第12話 悲劇

 そうして美しい光景は、そう長くはつづかなかった。突如として、宿屋の屋根が乱暴に剥がされ、醜い笑顔を浮かべたイカリがぐったりしたミナトを抱え込んでいる姿が太陽に浮かぶ。


「魔王、まだこんなところにいたのか。どういうわけかミナトの超能力が突然消えて無くなったから、魔王が死んだのかと思ったぜ」

「ああっ!! あの子は、マリーだっ!!」


 女将が震えながら指を指していたのは、ぐったりしたミナト。では、マリーはミナトに化けているのか!? いったいなんのためにっ!?


「はん。なにを言う。マリーは昨日から買い物に出かけている」


 言いながら、片手でミナトの首を絞めた。


「くっ……」


 苦しそうな声を上げるミナト、いやマリーなのか、を早く助けなければ、死んでしまう。


「イカリ。頼むからその者をこちらの両親の元に返してやれないか? その代わり、我を殺しても構わない。どうか、頼む!!」


 魔王様っ!? そんなっ。


「へん。くっだらない情に流されてるんじゃねぇよっ。おれはなぁ、最大のショーを魔王に見せてやる為にここまで来たんだ。その後絶望したお前を、たっぷりいびり殺してやるっ」

「よすのだ、イカリ。その者を殺したら、そなたは修羅になってしまう」

「修羅? ああ、なりたいね。魔界で最も強い存在に」

「ならばしかたない。ホーン回収!!」


 魔王様は全力で両手を突き出し、イカリの体に溶けたホーンのカケラを回収しようとした。だが、一瞬遅く、ミナトが口の端から血の泡を吹いた。


 イカリは、ミナトと共に地面に叩きつけられ、ミナトだった者は、知らない狸の娘へと姿を変えていた。


「ああ、マリーっ!! なんてことをっ!!」


 宿屋の女将は慌てて崩れた階段を降りて外に出た。おれと魔王様は一足先に瞬間移動して、マリーの心肺蘇生法、及び治癒魔法を注ぎ込んだ。後から来た本当は薬師の化け狸も全力を尽くした。だが。


「あ……」


 マリーの目は一瞬、宙をさまよった後、両親の姿を見て嬉しそうに微笑み、そして、生き絶えてしまった。


「わぁーっ!!!!!」


 宿屋の夫婦の咆哮が、天高くそびえる空に吸い込まれて行く。


 なんてことだ。おれたちは、マリーを救えなかったんだ。


 つづく。

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