第2話 ミナトの決意
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うっるせぇなぁ、十六にもなって情けない。そんなんだから、あの嘘つき魔王の色香に惑わされて、言いくるめられちまうんだよ」
荒い呼吸を終えた後、腕に走っているはずの痛みが消えていることに気がついた。いや、最初から痛みなんてなかったのかもしれない。
「お前も王子の端くれなら、幻惑の術くらい知ってるだろう?」
ぼくの肩に腕を乗せて、イカリが耳元で囁いた。
「ど、して? だってイカリは……。まさかっ!?」
「ご名答ー!! あの魔王のホーンの効き目ってすごいのな。体の中に力がみなぎってくる」
「飲んだのか!? どうして!?」
ぼくの頭の中に、絶対に入ってはならない父上の部屋が浮かんだ。あそこになら、ホーンの残りがまだあるかもしれない――。
「だってさぁ。こうでもしないと兄様が王様になっちゃうんだもん。おれ、どうしても魔界の王様になりたいんだよね。って、子供の頃から言ってるから知ってるよね? 兄様あの時、なんて答えたか覚えてる? ぼくは王様になんて興味がないよ。そういうのは、イカリがやればいいんだって。だから、その通りに物事を運ぼうとしているだけさ。どう? 幻惑の術を味わった感じは」
動きを封じられたままのぼくは、呆然と立ち尽くすしかなかった。イカリが少しだけ常軌を逸しているのは、なんとなく予感はしていた。けれど、ここまでとは想像もしていなかった。
「父上の部屋から少しずつホーンを削り取って来るよう、アホな魔族に命じたのもおれだし、城外にそれをばら撒いたのもおれ。ついでに母上をたぶらかせたあの薬師を探し出して、ついさっきその調合が終わったってわけさ。おれ、今なら力の上では兄様より上だよ。つまり、おれにも超能力が与えられたってわけさ。それもひとつじゃないんだぜ」
ニヤニヤと笑うイカリから、顔を背けることすらできないぼくに、なにができる!? けれど、言わなければならない。イカリを止めなければ。
「このことは、父上はご存じないのか!?」
「知るわけがないよ。だってあの人、魔族の女に夢中だもん。幻惑に惑わされているだけなのにさ、バッカみたい」
もう、父上はだめなのか? あれほど厳格だった父上なのに。やはり、母上の浮気を知って、気が散ってしまったのだろうか? いいや、そんなことより。
「なぜ、城外にホーンを持ち出した!?」
「なぜって? 城外が荒れ果てるほどに、今の王様が無能だってことがわかるからに決まってるじゃないか。おれは今すぐ玉座に座りたいんだよね」
なんてことだ。水面下でそんなことになっていたのに、ぼくは少しも気づかなかっただなんて。
「なんてことをっ。お前は、父上をも裏切ると言うのか!?」
「あんな脳なしが父親だなんて、おれたちもついてないよな。まったく王様の意味をなしてないもん。アレでよく元勇者を語れるよな。ははっ」
ぼくの心の中にふつふつと湧いてくる怒りが立ち込めた。元々父上の言うことには矛盾があることも知っていたし、母上があの薬師と浮気をしていたことくらいなら気づいていた。でもイカリのことだけは、ノーマクだった。彼だけは、普通でいてくれると信じていたのに。
「どうする? 幻惑の術で、あの魔王をあられもない姿にしてお前に見せることもできるんだぜ? お望みなら、お前と魔王ってこともできるけど?」
「やめろっ!! あの方は高貴なお方なんだっ!! そんな、そんな酷いことはしないでくれ」
「なら。その魔王が今、どこにいるのかを教えるしかないな? で、ないと。魔王を裸にひん剥いて、あられもない姿でおれと交わる幻惑を見せる」
くぅっ。万事休すか。あの魔王が、イカリなんかにいいようにされるわけがないことくらいわかっている。だけど、そんなの幻惑だってわかっていても、彼のそんな姿なんて見たくない。だって、あの人は、ぼくに罪が及ばないよう、かばってくれたんだから。
だから。
ぼくは神経を集中させた。
「東の森の洞窟近くにいる」
彼の居場所を教えるしかなかった。大丈夫。あの人なら、イカリなんかに負けるわけない。
「ふん。最初から素直に従っていりゃあいいんだよ」
言い置いて、イカリはぼくの部屋に鍵をかけた。
体の自由は戻ったけれど、先読みの術を使った疲労で体ががくりと崩折れる。
「ごめんなさい、魔王。ぼくが弱いせいで」
いざとなったら、ぼくがイカリを止めなければならない。それしかないんだ。
こんなのって、つづくしかないじゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます