第14話 魔王様
大きくて固い岩に蹴躓いたように魔王様が前のめりで倒れる。
「魔王様!!」
咄嗟に呼びかけ、地面に倒れふすのを阻止できたものの、いつものような叱責が降ってくるようなことはなかった。
ただ、苦虫を噛み潰したような渋面をこちらに向けて、必死な顔のあなたは、それでもまだ、威厳を保とうと努力を絶やさない。
「すまない、デルタ」
あーあ。あの赤いリボン、魔王様にすっごく似合っていたのにな。
あの後、宿屋の主人と女将は、丁重にマリーのご遺体を拭い、埋葬してあげた。その一部始終に同行していたおれと魔王様はなにも言えず、ただ、博識ぶった化け狸のお経の声が、鉛色の空に響いていた。
それでも雨は、降らない。
なぜ、と問うことは簡単だろう。だが。
「なぁ、少しだけ休まないか? 魔王様もそんなだし」
なぜか着いてきた化け狸は、子供の姿でぐずり始める。
「まぁ、ここは本当にさ、休みましょうよ、魔王様」
狸のおかげで、水と食料は調達できた。ついでに宿屋の主人からも、マリーを看取ってくれたお礼とばかりにわずかながら報酬までもらってしまった。
「とりあえず、水でも飲みませんか?」
あ、あ。と、別人のように干からびた唇が限界を告げる。おれは、強引に魔王様を乾燥した大地に座らせ、いつもならば見惚れるほど麗しいその唇に無理やり水筒を押し込んだ。口の端から滴る水。それさえも、苦しくて。
「しっかりしてくださいよっ!! おれは、あなたがいたからここまでこれたんです。あなたと一緒だから、頑張れたんです。それなのにどうして、こんなことに……」
わかっていた。もしおれに、エリート魔族であるこのおれに、もっとたくさんの魔法が使えたのなら。止むを得ずホーンを回収せざるを得なかった魔王様のフォローにまわって、イカリとマリーが地面に落ちる前にクッションのようなものが出せていたのならば、マリーのダメージは死ぬほどではなかったのかもしれない。
だが、イカリは本気で彼女を、いや、実の兄のはずだったミナトを本気で殺そうとしたのもまた事実だ。
ホーンの回収が遅れていたら、彼女は両親の顔を見る前に絶命していたかもしれない。
「我の、せいだ」
「あなたはっ!! そう思うのなら、本気で城を取り戻しましょうよっ!! そうして、彼らを、人間の世界に戻してあげる、それしかないでしょう!? だってあなたは魔王様で、おれはその腹心の部下で、それで、おれの命の恩人なのだからっ」
おれは、力なく大地に倒れ伏す魔王様に馬乗りになった。そうして愛は、おれの心からの深い愛情は、いつもこの手で抱きしめたいと願うその白いすべやかな頰を、おれの拳で殴りつけた。
くっそう。こんなこと、したくなかったのに。
大好きで、守りたくて、ただ側にいたい。それだけなのに。
「まぁまぁ、そう賑やかにしなくてもいいでしょうよ」
おれは、のんきな声を上げる化け狸をにらみつけた。だがこいつ、なにかをたくらんでいるようにも見えた。
いったいなにを考えているのか、つづいてみないとわからないな。
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