第8話 温情

「そなたには畑を耕す才覚がある。その者を我が殺すと思うのか?」


 魔王様は婆さんの肩をさすりながらお優しく語りかける。


「限られた現状の中で、水だけを与えられてここまで立派な畑を耕してくれた。我は、そなたに感謝してもしきれないのだ」

「なぜなのです!? だってあんた、魔王なんでしょう!? 人格非常な魔王のはずでしょう!?」


 魔王様はカッと目を見開いた後、信じられないほどの慈愛に満ちた瞳で婆さんに微笑みかける。ああ、そのポジション、代わりてぇ。


「我は民の健康と、肥えた大地を愛するただの魔族だ。他に望むものはない。あるとすれば、この大地を荒廃させた輩を始末することくらいだ」


 婆さんが、信じられないというような顔で、魔王様を見つめる。


「久しぶりの睡眠と、新鮮な野菜を食させてもらった恩だ。クマと毒ヘビを受け取ってくれ」

「ちょっと、ですからそれ、おれたちの全財産――」


 キッと、そんな風に強気で睨まれちまうと、おれも別の感情が湧いたりしちまうんだが。まぁ、いっかぁ。


「ありがたく、頂戴いたします」


 婆さん、受け取っちまったし。


「その代わりと言ってはなんですが、どうか新鮮な野菜を好きなだけお待ち帰りください」


 ガクー。野菜か。野菜じゃ宿には泊まれないよな。ああ、フカフカした布団に一つでいいから入りてぇ。いや、まだ魔王様に手は出さないけどなっ。


「ありがたく頂戴しよう」


 こうしておれたちは、群れをなす爬虫類たちに手を振って、古民家から離れて行った。


「うむ。このトマト、なかなかの美味であるぞ、デルタ」

「あーもー、ジャスティス、子供じゃないんだから、口の端にトマトの種付いてるー」


 でも、ペロッとしたりはしないんだぜ。その代わり、種を指でつまんでおれの口に入れた。あまーいっ!! 今まで食べたどんなものよりもあまーいっ!! これがっ、これが魔王様のお味なのかぁーっ!?


「ほれ。そなたも食すとよい。まだクマの生肉が腹の中でくすぶっておるであろう?」


 うん。全力でうんって言った。いやー、クマの生肉、なかなか消化されないんだな。いや、それでも少しは魔王様の魔法で瞬間燻製にして持ち歩いてはいるんだけどな。


 あぜ道を歩くおれたちの前に、まーた厄介なものがあらわれた。


 さーて、なんだろうな? つづくんだぜ。

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