〈イカリ視点〉 違和感
ミナトの部屋のドアは開いたまま、部屋からあかりが漏れている。まさか、脱走したのか!?
あせってドアを全開にするおれの目に、ベッドに横たわるミナトの姿があった。
「起きろ!! クソ兄貴!!」
ベッドごとミナトを蹴り飛ばせば、自分でも信じられないほどの圧力でベッドが転がってゆく。
死んだか? ミナト? だが、まだ生きていてもらわなければ困る。こいつは、魔王の前で殺してやるんだから。
力なく転がったミナトは、苦痛の声を漏らす。それを聞いただけで
「起きろよ? まだ生きてるんだろ?」
尖った靴の先でミナトを仰向けにさせる。荒い呼吸と目の動き。……なんだ? なんで違和感を感じるんだ?
「おい、ミナト!! これからお前の大好きな魔王様とやらに会わせてやるぞ。お前は、そこでおれに殺されるんだ」
「も、やめようよ? そういうのは」
ちぃっ。この期に及んで綺麗事かよ。くっだらねぇなぁっ。
机の上には手つかずの食器がある。
「部屋に、誰が入った?」
そいつがドアを開けっ放しにした犯人だ。
『あ、あのぅー。こういうのは、困りますぅー。私、ただの侍女ですので、イカリ様から贈り物をいただいてはならないとしつけられておりますので』
くぐもったような幼い声。おれの初恋、マリーの姿が頭に浮かんだ。
「マリーが部屋に来たのか?」
「だったら、なに?」
ガッと音を立てて、ミナトの顔を殴った。……やっぱりおかしい。ミナトなのに、ミナトじゃない?
「マリーはどうしたよ? あいつがドアも閉めずに出て行くわけないよな?」
「……買い物に出かけると、そう言っていた。ぼくも、欲しいものがあったから、ついでにたのんだんだ。だから、ドアを開け放したまま、慌てて出て行ったんだ」
だとしても。違和感が消えない。
マリーはミナトのことが好きだ。ミナトはそうじゃないらしいが、おれにはわかる。だからこそ、ミナトに苛立ちを感じる。おれが欲しいものをいつでも簡単に手に入れているのに、それに気づかないあいつが憎い。
「マリーになにを買いに行かせた? 言えっ!!」
おれは遠慮なくミナトの腹を踏んだ。奴の口からゴブッと血が出る。だが、この程度で死なないよな? いつも魔族を相手にしているから、人間への加減がわからない。だが、もうそんなことはどうでもいいんだが。
「一体なにを買わせに行かせた?」
「便箋……。父上と母上に手紙を書きたくて」
あー、やっぱりくだらねぇ。手紙だぁ? そんなもので気を引けると思っているのかよっ!?
「どうしても、仲直りして欲しくて」
「無駄だ。おれが全部壊してやるんだ。両親も魔界も人間界も、全部だっ!! お前はその生贄になれ」
おれの心が真っ黒に染まる。血液が、黒く干からびてゆく。それが、ホーンのカケラを摂取したものの宿命だとわかるから。時間はあまりない。
「生前、なんの役にも立たなかったお前に最高の見せ場を作ってやるんだ。感謝してもらいたいな」
もう一度マリーが運んできた食器に目をやる。こいつ、なぜ一口も手をつけないんだ?
「最後の晩餐くらい、食べておけ」
そう言うと、おれはミナトから離れて部屋のドアを閉めた。
手紙。手紙か。くっだらねぇ。
つづかないとおもしろくないかもな。
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