第7話 やっとどっこい出て来やがった

 婆さんが襖を開けると、奥からとーっても禍々しいトカゲの化け物があらわれた。まぁ魔界なんだし、こういうのもいるよな、って感じなのだが、爺さんたくさん顔を持っていらして。ありとあらゆる爬虫類と融合されちまっている。


「この十六年、なにがあったのか知りたかったようだね? おや、一人はすっかり眠っているじゃないか」

「やーだなー、婆さん。変なもの食わせないでくださいよぉ。それに爺さん、どうしたらそうなるのさ?」


 十六年、と婆さんは囁くように話し始めた。


「十六年前、魔王があたしらを裏切って、勇者の眷属になった時から、この大地に雨が降らなくなった。川の水も枯れて、食事も満足にできなくて。そうしたらあんた、突然人間の王子様があらわれて、あたしたちに水を与えてくれたのさ。魔王には裏切られたけれど、あたしはこのイカリ王子を信じることにした」


 あーらら。ずいぶんな言われようだよね。けど、そっか。あれから雨まで降らなくなっていたのはもしかして、元勇者のせいではないのかい? ま、思い込みの激しい人になにを言っても信じてもらえないから、もう少し話を聞いてやるか。


「田畑が枯れて、山の自然もあっという間に荒れ果てた。それでも爺さんは、毎日毎日、お腹を空かせていてねぇ。せめて、王子様がもっと早く、水を与えてくださったら、共食いなんてしなくてすんだのにねぇ」


 ま。なんてことでしょう。ここまで追い詰められたら、誰かのせいにしたくなる気持ちもわかるけどもさ。あんたらも魔族だったらもう少しこうプライド的なアレをさ、持っていてくれたらなぁっておれは思ったわけよ。


「爺さんはこんな化け物になってもまだ食い足りないらしくてね、あんたたちの肉も差し出せっていうんだよ。あたしは爺さんが怖くてねぇ。だって、あたしまで食われちまいそうで。どうだい? それもこれも全部、魔王のしわざじゃろう?」


 恨めしい言葉を投げつける婆さんじゃないよ。なんていうんだろう、こういうの、多分イカリの洗脳なんだと思うんだが、魔王様はすやすやとお眠りになっておられるし。しょーがねぇな。こうなったら、手抜きしていられないじゃないのさ。


「じゃ、覚悟してくださいよ、爺さんに婆さん」

「待つのだ、デルタ。その者らは悪者ではない」


 突如として体を起こした魔王様の表情は、どこかすっきりされていた。


「起きていらっしゃったのですか?」

「いや、眠りウサギの効果で久しぶりに熟睡させてもらった。だが、神経はここに残していたので、大体のことは把握した。その者らには、ホーンのカケラが埋め込まれておる。そのせいで食欲が増して、邪悪な心に染まっただけのこと。悪いが、カケラは返してもらう」


 魔王様は矢継ぎ早にそうおっしゃると、トカゲ老夫婦に向けて両手を突き出した。カケラが魔王様に戻り、またホーンが形を成して行く。


 さらに、目の前には魑魅魍魎、違った、あらゆる種類の爬虫類がわらわらと。えらいこっちゃ。


「あんた!! 魔王なんでしょう!? 一思いにあたしたちを殺しておくれよ。そうすりゃあ、こんなに苦労して畑の手入れなんざしなくてすむのにさ」


 せっかく命拾いをしたっていうのに、わがままな婆さんだな。しかも、泣き出した。


 泣く子と女には勝てない。魔王様とはそういうお方だ。だから、いつだって慈愛に満ち溢れているんだ。


 さてさて、老夫婦の運命やいかに。つづくのだぞ。




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