見守っていたんだ、と半分嘘混じりで言ったのに、彼はおれの言葉を信じてくれた。
「腹、減ってるの?」
「うん。父さんが先週から風邪をひいてしまって、働けないから、食べ物がなくて」
と、その美しさが貧乏と博愛からきているのだと理解した時、どうにかして彼と友達になりたいと望んでいた。
だから、ふいにカバンの中から甘いだけの砂糖菓子を取り出した。
「よければ、食べる?」
「いいのっ!?」
それは、どんな美少女でもかなわないほどの屈託のない笑顔で。それはそれはとても美しくて。
「ああ。よければ全部あげるよ」
「ありがとう!! 父さんと母さんにもあげてもいい?」
「いいよ。きみにあげたものだからね。ただ、それで腹は膨れないと思うけど?」
「そんなことないよ。三日ぶりの食べ物だもん」
おれさぁ、この時、不覚にも涙が出てきたんだよね。その涙をごまかす為に、自分から名乗ったんだ。
「おれはデルタ。きみは?」
「ぼくはジャスティス。将来魔王になる男だ」
うんうん。魔王にでもなんにでもなってくれ、と思ったのは、この時が最初で。だからこの後、おれをきみの腹心の部下にしてくれないか? と聞いたのは、決してやましい気持ちがあったわけじゃなかったんだぜ。
過去話はつづく
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